燃える村 sideアリス
洞窟を出ると空に煙りが上がっていた。
夜だというのに明け方のような赤い明かりが空を焼いているようだった。
「ここまでやるとは流石に予想外だよ」
私が抱いているクルスの使い魔が落ち着いた声で言った。
話しているのは主であるクルスだろう。
村で何が起きたかをあの煙を見て何か知っているように呟いた。
「くそ!」
カナタが叫んで走り出した。
「ど、どうする!?
このままじゃカナタが」
ミッシェルが、慌ててみんなに問いかける。
「ひとまず、村に向かおう。
できることは多くないけど誰か助けることが出来るかもかもしれない」
クルスが、そう言うと私達はそれに同意の意思を返して、カナタの後を追うように村へ走り出した。
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まさか、そこまでやってくれるとは思わなかったよ。
出身地の隠匿は、やるつもりであったけど、隠匿方法があまりいいものがなかったんだよね。
けれどこれで隠匿する手間は省けた。
しかし、実験場を他人に荒らされるのは、分かって見逃したとは言え不愉快なものだね。
必要最低限の人材は守ったけど、損失がないわけじゃない。
だから少々痛い目にあって貰おうか。
さて、幼馴染み達は、まだ戻るのに時間が掛かるからその間に一つ手土産をあいつらに与えてやろうか。
対価は、そうだね。
一先ず戦闘実験に付き合って貰うとしよう。
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逃げようとする村人の背中に槍を突き立てる。
それは、明らかに悪鬼の所業である。
ただし、行っているのは悪鬼羅刹ではなく人間の手によって行われていた。
「一人たりとも逃がすんじゃねぇぞ!」
一人の男が、叫ぶ。
野卑なしゃべり方、ぼろ絹と獣の皮継ぎ接ぎの服は、その者達のあり方をこれでもかと表現していた。
まさしく盗賊の姿である。
叫んだ男は、その一団の頭目だろう。
しかし、盗賊を知る者達からすれば彼らの動きに違和感を覚えただろう。
連携のとれた包囲網によって村から逃げようとした者は悉く剣や矢の餌食になった。
隠れた者は的確に見つけ出され殺された。
更に建物を全て焼くことによりもしまだ隠れていたとしてもあぶり出され殺された。
効率よく奪略のためではない殺戮を行っていた。
「村の中にいる人間はすべて始末完了です」
「そうか、それじゃあ撤収の準備だ」
「了解」
部下の報告を受けた男は、誰にいうでもなく呟いた。
「割に合わねぇ仕事だ」
そう口にする燃え上がる火に照らされた男の顔には、凶悪な笑みを浮かべていた。
「ん?」
一仕事終わったと思ったところに異変が生じる。
部下の悲鳴が聞こえたのだ。
「なんだ?」
「オーガだ!
オーガが現れたぞ!」
「オーガだと?」
おかしい、オーガなどここらあたりで見たという報告はない。
ゴブリンどもは何処にでも湧く魔物だが、オーガなど早々に見かけることはないというのに、なぜ一仕事終わったこのタイミングで出てくるんだ。
などと盗賊の頭目らしき男が考えていたところで、確かに自分の目でもオーガを視認する。
部下たちが複数人で相手をしているが三メートル近くあるその体躯、そして手に持つ人一人分はあるであろう棍棒を持ち暴れている。
オーガは強い、倒せないことはないが、自分の部下たちに被害が出るだろう。
こんなところで損害を出していては、割に合わないどころではない。
そう考えた頭目は、自ら背に担いでいた剣を抜く。
刀身が長いツーハンデッドソードと呼ばれる剣だ。
「さて、さっさと終わらせて酒でも飲むぞ!」
頭目が、叫ぶとそれに呼応するように部下たちも怒声を上げる。
そして、頭目はオーガに歩み寄る。
オーガも頭目に顔を向ける。
一番の脅威であると認識したようだ。
「小手調べだ」
頭目は、そう言うとオーガの尋常ではない踏み込みで懐に潜り込み剣を振り上げる。
その一撃は小手調べと言うには不適切な致命打を狙った一撃だ。
しかし、その一撃を受けて、オーガはビクともせず寧ろ何も気にしてないかのように自分の懐にいる頭目に手を伸ばす。
それを見た頭目は、慌てて剣から手を放しオーガから距離を取る。
「こいつ、ただのオーガじゃねーな。
おい、お前ら矢を射かけてみろ」
頭目の言葉に反応して複数の矢がオーガに突き刺さるが、ビクともしない。
「反応が薄すぎる。
アンデットか?」
頭目は、懐から硝子瓶を取り出しオーガに投げつける。
オーガに当たった瓶が割れて中から透明な液体がオーガに掛かる。
「効果無し、アンデットじゃない。
まさか、バーサク状態か?
いや、バーサク状態にしては大人しすぎる」
頭目は、痛みに対して余りにも無反応なオーガに違和感を覚え原因を探ろうとするが、オーガが大人しく待ってくれることもなく頭目が硝子瓶を投げた真似をするかのように棍棒を頭目に投げつけた。
頭目はあっさりと避けたが、後ろにいる部下に被害が出た。
「まあいい、出し惜しみしてこれ以上部下を減らされるのは御免こうむりたいからな」
頭目は、そう言うとあたかも目の前に剣があるかのように構えを取る。
次の瞬間、頭目の右手の指輪が光る。
「おらよ!」
頭目が、両手を剣を振るように振るとオーガに刺さっていた剣がオーガを切り裂いた。
「まあ、これが、通じない程ではないか」
頭目は、自分の指に付いている指輪を見てそして真っ二つになったオーガに近づく。
そして、剣の切っ先をオーガの眉間に突き付けて詠唱する。
『月に願うは穿つ狂槍』
剣の先から黒い突起が生まれオーガの頭を貫通し地面まで到達する。
その後、オーガの頭が弾け飛ぶ。
「おい、お前ら!
これを持って帰るぞ!
臨時収入だ!」
頭目が宣言すると部下たちが喜びの声を挙げる。
頭目がそう言って一息ついた次の瞬間、頭目の頭に矢が突き刺さった。