第23話 本当の再会
ルイーズを乗せた馬車は、王都を離れ一路東へ向かう。兵士に囲まれ厳重に監視を受けながら荒れた街道を進むと、数日後には国境の砦に到着した。
大きな鉄の扉が重い音を響かせて開かれると、扉の向こうには10名ほどのオルナンド兵と馬車が待ち構えていた。
「シャノン王女様、お待ちしておりました」
オルナンド兵はそう言うと、全員が膝を折る。
兵士の言葉にシオン兵は戸惑った様子だったが、ルイーズは毅然とした態度で口を開いた。
「わたくしはルイーズ・シオンと申します。シャノン王女はまだ幼く、貴国の王妃は務まらないと判断し、わたくしが参りました」
「……了承致しました。王族であるならばどなたでも受け入れろと、国王から命令が出ておりますので、問題はございません。どうぞ馬車にお乗りください」
(王族なら誰でもいい?)
ルイーズは兵士の言葉に引っ掛かったが、シオン兵はルイーズがすんなり受け入れられたことに安堵した顔をしただけだった。
シオン兵に背中を押されると、ルイーズはトランクを持ってオルナンドの用意した馬車へ向かう。
「ルイーズ姫様、どうぞお幸せに」
背中に掛けられた言葉にルイーズは思わず振り返った。引き攣った笑みを浮かべたシオン兵たちを睨み付けたが、何も言わず向き直ると馬車へ乗り込んだ。
(どんな気持ちであんなこと言ってるのかしら……)
呆れながらも兵士の言葉などいちいち気にしても仕方ないと、ルイーズは浅く溜め息をついた。
馬車が動きだすと、ルイーズは窓の外を見た。シオンと違って街道がしっかり整備されていて、どこまでも赤いレンガが続いている。
1時間ほど進むと小さな町を通り過ぎたが、戦争中とは思えないほど賑やかで平和な様子だった。
「ルイーズ姫様」
「は、はい!」
窓の外をずっと見ていると、ふいに馬に乗った兵士がこちらを向いた。
慌てて返事をすると、兵士は穏やかに笑う。
「ここから先はずっと山道ですので、もし馬車に酔ってしまわれたらすぐに言って下さい。休憩はいくらでも取れますのでご安心を」
「ありがとう」
兵士の優しい言葉にルイーズは微笑む。
シオン兵はどこかピリピリとした雰囲気だったが、オルナンド兵は柔和な態度で、ルイーズは敵国にいるはずなのに母国よりも少しホッとしていた。
それから兵士の言う通り道は山道になった。ずっと続く坂道は、上に進めば進むほど雪が深くなっていく。シオンでは初雪もまだ降っていなかったが、オルナンドは山岳地帯だけあって雪も早いのだろう。
そんなことを考えながら長い旅は続いた。そうしてシオンの国境から5日ほどで、ついに王都へ到着した。
山の中腹にある街を見下ろすように大きな城が聳えている。背後には高い山があり、街全体も高い塀に囲まれている城塞都市だ。難攻不落というのはこういうことを言うのだろうとルイーズは思った。
(大きな街……、それにみんな楽しそう……)
城下町に住む人々は皆笑顔で、戦争中だとは到底思えない。
シオンは雪の季節は本当に生活が苦しくて、どの街も死んだように静かになるものだが、この街は雪の中でも活気に満ちている。
ルイーズはなんだかとても羨ましく感じていると、馬車はほどなくして城へ入った。
さすがに緊張してきて両手を握り締める。馬車から降りると、騎士が頭を下げた。
「お待ちしておりました。謁見の広間へご案内いたします」
「は、はい……」
鎧を着た騎士の後について城内に入ると、しばらく廊下を進み巨大な両開きの扉の前に立たされた。
「ルイーズ・シオン姫様のご到着です!」
ゆっくりと開かれる扉に足が震える。アトラスを探すためには、まずここを切り抜けなければならない。
(アトラス様のことを聞かなければ……)
オルナンドの国王に説明して、どうにかアトラスを探す算段をつける。
ルイーズは心の中で自分のやるべきことを再確認してから、ぎこちなく歩きだした。
たくさんの貴族たちが見つめる中で、ルイーズはゆっくりと前へ進む。目の前には数段段差があり、その真ん中に大きな玉座ある。
そこに座っている国王を見つめ、ごくりと息を飲んだ。
「ルイーズ・シオンでございます。お目に掛かれて恐悦至極に存じます」
震える声でそう言うと、深く腰を落とす。
50歳だというオルナンドの国王は、シオンの国王とはまったく印象が違った。とても大きくたくましい身体は、年齢よりもずっと若く見える。
髭を蓄えた顔は少し怖く、ルイーズはちらっと顔を見るとすぐに視線を落としてしまった。
「シャノン王女はこちらに来ることを拒否したのか?」
「……シャノン王女はまだ幼く、貴国の王妃は務まらないと判断し、わたくしが参りました」
低い声に動揺しながらも、ルイーズは兵士にした説明をもう一度話す。
すると、少しの間が空いてから、突然国王が笑いだした。
何事かと思わずルイーズが顔を上げると、国王と目が合った。
「よく来たな、ルイーズ。そなたを待っておったぞ」
「え?」
「アトラス、お前の読みが当たったな」
(アトラス……?)
国王が横を向くと、玉座の背後に控えていた人たちの中から、見覚えのある人が割って出てきた。
薄い茶色の髪に琥珀色の瞳は、鏡の中で何度も見た。何度も会いたいと思ったその人だった。
「……アトラス様?」
「ルイーズ!」
ポツリとルイーズが呟くと、アトラスは走り出し、そのままの勢いでルイーズを抱き締めた。
その身体の温かさに、ルイーズの目から涙が溢れる。
「ホントに……、ホントにアトラス様……?」
「ああ、ルイーズ! やっと会えた!」
「生きてる……、ちゃんと……アトラス様が……生きてる……」
ルイーズはアトラスの胸から聞こえてくる心臓の鼓動に、やっと本当にアトラスが生きているのだと実感できた。
「アトラス様……、会いたかった……」
「ああ、私もだ」
身体に直接響く低い声に、ルイーズは心が震えるのを感じた。
そうして自分が思っていたよりもずっと、アトラスに会いたかったのだと思い知ったのだった。




