第3話 恋人の裏切り
このまま城に残るようにと云われたルイーズだったが、支度をして必ず戻りますからと懇願すると、数時間だけの帰宅が認められた。
逃げるように馬車に乗り込み俯くルイーズとは対照的に、母とコンスタンスはどこか明るい声で話し始めた。
「すごいお話だったわね、お母様」
「そうねぇ。まさか国王陛下から直接頼みごとをされるなんて思ってもみなかったわ」
二人はにこにこと笑顔で話している。その顔を見てルイーズは顔を顰める。
「どうして二人とも嬉しそうなの? 私が罪人の妻になるのよ? それも処刑が終われば未亡人なのよ!?」
「でも王族の一員になれるって言っていたじゃない。お姉様が王族になるってことは、私とお母様は王族の親戚ってことでしょ? それに褒賞金も貰えるし、すごい話じゃない!」
「コンスタンス……」
コンスタンスは完全に他人事なのか、ルイーズの気持ちなどまったく考えていないように、あっけらかんと言った。
「私は嫌よ! なぜ私がそんなことしなくちゃいけないの!? 王太子様と話したことなんて一度もないのに!」
「国王陛下が言っていたじゃない。あなたの聖女としての血が必要だって。あなたが聖女の子孫なら、これはやらなくてはいけないお役目なのよ」
もっともらしいことを言う母を睨みつけるが、母は澄ました顔で続ける。
「私は聖女じゃないわ! 私が祈ったって、魂を浄化できる訳ない!」
「あら、あなた、確か癒しの力があるじゃない」
「擦り傷を治す程度の力なんて、ないのと同じよ!」
「声を荒げないで、うるさいわよ」
「お母様!」
このまま国王の命令に従うのは絶対に嫌だと必死に訴えるが、それきり母は視線を合わせてくれず、窓の外を見つめたまま黙ってしまった。
そうして馬車が屋敷に到着すると、庭に見知らぬ馬車が留まっていて、ルイーズはハッとした。
(そうだわ、ネイサンが来てくれることになっていたんだわ!)
ネイサンに事情を説明すればきっと味方になってくれるはずだと、ルイーズは気持ちを立て直すと停車した馬車から飛び出した。
そのまま玄関に入り居間に行くと、ソファに座っていたネイサンに走り寄る。
「ネイサン!」
「ルイーズ、留守だというから待たせてもらったよ」
立ち上がったネイサンは、柔和な笑顔で話し掛けてくる。ふわっとした金髪に青い瞳のネイサンは、いつもは少し頼りない印象だが、今日ばかりは救いの神のように思えた。
「ネイサン! 助けて!」
「ど、どうしたんだい?」
「お客様が来ることをすっかり忘れていたわ」
後から居間に入ってきた母とコンスタンスは、ネイサンを見るとあからさまに迷惑だという顔で近付いてきた。
「しょうがないわね。ルイーズ、紹介して」
「え、ええ。こちら、ネイサン・ノークスさんよ」
「初めまして、伯爵夫人。お目に掛かれて光栄です。今日は突然押し掛けてしまい、申し訳ございません」
「普通、こういうことはご連絡があってからだと思うのだけど」
「ルイーズとの結婚について、どうしても話を聞いていただきたくて、こういう手段を取ってしまったことをお許しください」
母は深く溜め息をつくと、ソファにゆっくりと座った。
コンスタンスも隣に座ると、興味深げな目をネイサンに向ける。
「来ていただいたのに申し訳ないけれど、もうルイーズは結婚が決まってしまったからお話を聞く必要はないわ」
「どういうことですか!?」
「ネイサン、これには理由があるの……。お母様、話していい?」
「いいわ。ただし他言は無用ですよ」
母の許可をもらうと、ネイサンと共にソファに座り、さきほどの国王とのやり取りを話した。
「王太子殿下が謀反? そんな馬鹿な……」
「私も信じられないわ。王太子様は誠実で曲がったことが大嫌いな方だと評判だったもの。けれどすでに処刑が決まっているということは、きっと間違いないのだと思う」
ネイサンは信じられないという顔で呟くと、眉間に皺を寄せ押し黙った。
ルイーズはネイサンの腕を掴み、必死で訴える。
「ネイサン、お願い。国王陛下に進言して? 私とあなたは結婚を約束した仲だって。婚約者がいると知れば、きっと陛下も考え直して下さるわ」
「そんなことできる訳ないだろう!」
ネイサンはルイーズの手を振る解くと、ガバッと立ち上がりまるで逃げるように数歩下がった。
「ぼ、僕は関係ない! 罪人の妻と知り合いなんて、僕の立場が悪くなるに決まっている!」
「ま、待って! ネイサン!」
ネイサンならきっと自分のために立ち上がってくれると思っていた。けれど現実のネイサンは怯えたような情けない声を出して、あっさりと自分を見捨てた。
「国王には絶対に僕の名前を出さないでくれよ!」
「ネイサン!」
ルイーズが引き留めようとしたが、ネイサンは脱兎のごとく居間から飛び出して行ってしまう。
それを見たコンスタンスが声を上げて笑いだした。
「結婚しようと約束した人に、こんなにあっさり見捨てられてしまうなんて、お可哀想なお姉様」
唖然としていたルイーズは、腹を抱えて笑うコンスタンスにゆっくりと視線を向ける。
「ルイーズ、これでもう気が済んだでしょ? この家の爵位はコンスタンスが婿を取るから大丈夫よ。あなたは気兼ねなく城に向かいなさい」
「…………」
(お母様もコンスタンスもネイサンも、どうして誰も助けてくれないの!? どう考えたっておかしな話なのに!)
ルイーズはあまりの腹立たしさに、叫びだしたいくらいだった。
こうなったらここから逃げてしまおうかとも思ったけれど、外には自分を待つ兵士たちがいてどうにもならず、結局ルイーズは母に背中を押され、また馬車に乗り込んだ。
「お姉様、お元気で!」
「国王に逆らうようなことは絶対しちゃだめよ!」
笑顔で手を振るコンスタントと母を睨みつけたルイーズは、馬車が動きだすと顔を俯かせ、涙を堪えて唇を噛み締めた。