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第27話 鏡越しの再会

「どうやらこの教会で一人暮らしをしているようです」

「一人? 神官はいないのか?」

「見当たりませんね。少し調べてみましたが、奥方はこの教会に軟禁状態のようです」

「軟禁? どうして……」

「さぁ?」


 鏡の中のルイーズは洗濯物を干し終わると、今度は腕まくりをして薪を割り始める。

 細腕に似合わないナタを握り締めて、大きな薪を少し危なげな様子で割っている。


「奥方が結婚指輪を外していなくて良かったですね。二人を繋ぐものがあったから、ゼフィが意識を辿れたんですよ」


 カミルはそう言うと、預けていた指輪を差し出した。

 アトラスはそれを受け取ると、指輪をじっと見つめる。


「ルイーズはなぜ指輪を外さなかったんだろう……」

「それは本人に聞いてみればいいのでは?」

「え? 話せるのか!?」

「今は誰に見られるか分かりませんので、夜になってからにして下さいね」


 カミルの言葉にアトラスは感心しながら頷く。

 空からの偵察ができるだけでも優秀だと思っていたが、会話までできるとなると、守護聖獣とは何でもありな気がしてくる。


(ルイーズと話せる……)


 ルイーズと話すのはずっと先のことかと思っていたアトラスは、突然のことに嬉しい反面戸惑いを覚えた。



◇◇◇



 それから何を話せばいいか考えている内に、あっという間に夜になった。


「ゼフィを教会の中へ入れますね」


 カミルの言葉に合わせて鏡に映る景色が動き、教会に近付く。どうやっているのか、ドアが開くと教会内が映った。

 暗い室内でよく見えないが、がらんとした室内は長イスが2つだけあって、それ以上は何もない様子だ。


「居住しているのは奥の部屋のようですね。ゼフィ、ドアをノックしろ」


 アトラスに意見を求めず勝手にカミルはゼフィに指示を出してしまう。まだ心構えができていないアトラスが、「ちょっと待ってくれ」と言おうとした時、先に奥の扉が開いた。


「え……、鳥?」


 怯えたような小さな声が聞こえて、アトラスの胸がドキッと跳ねた。

 もう声も忘れかけていた。けれど落ち着いたアルトの声に、一瞬で1年前の記憶が蘇ってくる。


「どこから迷い込んだのかしら……」


 ゆっくりと近付いてくる姿を見て、なぜだか涙が出そうになった。

 遠目で見たよりもずっと痩せて見える。やつれた姿にこの1年の苦労が透けてみえた。

 ルイーズは教会のドアを閉めると、ゼフィに顔を近付ける。不思議そうな表情で鳥を観察している。


「なぁに? 私に用があるの?」

「ルイーズ……」


 思わず声が漏れていた。

 目を丸くして驚いた顔を見つめ、アトラスは大きく息を吐き心を落ち着けると話し掛けた。


「え……、今……、声が……」

「ルイーズ」

「と、鳥がしゃべった!?」

「ルイーズ、驚かせてすまない」

「ま、魔物……?」


 怯えたような表情で後退りするルイーズに、アトラスは慌てて話しかけた。


「落ち着いてくれ、ルイーズ」

「な、なに……、なんなの……」

「ルイーズ、私だ。アトラスだ」

「え……?」

「アトラス・シオンだ。久しぶりだな」


 そう言うと、ルイーズは声もなく驚いた。

 信じてもらえないかと思ったが、不思議にすぐ納得してくれたことにアトラスは安堵すると、これまでのことを話した。

 泣いたり笑ったり驚いたり、忙しいルイーズの表情を見つめながら、たった一度しか会ったことがない女性なのに、なぜかとても懐かしく思えた。

 巻き込んでしまったことへの償いをしたくてルイーズを探していたと自分では思っていたが、鏡に映るルイーズの顔を見ていると、会いたくてたまらなくなる。


「私もアトラス様の姿が見えればいいのに……」


 しばらく会話を続けていると、ルイーズがポツリと呟いた。


「あ、そうか。ええと……」


 アトラスがカミルに視線を送ると、カミルはこちらの話などまったく聞いていなかったのか、何かの本を読んでいた。


「カミル、ルイーズが私の顔を見ることはできないのか?」

「できますよ。こちらと同じ原理です。鏡をゼフィの前に置けば、アトラス様の顔が映りますよ」

「なるほど」


 カミルの説明を聞いたアトラスはまた鏡に顔を向けると、鏡を用意するようにルイーズに言った。

 鏡を持ってきたルイーズは、こちらの顔を見た瞬間、また涙を浮かべ指先で鏡に触れた。

 その手がこちらに伸びてくることなどないのは分かっていたが、アトラスは不思議にルイーズに頬を撫でられているように感じた。


「すごい……、本当に生きていらっしゃるんですね……」


 嬉しそうに微笑んで言うルイーズに、胸が締め付けられる。

 こんな酷い仕打ちを受けているというのに、恨み言の一つも言わず笑ってくれるルイーズの強さと優しさに頭が下がる思いだった。


「ああ。私は生きている。だから待っていてくれ。必ず助けに行くから」


 自然にそう口から出ていた。義務感などではなく、心からそう思う。


「すぐにそちらには行けないが、いつもこうしてそばにいる。どうか辛抱してくれ」

「アトラス様も、無茶だけはしないで下さいね」


 ルイーズの言葉に笑みを浮かべて頷くと、ルイーズも優しく微笑み返してくれた。

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