小さな村の鏡(凶)魔術師 side盗賊
運が悪ぃ。
今の状況簡単に説明するならそんな状況だ。
這々の体で逃げ出して何とか一心地ついた所でひとまず物資を調達しようと村の偵察に部下を出した。
その部下が帰ってきたという報告と同時に襲撃を受けたことを聞いたときには耳を疑った。
俺に次いで隠密能力が高いあいつが追跡されたというのは、にわかに信じがたかった。
しかし、現に襲撃を受けている。
襲撃をしてきたのはゴブリンだ。
勿論ただのゴブリンとは思っていない。
しかし、それでもどこか嘗めていたようだ。
「おいおい、なんだこりゃ!?」
表では既に部下たちが戦っているが、未だに倒し切れていない所を見ると驚きしかない。
修羅場を抜け出してきた奴らだけに能力が低い奴はとっくに離脱している。
残っているのは精鋭と言っても良い奴ばかりだ。
「お頭、あいつらゴブリンナイト以上の強さです!」
部下の一人が戦闘の合間を縫って伝えてくる。
「全く仕方がねぇ奴らだ」
確かにゴブリン共の戦闘能力は高いが、それだけとも言える。
最低限の戦術的な動きを持って動いてはいるが、それの裏を掻いてやれば……。
ほら、一匹のゴブリンの後ろを容易に取ることが出来た。
そのゴブリンの首を跳ね近くにいるゴブリンにスキルを叩き込み沈黙させる。
二匹のゴブリンを仕留めたことで戦術的優位を獲得してからは、俺が動くまでもなくゴブリン共は沈んでいった。
最後のゴブリンを仕留めたところで部下共に訊ねる。
「おい、何があった?
まさか村がゴブリン共の巣になってたわけじゃ無いだろうな」
「それは大丈夫だ」
俺の問いに答えたのは、偵察に行っていた奴だ。
「村人共の声は聞こえていた
宴会してたぜ」
「はっ!
じゃあ今頃ゴブリン共に襲撃をうけてんじゃねぇかよ!
くそが!」
折角、ここまで来てようやく餌にありつけそうだってのにまさかこんな事態になるとは。
ゴブリン共が村を襲うレベルの集団になってるってことは、間違いなく俺ら程度の規模では対応できない。
しかもあのレベルのゴブリン共がこう出て来るってことは、この国自体が危うい。
「おい、お前らここにいたらやられちまう逃げるぞ!」
「「「おう!!!」」」
どうやら、部下たちも分かっているようだ。
ここに居てはヤバイということに。
しかし、状況は俺が思っている以上に最悪だった。
ゴブリンが少なくなった時に逃げ出さなかったということに気が向かなかった。
そしてその異常性は更なる異常性によって上塗りされる。
何故ならオークに囲まれていたからだ。
「何だってんだよ!
お前らは一体何なんだ!」
ゴブリンが囮になり包囲網を完成させたと言うのか!?
下等魔族にそんな戦術が組めるはずがない。
ゴブリンは特に自分の命を大切にする奴らだ。
他の魔族の為に命を投げ出すような戦術を組むはずがない。
理不尽に対して否定しても現にこうして包囲網を構築されている以上全員無事に逃げ出せるとは思えない。
「どんなに強いって言っても所詮オークだろ!」
そう言って一人の部下が飛び出す。
速さにおいては俺たちの中で一番の奴だ。
しかし、オークのこん棒が的確にそいつに打ち込まれた。
オークとは思えない鋭さと速さの一撃で飛び出した奴は打ちのめされる。
ここまで損耗ゼロでしのいできただけにその一撃で一気に絶望感が広がる。
「あ、大丈夫かな?」
その場にふさわしくない落ち着いた子供の声が聞こえた。
「ぎりぎり生きてるか。
ふう、せっかく消えても問題なさそうな素体を手に入れるチャンスが危うくふいになるところだったよ。」
仮面を被った青色の髪の少年が、オークの一匹の肩に乗っていた。
少年が乗っているオークは、明らかに他のオークより大きい。
オークキング、その体が纏うエネルギーの大きさが記憶の中からその名前を呼び起こす。
知性を持った暴力、集団を指揮する暴力、圧倒的暴力。
今目の前に居るのは話半分に聞いていた暴力そのものだ。
国単位で鎮圧するレベルの存在が何故こんな所に居るのか。
そんな理不尽を感じつつも打開策を考える。
幸いなことにどうやらオークキングの肩に乗っている少年はオーク達をコントロールしているように見える。
ならば、少年と交渉すればあるいは逃げられるかもしれない。
「た、頼む、何でもするから命だけは助けてくれ」
部下の一人が、情けない声を出す。
バカが、いきなり全てを出してどうする。
あいてが欲しい物を把握して交渉しないといけないんだ。
命乞いなんざ無駄でしかない。
「ああ、うん、命は助けてあげるよ」
問題は、少年の目的だ。
俺達を生かして何をするつもりなのか。
「少年、俺達になにをして欲しいんだ?」
俺の言葉に仮面がこちらを向く。
「へえ、頭が切れるね。
何、簡単なことだよ。
僕の部下になるんだ」
少年の言葉にいくらか胸をなで下ろす。
従えるつもりなら逃げる事も出来る。
しかし、ただ従えるというわけではないだろう。
この少年が何者であれ、何も無くとも従えることが出来るとは思っていないだろう。
「そうだね。
取り合えずこの鏡の中に入って、後はこちらに任せてくれるだけで良い」
少年がそう言うなり俺達の前に人一人は余裕で写し通ることが出来そうな鏡が現れる。
「そこの君から入ってくれるかな?」
そういって少年は、俺を指差す。
「大丈夫、命は保証するし何より今より強くなれるよ」
少年は、冗談かのようなことを平然と口にする。
こんなことをやってまで嘘や冗談で聞いてくることではないのは確かなので真意を確かめる。
「見返りは何だ?」
「そうだね。
さっきも言ったけど見返りは僕の部下になって僕の為に働く事だ。
裏社会に顔が利く者を作りたくてね」
普通に答えてくれるとはな。
しかし、成る程、だから俺達を態々こうやって無力化したのか。
確かにこれほどの武力があればまず負けることはないだろう。
この少年の部下になるのも悪くない選択肢だが、裏社会に顔が利くコネクションを作りたがっている事から察するに他の国の裏側の人間だろう。
気にすべきは、ただ魔物を従えることが出来るというその特異性、そして底知れなさ。
ひとまずこの場は、従うほかない。
「分かった」
「うんうん、そうだね。
これ以上無駄な抵抗されると後でやることが変わってきちゃうからね。
良い判断だと思うよ」
怖いことを言う少年の指示通りに鏡の前に近づく。
鏡に触れてみるとまるで水面を触ったかのように鏡面が揺れた。
「さあ…入って入って後が詰まってるんだから。
それとも無理矢理入れて欲しい?」
少年の言葉に数匹のオークが反応する。
「分かってる。
今入る」
恐る恐る、鏡の中に手を足を入れていく。
覚悟を決めて目をつむり顔を鏡の中に入れた。
そのまま体も入れていく。
足が地面の感覚を掴むと残った手足も鏡の中に入れていく。
そして鏡の中に完全に入った俺は、目をゆっくりと開いた。
その空間は何所までも広がる闇、平衡感覚がおかしくなりそうな空間だった。
闇の中に一人の少年が立っていた。
「ようこそ、鏡の世界へ」
少年がそう言うと、少年の後ろには拘束具が付いたベッドや椅子どこかで見たことあるような拷問具に似たものが出て来た。
俺は慌てて振り返るが入ってきた鏡はもうない。
「心配しなくても良いよ。
命は保証するし、強くもなる。
ただちょっと怖い目にあって貰うだけだからね?」
少年の言葉に俺は呆然としてしかし直ぐに少年に斬りかかる。
「まあ、そうなるよね」
少年は無防備に首を斬られたが、しかし血が噴き出す事も無く。
むしろ何事もなかったかのように話す。
「抵抗「されるなら「しかたがない」」」
唐突に視界がぶれ少年の声もぶれる。
「「「大丈夫悪いようにはしないから」」」
その少年の最後の言葉とともに俺の意識はなくなっていった。