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第24話 あの日から

「3年ぶりの再会だ。積もる話もあるだろう。二人でゆっくり話すがいい」

「陛下、ありがとうございます」


 アトラスはそう言うと、そっとルイーズを引き剥がした。

 涙でぼろぼろの顔になってしまったルイーズは、恥ずかしくて顔を上げられずにいた。そんなルイーズを労わるように肩を優しく抱くと、アトラスは歩きだす。


「アトラス様?」

「大丈夫だ。行こう」

「はい……」


 何が何やら分からなかったが、アトラスと共に謁見の広間を出ると、暖炉のある広い部屋に入った。

 毛皮の絨毯が敷かれ、暖炉に火が入った部屋はとても暖かい。ルイーズがホッと息を吐くと、アトラスは暖炉の前のソファにルイーズを座らせた。

 アトラスも隣に座るとまた抱き締められた。


「……アトラス様?」


 さきほどは突然のことで思わず抱きついてしまったが、今は少し冷静になっているからか、とても気恥ずかしい。

 動揺した声を出すと、アトラスは返事もせずしばらくそのままだった。


「すまない……、目の前に君がいるのが信じられなくて。ずっと会いたかったから……」

「アトラス様……」


 自分と同じ気持ちでいてくれたことが嬉しくて、ルイーズは微笑んだ。おずおずと手を上げるとアトラスの背に手を回す。


「3年も待たせてすまなかった」

「いいえ……」

「鏡越しで見るより、ずっと痩せてしまっているな」


 そう言うとアトラスはルイーズの頬を大きな手で覆い、顔を近付けた。あまりの距離にルイーズは顔を真っ赤にしてしまうと、アトラスはフッと笑った。


「顔ばかり見て話していたが、やはりこうして直接見ると全然違うな」

「ア、アトラス様も違います」

「そうか?」


 ルイーズがそう言うと、アトラスはやっと手を放し姿勢を戻した。


「アトラス様、これまでのことを話して下さい」

「長い話になるぞ?」

「聞きたいです」

「分かった」


 ルイーズの言葉に頷くと、アトラスは断罪のあの日にさかのぼって話を始めた。



◇◇◇



 燃え盛る炎の中で、アトラスは血が流れ出る腹を押さえて苦しんでいた。

 痛みに顔を歪め、朦朧とする意識で炎を見つめる。


(一撃で命を取られなかったのは、苦しんで死ねということなのか……)


 アトラスは自嘲的な笑みを浮かべる。

 謀反など企んだつもりはないが、父は弁明を一切聞いてはくれなかった。それほど怒っているということだろう。

 国のために誠心誠意働いてきたつもりだったが、それはまったく父には届いていなかったのかと寂しく思った。

 炎が床を這って徐々に近付いてくる。それをじっと見つめていると、突然激しい音を立てて天井が崩れ落ちた。咄嗟に身を捩り瓦礫を避けると、船の壁が大きく崩れ外の風が一気に吹き込んでくる。


「外……」


 腹を強く押さえよろよろと立ち上がると壁に近付く。燃え盛る壁の向こうはもう海だ。

 アトラスは真っ暗な海面を見つめ、迷うことなく飛び込んだ。ザブンと音を立てて水の中へ落ちると、近くにあった焦げた木材を掴んだ。

 荒い呼吸のまま間近で燃え盛る船を見上げる。もう泳ぐ気力もなく、波にさらわれるまま沖へと流れていく。

 そうしてそのまま意識を失った。




 ハッと目を覚ますと、なぜかベッドの上にいた。

 見知らぬ部屋に戸惑い起き上がろうとするが、身体は鉛のように重く手も動かせない。どうにか視線だけを巡らせ室内を見ると、視線の先にあったドアから白い服を着た女性が入ってきた。


「目が覚めたのですね!」


 女性はパッと笑顔になると走り寄り、アトラスの額に手を当てた。


「うん、これならもう大丈夫でしょう。人を呼んできますから、そのままでお待ち下さい」


 女性は笑顔でそう言うと、また部屋を出て行く。その様子をただ見ていたアトラスは、一人になると大きく息を吐いた。


(助かったのか……?)


 どうやって助かったのか、まったく記憶がない。

 さきほどの女性の家族が助けてくれたのだろうかと考えていると、またドアが開いて中年の男性が入ってきた。


「やっと目覚めたか」

「……あなたは?」

「余はオルナンドの国王だ。シオンの王太子よ」


 男性の言葉に、すぐに意味を理解できなかった。


「オルナンドの……国王……?」

「そうだ、アトラス。余はオルナンド王だ。そなたは1年も眠っておったのだぞ」


 父親とは違いいかにも武人らしい体躯の国王は、その鋭い目を細めて笑う。

 そこでようやくアトラスは理解した。


「な、なぜ、オルナンド王が……。1年も眠っていた? どういうことですか?」

「なんだ、覚えておらぬのか?」

「まったく……」


 アトラスが弱く首を振ると、国王はベッドの脇にあったイスに腰掛ける。


「そなたは1年前、海を漂流している時に、我が国の船に拾われたのだ。腹の刺し傷から相当な血が流れ、火傷も酷かった。すぐに魔法で治療させたが、死ぬ寸前だったからか、怪我が治ってもそなたは目覚めることなく、1年も眠り続けていたのだぞ」

「オルナンドの船に……」


 沈んでゆく船から遠ざかり、沖に流されたのは覚えている。だがその後、オルナンドの船に助けられたなんて信じられない。奇跡としか思えない。


「敵国の王子である私を、なぜ助けて下さったのですか?」

「あの日、余は息子キールの眠る場所へ、花を手向けに行っていたのだ」

「息子?」

「ああ。キールはあの日の3ヶ月前に、海で嵐に遭い亡くなった……。その場所にそなたが流れてきたのだ」


 オルナンドの王太子が亡くなっていたことを知らなかったアトラスは、何も言えず国王を見つめるしかできなかった。

 すると国王はふっと優しく微笑み、懐かしいものを見るような目でアトラスを見つめ返した。


「そなたはキールによく似ている」

「え?」

「余は海に漂うそなたを見た時、キールが戻ってきてくれたのかと思った。死にそうなそなたを見て、なんとしても助けなければと思ったのだ。まぁ、その後すぐ、そなたがシオンの王太子だと分かったんだがな」


 自分が助かった理由にアトラスは驚いた。オルナンドの王太子とは戦場で数度会っているが、直接剣を交えたことはない。隣国の王子同士が似ているなど、そんな不思議な偶然があるだろうか。


「そなたが寝ている間、色々と調べさせてもらった。そなたが謀反を起こし極刑となったと」

「違います!」


 国王の言葉に、アトラスは声を上げた。それだけで息が上がってしまい肩で息をしていると、国王は優しく肩をポンと叩いた。


「落ち着け。違うとはどういうことだ? 謀反を起こしていないということか?」

「……そうです。私は嵌められたのです」

「誰に?」

「……大体の見当はついています。その相手を私はずっと調べていました。けれど先手を打たれてしまい……」

「なるほど……。分かった。その話は後日、詳しく聞くとしよう。今はとにかく身体を治すことを考えよ」

「あの! シオンは、今シオンはどうなっているのですか!?」

「第二王子のカーティスが王太子となった。今も我が国と戦争は続いている」

「カーティスが……」


 国王はそこまでで話を終わらせると、立ち上がり部屋を出て行った。入れ替わりで入ってきた女性がベッドを整えてくれる。

 白い質素な服は神官服のようで、ふとルイーズのことが頭を過った。

 上掛けから手を引き出し左手を見ると、薬指にはまだ銀色の指輪が嵌っている。


(ルイーズ……といったか……。今はどうしているだろうか……)


 断罪の前に初めて会い、婚姻をした相手。

 彼女の明るい言葉に、少なからず心が癒されたのを覚えている。

 アトラスは目を閉じると、ルイーズの笑顔を思い出し、微かに口の端を上げた。

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