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おばあさんのフランス人形(童話)

作者: n.kishi

 おばあちゃん子のりさちゃんは、物心がついた頃から同居しているおばあさんの後ばかり追いかけています。家の中でも外でもいつもいっしょ。おばあさんはそんなりさちゃんのことがかわいくて仕方がありません。りさちゃんのお誕生日には欠かさずプレゼントを用意しました。動物好きのりさちゃんに、3歳のときはイヌ、4歳のときはネコ、5歳のときはウサギ、6歳のときはクマのぬいぐるみをそれぞれプレゼントしました。ぬいぐるみをもらったりさちゃんはいつも大喜び。ぬいぐるみをかかえて家の中を走り回ります。そんなりさちゃんの姿を眺めるときはおばあさんにとって一番幸せな時間でした。


 りさちゃんが小学校に上がりしばらくして、おばあさんは考えました。「今年のお誕生日プレゼントは何にしようかな。いつまでもぬいぐるみもね……」。ふと、おばあさんは自分の子どもの頃を思い出しました。街角にある近所のおもちゃ屋さんのショーウインドーにはフランス人形が飾られていました。いつも前を通りかかり、そのフランス人形をじっと眺めてはため息をつきました。欲しくて欲しくてたまりません。でも、高価なものであることは子どもにも分かります。両親に買って欲しいと言い出すことはできませんでした。あのときからおばあさんの心の奥にはずっとあのフランス人形がいます。


 ある日、おばあさんは近所のショッピングモールに買い物に出かけました。これまで見かけることがなかった輸入雑貨を扱うおしゃれな店がオープンしています。おばあさんは何気なく店の中をのぞき込むと、店の奥に、子どもの頃欲しかったあのフランス人形がちょこんと陳列されています。あの頃見たフランス人形と顔の表情や服装、その色合いまでそっくりです。目は青色で、閉じたり開けたりします。人形の輝きは昔のままで、色あせていません。ただいまはアンティークな商品として飾られています。おばあさんは「これだ!」と小さく手を打ちました。りさちゃん7歳の誕生日プレゼントにするのです。店の人に、誕生日プレゼント用に丁寧に梱包して、リボンをかけてもらいました。会計をすますと、大事にうちに持ち帰ります。りさちゃんの誕生日まであと3日。それまで自分の部屋の押し入れにしまっておくことにしました。


 りさちゃんの誕生日の日がやって来ました。プレゼントを用意してから、おばあさんはずっとその日を待ちわびていました。たった3日間のことですが、3カ月間のように感じます。おばあさんはいつ渡そうかと朝からソワソワしています。いつも熱心に見ている朝のテレビドラマも、きょうばかりは上の空、話が頭の中に全然入ってきません。登校前はバタバタしているので、りさちゃんが帰宅したとき、手渡すことにしました。


 午後、りさちゃんはいつものように大きな声で「ただいま!」と言いながら元気に帰ってきました。おばあさんはプレゼントを抱え小走りで玄関に向かいます。「おかえり、りさちゃん。はいこれお誕生日のプレゼント」とニコニコして手渡します。りさちゃんは「わぁありがとう、おばあちゃん」と満面の笑顔です。「おばあちゃん、あけてもいい?」「ええもちろん、そうして」。ランドセルを背負ったままりさちゃんはプレゼントのリボンをほどきます。箱の中から青い目のフランス人形が現れました。それを見た途端、りさちゃんは顔を曇らせます。次の瞬間、「こんなのいらない!」と言って、人形を投げつけました。その衝撃で、人形の手足が取れてしまいました。そのままりさちゃんは自分の部屋に駆け込みます。りさちゃんは学校ではやっている「アニマルハンティング」のグッズが欲しかったのです。小学生になったりさちゃんにとって、人形はもはや小さな子ども向けのものです。おばあさんは手足がバラバラになった人形を慌てて拾い集めます。そのまま箱に詰め、また自分の部屋の押し入れの奥深くにしまい込みました。おばあさんは努めて落ち着こうとしましたが、動揺は隠せません。


 それから半年がたちました。テレビのニュースはりさちゃんの住んでいる地域に木枯らし1号が吹いたと伝えています。また、世界では感染症が流行して、急激に拡大しています。ちょうどその頃、おばあさんの具合が悪くなりました。検査の結果、はやりの感染症であることが分かり、急きょ入院することになりました。容体が良くなることはなく、みるみるうちにおばあさんは弱っていきました。入院して7日後、おばあさんはひっそりと息を引き取りました。あまりのあっけない別れに、りさちゃんをはじめ、家族全員が茫然としています。


 おばあさんが亡くなってから1年がたちました。りさちゃんのお母さんはなかなか踏ん切りがつかず、おばあさんの部屋をそのままにしていました。でも、この日を区切りに、部屋を片付けることにしました。りさちゃんに声をかけ、ふたりで押し入れを片付け始めます。すると、奥深いところから箱が出てきました。ふたりで中をのぞくと、あのときの人形が横たわっています。手足は外れたままで、目は半開き。おかあさんは人形を見つめて言いました。「りさ、お母さんこの人形を直してみようと思うんだけど‥‥‥」。りさちゃんはお母さんの目をまっすぐ見ながら「うん、そうして。私も手伝うから」。りさちゃんが居間から裁縫箱や布切れを取って来ると、お母さんは早速縫い始めました。まだ外が明るいうちから作業に取り掛かりましたが、終了したとき、外はもう真っ暗になっていました。修理を終えた人形は座布団の上に置かれました。手足がちゃんとついています。りさちゃんは人形をそっと抱き上げます。押し入れから出てきたとき、半開きだった目は、りさちゃんが抱き上げるとパチッと開き、りさちゃんを見つめているようです。りさちゃんは部屋に飾られたおばあさんの写真のほうを向いて言います。「おばあちゃん、あのときはごめんなさい。本当にごめんなさい。これからこのお人形を大事にするからどうか許してください」。


 その夜、りさちゃんは人形を自分の部屋に連れて行き、ベッドの横に寝かせ、語りかけます。「あのときは投げつけてごめんね。痛かったでしょう。これからは仲良くしようね」。人形は安心したのか、眠たくなったようです。幸せそうな顔をして目を閉じています。その様子を見て、りさちゃんはホッとしました。窓から星空を眺めてつぶやきます。「おばあちゃん、これからこの子とずっと仲良くするからね。お空の上から私たちを見守っていてください」。


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