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第16話 アシュリーとの再会

 カーティスが王太子となった日は、大きな町では祝祭のようなものが行われたようだが、ルイーズの住むカゼール村はあまりにも小さく貧しいため、そんな祝い事などはまったくしなかった。

 ルイーズは兵士から支給される野菜だけではどうにも足りず、狭い庭で畑を始めた。村人から種を貰い、どうにか野菜を育てている。今日もせっせと畑の雑草を取っていると、兵士が誰かと話している声が聞こえてきた。

 村人の誰かが来たのかと立ち上がると、庭をぐるりと回って教会の玄関へ向かう。


「隣町の教会の下働き? わざわざなんでこんな村に来たんだ?」

「この教会に聖女様がいらっしゃると聞いて挨拶に来たんです。司祭様に頼まれて食べ物とか色々持ってきたんですよ」


 兵士と話しているのがアシュリーだと分かって、ルイーズは目を見開いた。

 アシュリーはルイーズの姿に気付くと、パッと顔を綻ばせる。


「あなたが聖女様ですね!?」

「え? あ、え、ええ……」

「こら、だめだだめだ。よそ者は入れるなと言われているんだ」

「そんなこと言わずに。あ、そうだ。ここを守っている兵士さんたちにも差し入れをと思って、ワインを持ってきたんですよ」

「おお、本当か?」

「どうぞ。結構良いワインらしいですよ」


 持っていた箱からワインの瓶を取り出すと、アシュリーは兵士に差し出す。

 兵士は瓶を受け取ると、もう一人の兵士と顔を見合わせ笑った。


「しょうがないな。少しの間だけだぞ」

「ありがとうございます!」


 アシュリーは許可が下りると、さっと教会の敷地に入ってルイーズに近付いてくる。

 ルイーズは何だか泣きそうになって、その場に立ち尽くした。


「聖女様、中でお話できますか?」


 声にならずに頷くと、アシュリーはふわりと笑った。

 ルイーズがドアを開け教会の中へ入ると、アシュリーはキョロキョロと室内を見渡す。そのまま住居の方へ通すと、ルイーズはアシュリーに向き合った。


「アシュリー! 無事だったのね!」

「奥方様、長い間ご連絡できず、すみませんでした」

「ううん、いいの。とても心配していたのよ。さぁ、座って? 話を聞かせてちょうだい」


 ルイーズがイスを勧めると、アシュリーは手に持っていた箱を床に降ろしイスに座る。


「私はあれから城の外で色々と調べを続けていたんです。しばらくして城下町に戻ったので奥方様にお知らせしようと、どうにか城に入って教会まで行ったのですが、奥方様がいらっしゃらず、方々探し回りました」

「教会に? 教皇様とお話した?」

「はい。とても奥方様のことを心配しておられました」

「そう……。別れの挨拶もできずここに連れて来られてしまったから……」

「奥方様がまさかバルザス侯爵の領地にいるとは思いませんでした」

「え!?」


 アシュリーの言葉にルイーズは声を上げて驚いた。

 そういえばこの村が国のどこにあるのか、まったく知らずにいた。あまりにも忙しくしていたから、それを考える暇もなかった。


「知らなかったのですね。ここはバルザス侯爵の領地の一番端にある村なんですよ。と言っても見捨てられた村のようですが」

「なんでわざわざ私を侯爵領になんて……」

「奥方様、まずはそちらのお話をお聞かせ願えませんか?」

「あ、うん……」


 ルイーズはアシュリーと別れた後のことをできるだけ具体的に話した。

 アシュリーはそれを真剣な表情で聞くと、最後には眉を顰め溜め息をついた。


「なんてことだ……。カーティス王子はやはり奥方様をよく思っていないのですね」

「うん。城での様子から見て、カーティス王子はアトラス様をかなり意識してる。ううん、嫌っているように思えてならない」

「こんなところに奥方様を追いやるなんて……。一人で暮らすのは大変でしょう?」


 心配そうにアシュリーに言われ、ルイーズは苦笑して首を振る。


「大丈夫よ。どうにか教会も直して住めるようになったし、村の人たちも優しくしてくれているから」

「まさか、ご自分でここを直されたんですか!?」

「そうよ。屋根も直したのよ? すごいでしょ?」

「あちらこちら直した跡があると思ったら、奥方様がそんなことを……」

「ここで一番若いのは私だもの、率先して動かなくちゃね」


 ルイーズの言葉にアシュリーは大きな溜め息をつくと、手を伸ばしルイーズの手をそっと掴んだ。


「どうりで手が傷だらけだと思った……」


 アシュリーに手のひらをじっと見られて恥ずかしくなったルイーズは、顔を赤くすると慌てて手を引っ込める。


「ア、アシュリーは何か分かったの?」

「私はずっとカーティス王子の周辺を探っていたのですが、さすがに王子のこととなると一筋縄ではいかず……」


 悔しそうに眉を歪めるアシュリーの顔を見て、ルイーズはこれまで考えていたことを話してみることにした。


「アシュリー、あなたが一人で色々と調べるのは限界があるわ。アトラス様が無実だと証明するために、一番手っ取り早いのってアトラス様が書いたっていう誓約書が偽造だと分かればいいと思うの」

「確かにそうですね」

「その誓約書だけど、どういう風に作られたと思う?」

「どう、とは?」


 困惑げな表情で首を傾げるアシュリーに、ルイーズはゆっくりと自分の頭を整理しながら話す。


「私は実物を見ていないけど、そこにはアトラス様と騎士たちの署名、それから国王を暗殺するって書かれていたのよね?」

「そうです」

「それが偽造だとして、どうやって全員に署名させたの?」

「それは……」


 アシュリーは腕を組んで考えるが、答えは出ない。


「私はね、3つ考えついたの。まずは、騎士たちを脅して署名させた」

「それはあり得ません。騎士たちはアトラス様に忠誠を誓っておりますし、心から慕っていた者たちばかりでした。全員が騎士隊長クラスですし、脅しに屈するような方たちではないでしょう。それにその場合、アトラス様の署名をご自身が書いたというのは無理があります」

「うん、そうよね。じゃあ、もう一つ。すべてが偽造されている」

「すべて……。誓約書自体が、全部偽造ということですか?」

「そう。文章も署名も、全部偽物。でもこの場合、署名した全員の筆跡を真似できる人間が必要になる」


 ルイーズの説明に、アシュリーが深く頷く。


「でもね、アトラス様は私に署名は自分の筆跡だったって言ったのよ」

「本当ですか!?」

「ええ。だからね、それを踏まえた上で最後に考えたのは、署名は本物で、国王を暗殺するという文章だけが偽物なんじゃないかって考えたの」

「それってどういうことですか?」

「んー、だから、何か違う書類を書き換えたんじゃないかって」

「なるほど……。アトラス様は軍で色々な書類に署名をしている。それを偽造された……」


 アシュリーが感心したように呟く。ルイーズは自分の纏めた考えが、的外れではないことが嬉しくてホッとしながら話を続ける。


「私はこれが一番有力だと思ってる。これなら筆跡を疑われることはないし、安全に偽造書を作れると思う」

「私も誓約書はその方法で作られたと思います」

「うん。ならアシュリーはこの一点だけに絞って調べてみるのはどう?」

「誓約書だけを、ですか?」

「カーティス王子やバルザス侯爵を調べるには、アシュリーだけじゃ何ヶ月あっても足りないでしょ? 仲間を集めたくても、今はカーティス王子の目があって、きっと騎士や兵士はそう簡単に動けないと思う。誓約書がどうやって作られたかが分かれば、自ずと犯人を確定できるはず。謀反の証拠はこれだけだもの、誓約書が偽造なら、アトラス様が無実だと皆信じてくれるわ」

「奥方様、前にお会いした時は、手伝えないとおっしゃっていたのに、どうして……」


 アシュリーにそう言われ、ルイーズは少し考えると、立ち上がって部屋の隅に置かれたトランクを持って戻った。

 中からアシュリーから預かった書類を取り出すと、テーブルに置く。


「最初はあなたに言った通り、私が手伝うなんて無理だと思った。それにね、申し訳ないけど、私にはあまり関係ないとも思っていたの。私はたった2時間ほどしかアトラス様と会っていない。無理矢理妃にされて、断罪に立ち会わされただけ。だからアトラス様を助けるよりも、自分のこの状況をどうにかする方が優先事項だったの」


 ルイーズの言葉にアシュリーは小さく頷く。


「でもね、アシュリーやビリー、ここの村の人も、皆アトラス様を慕っているって分かって、心を揺さぶられたのよね。ここに書かれたアトラス様を陥れようとした人たちのことを知って、なんだかとっても腹が立ったの。そしてね、今、私がもっとも腹を立てている相手もカーティス王子なのよね」

「奥方様……」

「私をこんな目に合わせているカーティス王子に、一泡吹かせたいじゃない」


 肩を竦めてそう言うと、アシュリーは少し驚いた顔をしたあと、にこりと笑い頷いた。


「私はここから動けない。考えることくらいしかできないけど、あなたの手助けがしたい、そう思ったのよ」

「本当に嬉しいです。私一人では押し潰されてしまいそうだった。けれど奥方様が一緒に考えて下さるだけで勇気が出ます」


 ルイーズは手を伸ばすと、アシュリーの握り締めた手をそっと包み込む。そうして二人は微笑み合った。


「誓約書ですが仮に軍の書類だったとしたら、署名した騎士たちの人数から推測して、かなり重要な書類だったと思います。もしそうならば軍の書類を保管している場所を探れば、何の書類だったか突き止められるかもしれません」

「うん。じゃあ、それはアシュリーに頼むわ。あとね、最前線に送られてしまったビリー・マクレイという兵士の安否を確かめてほしいの」

「最前線というと、オルナンドとの東の国境線にある砦2つですね。どうにかして調べてみます」

「お願いね」


 ビリーのことをただ祈ることしかできない自分が歯がゆくて仕方なかった。もし死んでしまっていたら、本当に後悔してもし足りない。


「奥方様をここから出して差し上げたいのですが……」

「村の人たちを人質に取られているから、ここから逃げることはできないわ。私は大丈夫よ、生活にはだいぶ慣れたから。どうにか生き延びてみせるわ」

「奥方様……」


 ルイーズが笑顔でそう言うと、アシュリーは何か言いたげだったが、少しして「分かりました」と笑顔で頷いた。

 そうしてアシュリーはまた調べたことを纏めた書類をルイーズに預けると、教会を出て行った。

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