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第28話 奇跡の真相

 アトラスは毎日の鍛錬の合間を縫っては塔へ足を運んだ。ゼフィは各地の偵察の任務があるが、それでもできる限りルイーズの住む教会に飛んでくれた。

 ルイーズが軟禁状態である理由や、これまでの経緯は幾度か話すうちに理解した。逆らうことができない立場で、ルイーズは最善を尽くしていると思えた。城の教会にいる時も、追い出された後も、諦めることなく生き残る道を模索し続けている。


「ルイーズ、薪割りは誰に教わったんだ?」


 裏庭で薪割りをしているルイーズにゼフィを通じて訊ねると、ルイーズは手を止めることなく答える。


「村の人たちです。皆良い人たちばっかりで、私が暮らしていけるように色々教えてくれました」

「大変だっただろう? ナタなんて持ったこともなかっただろうし」

「もちろん。ナタもノコギリも金槌も全部初めてでしたよ。みんな技術はあっても、もう高齢で私がやらなければどうにもならなかったから、必死で覚えました」

「そうか……」


 ルイーズは自分はへこたれない性格だから大丈夫だと言ったが、貴族の令嬢だった娘がこんな過酷な生活を送るなんて思ってもみなかったことだろう。きっと心が挫けることもあっただろう。それをおくびにも出さず笑顔でいるルイーズに、アトラスは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「アトラス様こそ、オルナンドにいて窮屈な思いをされているのではありませんか?」

「いや、私はよくしてもらっている。ルイーズに申し訳ないくらいだ」

「そんなことお気になさらないで下さい。それよりアトラス様はお身体を治すことだけをお考え下さい。酷いお怪我だったのですから」


 手を止めてこちらに目を向けたルイーズは、そう言って微笑む。その笑顔にアトラスが胸が苦しくなった。


「……食事は大丈夫か?」

「ご心配なさらず。畑もありますし、自分の食べる分は確保してありますから」

「そうか……。また少しの間ゼフィをよそにやるが、すぐに戻ってくるから」


 ずっとルイーズの様子を見ていたいが、そうもいかない。ゼフィはオルナンドでは偵察の要だ。あちこちに飛ばなくてはならない。


「はい。お待ちしております」


 ルイーズは物分かりの良い顔で頷くと、手を伸ばしゼフィの頭を一撫でした。



◇◇◇



 ゼフィはルイーズの住む村を飛び立つと、一路北に向かって進んだ。


「カミル、ゼフィはどこに向かって飛んでいるんだ?」

「王城です」

「城? 何かあるのか?」

「ええ。どうやら王太子の結婚式があるようです」

「カーティスの?」


 鏡に映る景色を見ながら、アトラスは眉を顰める。


(カーティスが結婚……)


 自分を陥れたかもしれない相手が、父に認められのうのうと王太子になり幸せになるのを、ただ指をくわえて見ているしかできない自分が悔しくてたまらない。

 アトラスが手を握り締めて黙っていると、カミルがそれをちらりと見て口を開いた。


「弟にすべてを奪われては、さすがに穏やかではいられませんか」

「……国王に聞いたのか?」

「ええ。色々と大変ですね、そちらの国は」


 カミルの言葉に引っ掛かったアトラスは、鏡から視線を移しカミルを見た。


「オルナンドは違うと言いたいのか?」

「この国は実力主義ですから。シオンと同じ王国ではありますが、国王は世襲制ではありません」

「え!? では国王は……」

「今の国王は元々この国の将軍だった人です。能力を認められて国王になった。亡くなったキール様が王太子だったのは、国王の息子だからという理由ではなく、能力があると国民に認められたから、王太子の座にいたんです」

「そんなことが……」


 自分の国とあまりにも違う制度にアトラスは驚いた。オルナンドとは100年近く敵対しており、あまり内情を知ることができずにいた。とはいえ同じ王政であることから、同じような政治体制だとばかり思っていた。


「あなたがここで受け入れられている理由を知っていますか?」

「私の顔がキール王太子に似ているからではないのか?」

「それもありますが、もう一つとても重要な理由があります。あなたはずっとこの国と戦い続けてきた。その戦い方や将としての資質は素晴らしいものだった。オルナンドはそんなあなたを評価していた。だから国王が海からあなたを連れて戻った時、捕虜にしようという声は上がらなかったんだ」

「そうだったのか……」


 身体の調子が戻ってきて、剣を握るようになると、自然に兵士たちに囲まれた。一緒に鍛錬しましょうと誘われて、毎日汗を流していたが、皆本当に親しげに接してくれていて、なんて寛大な者たちなんだろうかと思っていた。


(すごい国だな……)


 権力や地位によって顔色を変える自分の国とはまったく違う。

 こんな国ならばきっともっと自由に色々なことができるのだろうなと、アトラスは羨ましく思った。


「まぁ、あなたがキール様に似ているというのも本当ですよ。テミスと歩いていると、まるでキール様が戻ってきたようで、懐かしく思えるのでしょうね」

「そうか……」


 カミルの寂しげな表情を見て、キールがどれほど慕われているか分かった気がした。



◇◇◇



 それから5日ほどゼフィの偵察が続き、アトラスはルイーズの様子を窺うことはできなかった。

 ルイーズと話せない間は兵士たちに混じって鍛錬を続けているアトラスだったが、カーティスの結婚式当日、カミルから急いで塔に来てほしいと呼び出された。


「カミル、何かあったのか?」


 急ぎだというので慌てて塔に登ると、カミルは鏡を見つめたまま振り返らない。


「カミル?」

「アトラス様、奥方様が王城におりますよ」

「え!?」


 アトラスは驚いて鏡に走り寄る。鏡には懐かしい王城の姿が映っており、演説台には名だたる貴族たちの姿があった。

 その中に白い神官服を着たルイーズを見つけ、アトラスは目を見開いた。


「なぜ城に……」

「ゼフィが村から飛び立った後、結婚式に招待されてきたんでしょうね。とりあえず王族の一員ではあるんですから、当然といえば当然でしょうが……」


 鏡の中では結婚式が執り行われていて、ルイーズは末席でそれを見守っている。美しく着飾り肌艶の良い貴族たちと比較すると、ルイーズはあまりにも痩せ細っていて、見ていて辛くなってくる。

 喜んで出席している訳ではないのが、その沈んだ表情で読み取れる。


(何事もなければいいが……)


 田舎に追いやられているのだ。きっと苦しい立場だろう。命までは取られることはないとしても、嫌な思いをしなければいいがと、ハラハラとした気持ちで見守っていると、王太子妃となる女性が突然市民に向けて言い放った。


「皆様、ここにいる聖女が奇跡を起こし、わたくしと王太子様に祝福を与えて下さるそうです!」


 市民の歓声でよく聞こえなかったが、確かに『奇跡』と聞こえた。

 ルイーズが困惑した表情で何かを言っているが、大歓声に掻き消されて何を言っているかは分からない。


「なんだ?」

「奇跡とか何とか聞こえましたが、奥方様は特別な力があるんですか?」

「そんな話は聞いていないが……」


(ゼフィを通して話している時に、多少の癒しの力があるとは聞いたが……)


 ルイーズは教皇と何やら話した後、前に出てその場に膝をついた。祈りを捧げるように両手を合わせると、その場は水を打ったような静けさに包まれる。

 だが一向に何も起こらない。


「これは……、まずいのでは?」

「カミル! 何かできないのか!?」


 このまま何も起こらなければルイーズは大恥をかいてしまう。それに今の苦しい生活がこのせいでもっと苦しくなってしまうかもしれない。

 そう思うとアトラスは居ても立っても居られず、鏡の縁を掴んだ。


「ルイーズ!」


 アトラスが声を上げた瞬間、どこから出てきたのか、守護聖獣のテミスが現れアトラスの前へ割り込んだ。


「テミス?」


 テミスがバサリと翼を広げた途端、その翼からキラキラと光が溢れる。そうして飛び立つように翼を羽ばたかせると、その光がゼフィへと移った。


「アトラス様! 鏡をご覧下さい!」


 何をしているのか分からずテミスを見つめていたアトラスは、カミルの声にハッとして鏡に視線を向けた。

 景色を映していた鏡の中は光がいっぱいに満ちて、それがまるで雪のように民衆の上に降り注いだ。


「奇跡だ! 光の祝福だ!」


 光を見上げる民衆から次々と声が上がる。

 ルイーズも空を見上げると、光の飛沫に触れようと手を伸ばしている。


「……テミスの魔法か?」


 唖然としたままテミスに話し掛けると、テミスはグルグルとのどを鳴らしながらこちらを見上げた。


「驚いた……。守護聖獣同士でも、魔法を干渉させることができるのか……」


 カミルは感心した様子でそう呟くと、テミスをしげしげと見つめる。

 アトラスは何はともあれ、これでルイーズはどうにか窮地を凌げただろうと、肩から力が抜けた。

 市民はまだ口々に奇跡だと声を上げている。


「助かったよ、テミス。ありがとうな」


 アトラスはそう言うと、テミスの頭を優しく撫でた。


「奥方は難しい立場のようですね」

「ああ……」


 カミルの言葉にアトラスは低く頷くと、顔を顰める。

 ルイーズは大丈夫だと口癖のように言っているが、思った以上に危険なのかもしれない。

 自分が手をこまねいている間に、同じようなことがまた起こるかもしれない。今日はたまたま救うことができたが、毎回救うことはできないだろう。


(一刻も早くルイーズのそばへ行かなければ……)


 アトラスはそう決意すると、両手を握り締めた。

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