第13話 ミサ
国王と話して以降、教会の外に出る意欲が減ってしまったルイーズのもとに、ビリーが現れたのはそれから数日後のことだった。
「聖女様、すみません、すぐに顔を出せず」
「いいのよ。あなたも仕事があるのだから、無理をしないで」
人の目を気にして個室に入ると、ビリーは頭を下げて謝罪する。
「城の様子ですが、あれから3ヶ月以上経っていますし、もうすっかり元の静けさを取り戻したように思います。もうアトラス様のことを口に出す人は誰もいません」
「カーティス殿下がそう仕向けているんでしょ?」
「知っているのですか?」
「ええ。私も少しだけ調べたの」
ビリーは両手を握り締めて顔を顰めると、話を続ける。
「まるで箝口令のようです。一言でもアトラス様の名前を出そうものなら、騎士や兵士は懲罰対象になって、僻地などに送られてしまっています」
「酷いわね……」
「カーティス殿下は日に日にヒステリックになっているように思います。特に騎士たちはアトラス様を思い出させるのか、毎日のように八つ当たりをされているようです」
「なるほどね……。あなたは大丈夫なの?」
ビリーのことが心配になって訊ねると、ビリーは嬉しそうに首を振る。
「僕は一介の兵士ですから大丈夫です」
「そう、でも気を付けてね。そうだ、ビリーはバルザス侯爵を知ってる?」
「バルザス侯爵様ですか? 顔は知っていますが」
「バルザス侯爵を探ることはできるかしら」
ルイーズがそう言うと、ビリーは眉間に皺を寄せて腕を組む。
「うーん、かなり難しいとは思いますが、城の中での行動くらいなら僕でも調べられるかも……」
「うん、それでいいわ。お願いできる?」
「もちろんです!」
ビリーは力強く頷くと、部屋から出て行った。
ルイーズはこの頃、色々と考えてしまって身動きがとれなくなってしまっていたが、ビリーの顔を見てやはり行動しなくてはと思い直した。
(アトラス様のことも、自分のことも、ちゃんと前に進まなきゃだめよね)
ここでただ祈りを捧げていても、何も解決しない。
ルイーズはそう思うと、勢いよく立ち上がり教皇の部屋へ向かった。
「失礼いたします、教皇様」
「何か用かな?」
「教皇様にご相談があって参りました」
「相談?」
ルイーズが部屋に入ると、教皇は書き物をしていた手を止め顔を上げる。
「ミサを開いていただけませんか?」
「ミサを? それはまた突然だね」
ルイーズの願いに、教皇は少し驚いた顔をしてペンを置く。
「どうしてミサを?」
「ここ数年、大きなミサは開かれておりませんよね?」
「ああ、教会が酷い有様だったからね」
「今ならたぶん国王から許可が出ると思うのです。できれば主要な貴族全員に招待状を出したいと思っています」
「貴族に? 何をする気だい?」
「こちらが動きを見せれば、誰かが何かしらの反応をしてくれると思うのです。それにミサを開けば、貴族たちの信仰心も少しは戻るかもしれません」
このまま何もしなければ、停滞は続くだろう。それなら何でもいいから動いてみるしかない。
ルイーズが捻りだした案に、教皇は真剣な顔で考えると静かに頷いた。
「分かった。やってみよう」
「ありがとうございます!」
こうして2週間後、ミサが開催されることになった。
◇◇◇
ピカピカに磨きあげた祈りの間で、教皇が祈りを捧げる。ルイーズは神妙な顔でその声を聞いていたが、長イスにまばらに座る人たちを見て、こっそりと溜め息をついた。
(あんなに頑張って招待状を書いたのに、全然来てないじゃない……)
一番前に座る国王は真剣に手を合わせているが、他の者たちはどうやら国王の出席を知って、仕方なく出席したという雰囲気だった。
祈りの後、教皇の説法が終わると、国王は政務があるらしく足早に教会を出て行ってしまう。その後を追うように教会からそそくさと出て行く人たちを、がっかりとした気持ちで見ていると、その中で一人だけ教皇に近付く男性がいた。
「教皇」
「これはこれは、バルザス侯爵様」
教皇の朗らかに声に、ルイーズはハッとする。まさかの大本命の登場に、にわかに緊張感が増す。
ルイーズは顔を引き締めると、ゆっくりと教皇に近付いた。
「ミサとは、随分久しぶりじゃないか」
「ありがたいことに、国王陛下が教会を修復して下さいましたので、神に祈りを捧げたくミサを開かせていただきました」
「そちらの者は、噂の聖女か」
こちらに視線を向けたバルザスは、どっしりとした身体で鋭い目には威圧感があり、国王よりも近寄りがたい雰囲気がある。確か40代後半だったと思うが、目尻や額には深い皺があり、年齢はもっと上に見えた。
ルイーズは怯みそうになる心を奮い立たせて、ニコッと笑ってみせた。
「初めまして、ルイーズと申します」
深く頭を下げて挨拶をすると、バルザスはふんと鼻を鳴らす。
「あまり目立つことはしない方がいい。こんなことをしても、教会の力は取り戻せぬ」
「そんなことはまったく考えておりません。ただ神に祈る気持ちを少しでも取り戻していただきたいと思いまして」
「ふん。国王が聖女だと言っているだけで、お前は普通の娘だろう? 死者を上手く使ったようだが、これ以上の増長は許さぬぞ」
「……ご助言ありがとうございます」
表情を変えず静かにそう答えると、バルザスは踵を返し教会を出て行った。
(こ、怖かったぁ……)
ルイーズは立っていられず、その場に座り込む。
間近ですごまれて、よく耐えられたと自分を褒めてあげたいくらいだ。
「大丈夫かい? ルイーズ」
「平気です……。ちょっと怖かっただけですから……」
「もしかして彼が狙いだったのかい?」
「ええ。バルザス侯爵がどんな人か知りたかったんです」
これでバルザスの顔を覚えられたと、ルイーズはホッと息を吐いた。
バルザスが出席したのは、こちらに圧力をかけるためだろう。短いやり取りだったが、バルザスが教会も自分のこともよく思っていないということはよく分かった。
(少しだけど成果はあったわね)
ルイーズはゆっくり立ち上がると、大きく息を吐いて女神像を見上げた。




