第2話 国王からの依頼
3人が馬車に乗るとすぐに出発し、ほどなく城へ到着した。城の中は謀反による影響なのか、とても慌ただしく騎士たちが歩き回っていて、いつもは穏やかな貴族たちも険しい表情で廊下をうろついていた。
そんな中を歩き、謁見の大広間に行くと、本当に玉座には国王が座っていた。
「クライン伯爵夫人、よく来てくれた」
「お目に掛かれて恐悦至極に存じます、陛下」
ルイーズも母に倣って深く腰を落とし挨拶をすると、恐る恐る国王の顔を見た。国王はあまり特徴のない顔をしている。茶色の髪に琥珀色の瞳で、少し太った身体を覆うように豪奢なマントをつけている。
玉座の隣には第二王子であるカーティスが立っているが、父親にはあまり似ていない華やかな顔立ちをしていた。
「執事から話は聞いたと思うが、王太子のアトラスが昨日謀反を起こした。国王の命を狙うなど大罪だ。ゆえに極刑となることが決まった」
「王太子様が、極刑……」
母が青い顔をして呟くと、カーティスがふんと鼻を鳴らし顔を背ける。
「5日後には処刑を行うが、我が国には古い習わしがあって、王族が極刑となる場合、その伴侶は生涯、魂を鎮め癒すために祈りの日々を送らなければならない。だがアトラスにはまだ妻がおらん。そこでクライン伯爵家の娘にその役目を負ってもらいたいのだ」
「……意味がよく分からないのですが、それは私の娘が処刑される王太子様の妃になるということでございますか?」
「そうだ」
「ま、待って下さい! 王太子様は極刑になるのですよね? それなのに結婚なんておかしいです!」
コンスタンスが高い声で口を挟んだ。国王はコンスタンスに視線を向けると、眉間に皺を寄せ睨みつける。
「それが習わしなのだ。恨みを抱いたまま断罪された者は、国を呪い災いを起こす。そうならないための祈りなのだ」
「そんな……」
「なぜ……、なぜ娘たちなのですか!? 他に未婚の娘ならばいくらでもいるではありませんか!」
「クライン伯爵家が聖女の末裔だからだ」
「え?」
母は間抜けな声を漏らすと、ゆっくりとルイーズの方へ顔を向ける。
「本当なの?」
「……ええ、お母様。100年以上前の話だけど、当時の聖女はクライン家の者だったと聞いたことがあります」
ルイーズは幼い頃父に聞いた話を思い出し答えた。当時はまるでおとぎ話のように感じていたが、まさかそれを国王から聞くことになるとは思わなかった。
「アトラスは父である余を殺そうとするほどの者だ。きっと死してもその憎しみは消えないだろう。その強い憎しみを鎮めるためには聖女の血を持つ者の祈りが必要なのだ」
(そんな迷信みたいな話で、罪人の妻にされるなんて……)
国王に意見を言うなど恐れ多いことだが、今はそんなことを言っている場合ではないと、ルイーズは国王をしっかりと見つめ口を開いた。
「陛下、我が家に聖職者は一人もおりません。祈りが必要ならば、現職の神官などに任せた方がよろしいのではありませんか?」
「王家の習わしを違える訳にはいかない。それにこれはとても名誉なことでもあるのだ。アトラスの妃になれば、王族の一員として城に迎える。もちろん罪人の未亡人としてではなく、城の教会で祈りを捧げる重要な存在として丁重に扱おう。それに重要な責務ゆえ、家族にもそれ相応の褒賞を与える」
「褒賞でございますか?」
国王の言葉に素早く反応したのは母だった。それまでの悲愴な表情はどこへやら、嬉々として訊ね返す。
「ああ、大切な娘を王家のために嫁がせるのだから、十分な額を与えるつもりだ」
「でしたら、長女のルイーズにそのお役目をお与え下さい」
「お母様!!」
ルイーズは母の言葉に思わず声を上げた。だが母は構わず続ける。
「わたくしは亡きクライン伯爵とは再婚で、次女のコンスタンスはわたくしの連れ子なのです。ですからクライン伯爵家の血を継いでいるのはルイーズだけです」
「なるほど。では、ルイーズ、そなたにこの重大な仕事を任せるとしよう」
「ま、待って下さい! 私は――」
「お黙りなさい、ルイーズ! これは国にとってとても大切なことなのです。断ることなどできませんよ!」
こんな無茶な話を黙って受け入れることなどできないと、ルイーズは反論しようとしたが、母はぴしゃりとそれを跳ね返した。
「ルイーズ、これも国の安寧のためだ。頼む」
「陛下……」
ルイーズは国王の言葉にそれ以上何も言えなくなってしまう。
納得できる訳がなかったが、国王からの頼みを断ることなどできず、ただ項垂れて唇を噛み締めるしかできなかった。