第26話 ルイーズの行方
それからアトラスはルイーズのことを心配しながらも、自分の身体を回復させることに専念した。
1年もの間眠ったままだった身体は、階段の上り下りでさえ息が上がるほどに衰えていた。それでも1ヶ月もすると、剣を振れるほどに回復した。
「奥方のことが少し分かったぞ」
オルナンドの兵士たちと鍛錬をしているところに、国王が顔を出した。
「居場所が分かったんですか!?」
国王の言葉にアトラスが走り寄ると、国王は少し困った顔をして首を振る。
「居場所が分からなかったということが分かった」
「どういうことです?」
「そなたの言う通り、王城の中の教会に探りを入れてみたが、そこにはルイーズらしき女性は見当たらなかった」
「え……?」
「ちょっと来てくれるか」
国王はそう言うと、アトラスを城の中でも一際高い塔の上階へと案内した。円形の狭い部屋にはぐるりと本棚があり、大きなテーブルの上にはシオンの地図が置かれている。だが一番目を引いたのは部屋の真ん中に置かれた大きな鏡だった。全身が映る大鏡は、明らかに場違いな様子でそこに置かれている。
「カミル、おるか?」
誰もいない様子の室内に国王が声を掛けると、奥の方からガサゴソと音がして、本棚の陰から青いローブを着た青年が顔を出した。
「陛下、またいらしたのですか?」
「アトラスを連れてきたゆえ、そなたから説明せよ」
「ああ、あなたがアトラス様ですか」
20代後半だろう青年は長い黒髪を後ろへ払い除け、アトラスを一瞥すると手にしていた巻物を机の上に置いた。
「僕はカミルといいます。ここで各地の偵察を行っています」
何気ない様子で手を伸ばすので、とりあえず握手をすると、カミルは大鏡の前に置かれたイスに座る。
国王は立ったままだというのに、まったく気にした様子もなくカミルは話を続けた。
「陛下に言われた通りルイーズなる女性を探しましたが、どこにも見当たりませんね」
「城の中の教会にいなかったのか?」
「いませんね。城の中も探してはみましたが、それらしい女性はいませんでした」
「そんなはずはない。ルイーズはあの教会で祈りを捧げる日々を送ると言っていたんだ」
カミルの言葉に反論すると、カミルは肩を竦めた。
「そう言われても、いないのは事実ですから」
「そんな……」
「色々と調べてみましたが、奥方はカーティス王子が王太子になった頃に城の外に出たようですね」
「城の外に? もしかして実家に戻ったのか?」
「いいえ。実家のクライン伯爵家には帰っていません」
アトラスは腕を組むと眉を歪め考え込む。城の中にもおらず、実家にも帰っていないとなると、もはやルイーズがどこにいるのかなど見当もつかない。
「そなたの妃という立場なら、もしや邪魔になって殺されたということもあるのではないか?」
隣に立つ国王の言葉にぞっとしながらも、アトラスは弱く首を振った。
「それはないと思います。迷信を信じてルイーズを教会に閉じ込めたのに、そう簡単に殺してしまっては意味がないでしょう。まったく断言はできませんが……」
「うーむ……。カミル、探せないのか?」
「ゼフィは万能ではありませんよ。金髪に水色の瞳の女性なんてごまんといます。どうやって探せっていうんですか」
溜め息をついて呆れたように言うカミルを見ながら、アトラスはどこかに手掛かりがあるはずだと考える。
「もし祈りを続けさせているというなら、どこかの教会にいるのかも……」
「僕もそれは考えましたよ。でも、見て下さい」
カミルがテーブルの上に置いた巻物を広げて見せる。
「シオンにある教会は相当な数です。大きなものから小さなものまで、全部を探すなんて現実的じゃありません」
「だが実家にいないのならそうとしか……」
3人で地図を見下ろしていると、ふとカミルがアトラスの手を見た。
「その指輪、もしかして結婚指輪ですか?」
「え? あ、ああ、そうだ」
「ちょっと貸してください」
カミルにそう言われ、意味が分からないままアトラスは左手の薬指から指輪を引き抜き、カミルに手渡した。
カミルは指輪を受け取ると天井を見上げ、ピュイと口笛を吹く。するとバサリと羽音がして大きな鳥が舞い降りてきた。
はやぶさのような鳥は、純白の大きな羽を広げて近付いてくると、大鏡の後ろにある止まり木にふわりと着地した。
「この鳥は?」
「この子はゼフィ。僕の守護聖獣です。この片割れが今、シオンにいて見たものを伝えてくれます」
「見たものを?」
意味が分からず首を捻ると、カミルは笑って鏡に顔を向けた。
「ゼフィ、映してくれ」
カミルがそう言うと、ゼフィはピィと小さく鳴いて返事をした。するとそれまでカミルを映していた鏡の表面が歪み、どこかの街を映しだした。
驚いたアトラスは思わず鏡に寄って顔を近付ける。
「これは……、どうなっているんだ?」
「ゼフィ、この指輪に繋がる者を探せるか?」
カミルが差し出す指輪をゼフィが嘴でくわえると、突然鏡に映る景色が動きだした。それは空を飛ぶ鳥の視点のように、街を見下ろしどんどん景色が流れていく。
「うん。どうやら奥方も指輪は外していないようだ。これならすぐに見つけられるかもしれない」
「本当か!?」
「少し時間をください。やってみましょう」
「よろしく頼む!」
どこか飄々としたカミルだが、今はこの言葉を信じて待つしかないとアトラスは頭を下げた。
◇◇◇
そうしてカミルから奥方が見つかったという知らせが届いたのは、5日後のことだった。
塔の上へと走り込むと、カミルは大鏡の前に座っていた。
「カミル! ルイーズが見つかったというのは本当か!?」
「ええ」
「どこにいたんだ!?」
「田舎の教会にいましたよ。見ますか?」
アトラスは大きく頷くと、カミルの隣に立ち食い入るように鏡を見つめる。
鏡に映った景色は、小さな村だった。ぼろぼろの家が10軒ほど並んでおり、その中にさらにぼろぼろの赤い屋根の教会があった。
「廃屋……、じゃないのか……?」
「ここに暮らしていますよ。随分苦しい生活のようですがね。ああ、ほら、あれが奥方でしょう?」
カミルがそう言って鏡を指差した先で、女性がドアから姿を現した。
質素な黒い神官服を着た女性は、ロープに洗濯物を干し始める。その上向きになった顔を見て、アトラスは目を見開いた。
「ルイーズ……」
アトラスは小さく名前を呼ぶと、記憶よりも少し痩せたルイーズの姿を食い入るように見つめた。




