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ジーノ、絡まれる

「……なあ、何が悪いんだと思う?」


「……何が、って。……最初から最後まで全部何じゃないっすか?」


 ドゥエリアでも一番危険で一番おいしい酒を出すと有名な酒場『ブラックスノークの巣穴』で、これまた一番強い度数の酒をジョッキで飲みながら、まるで乙女のような表情になっているザカルトを見ながら、ジーノはばっさりと告げた。


(正直、こんな顔してるリーダー、気色悪いっす……)


 さすがにそこまでは告げなかったが、違和感しかない。大事に飲もうと思っていたビアを、ついつい一気に喉に流し込むが、それでも胸のモヤモヤが消えない。


「なっ……お前、適当に言ってるだろ」


「適当にも妥当にも言いようがねぇっすよ。最初からぜーんぶ、おかしいっす」


 ザカルトの眉根が寄るが今日ばかりは気にならない。


 同意を求めるように、隣で黙々とサラダを食べるセルヴァに目をやると、セルヴァはこくりと頷いた。


 ザカルトもそちらを見やり、顔をしかめる。


「セルヴァもそっち側かよ。……なんで誰も分からねぇんだよ」


 ガキのようなぶーたれた顔で丸テーブルに顎を置くザカルト。それでも左手はジョッキを離さない。


「……大体なんで俺らは、せっかくの? リーダー様々からいただいたキチョーな“休暇”の中日に? リーダー様の愚痴を伺わなくちゃならないんですかね?」


「……や、そりゃ、たまたまお前らがいたから……」


「へぇ? たまたま、俺ぐらいしか使わないウィップ専門店と、セルヴァしか買わないような激アマな砂糖菓子店に、我らがリーダー様が用があったっていうんですね?」


 つまるところ、ジーノもセルヴァも休暇中の買い物をのんびりとしているところに、うさんくさい笑顔付きのザカルトが突如として現れ、有無を言わさず引っ張ってこられたのだ。


「……っせぇなぁ。ここは奢るっつってんだからいいだろうがよぉ……」


 まだジョッキの1/3ほども残っていた酒を一気にあおると、ザカルトはしぐさだけで店員にお代わりを頼み、またへの字口で丸テーブルに突っ伏した。


 仕方がない。


 ここはきちんと話を聞いてやるしかないみたいだ。そう覚悟を決めたジーノはため息交じりに口火を切った。


「……だいたい、どういう風の吹き回しなんすか? 結婚なんて。しかも相手があのアリシアさんなんて」


「……アリシアはいい女だろうがよぉ。……まあお前らが分からんでも」


「あ、今はそこはいいっす」


話が長くなりそうなところまで丁寧に聞くいわれはない。


ジーノがあっさり切り捨てると、ザカルトは不満そうにちらりとこちらを見てくる。


「それより『結婚』の方っすよ。……あれですか、もうやめるんですか“冒険の旅”ってやつを? “赤光のザカルト”もついに疲れ果てて、街を守る系冒険者に転職ですか?」


「……んなわけ、ねぇだろうがよぉ……」


 泥酔ながらも怒気をはらんだ声で返されても困る。


「じゃあ、結婚なんて無理でしょうが」


「無理じゃねぇだろ、別に」


「あんたってより、相手が十中八九無理ですよ。『はい、結婚しますー。新居には年に数日くらいは居られますー。それ以外の休息日は別の町で別の女と過ごしますー』、ってそりゃぁ、頭イッてる野郎の戯言にしかなりませんて」


「……そこまでひどくはしねぇ。……と、思う……」


「ほらぁー」


 断言しない時点でてんで話にならない。


「無理ですって。諦めましょ? 今の生き方が楽しいってこの間も言ってたじゃねぇっすか。そんな器用にコロコロ変わる人じゃないでしょ、あんた」


「……難しい、と、思う……」


 セルヴァがぽつりと後押ししたのを聞くと、ザカルトはついにジョッキも手放して頭を抱えた。


「……だってよぅ、お前らが言ったんじゃねぇか……」


「は? 何をです?」


「『ああいう女は結婚しないとだめだ』ってさぁ……」


 5歳児みたいな言いように、思わず真顔で無言になる。


 ほんと何言ってんだこの人。


 けれども。この即断即決なところが。そして純粋に自分の“楽”を追求するところが。自分たちがついつい付き従ってしまうザカルトという男の魅力なのだと思う。


(まあ……盛大な弱点でもあるっすけど)


 こうやって気安く責めていても、自分とセルヴァは、ザカルトの一番の側近だ。大将が困っていれば手助けして勝ちに導くのもまた役目。


「……実際、なんでアリシアさんなんすか」


「…………」


 唇をとんがらかして目線をそらし、ひたすら押し黙っているザカルト。


 もうだいぶアカンやつだ。面倒なやつだ。


 ジーノは手元のジョッキに残っていたビアを飲み干すと、フゥーっと気合を入れた。


「あれですか、実はウラで結構話が弾んでたんですか?」


「……受注と達成の時以外話したことねぇ」


「え、じゃああれっすか、実は体形がどストライクだとか?」


「……お前らが良く知ってるだろ……」


「違いますよね、えーじゃあ……」


「……初恋の人に似てる?」


「……覚えてねぇよ、んなもんよぉ……」


 まさかのセルヴァの参戦。しかし、空振り。


「んぇ~……じゃあ、向こうが熱視線を送ってきてて……」


「そうだったらこんなに苦労するか……?」


「……しないっすよね」


「ああ……」


 お手上げだ。


「じゃあ、なんか気のせいなんじゃないすか? ほら、思いついて、断られて、意地張ってる的な。リーダーなんて来るもの拒まずでいけるっしょ? 俺らと違って」


「……まだ、完全に断られたわけじゃねぇ」


(えぇ……全身全霊でお断りされてると思うんすけど……)


 持ち上げて少しでも浮上してもらおうと思ったジーノだったが、思わぬうち返しに遭った。けれど、ますます口をとがらせて目を光らせるザカルトに傍目からの結論を伝えたところで、受け入れてもらえないことぐらい、長い付き合いの中で分かっていた。


「ほら、ここのシェリーちゃんとかどうすか? さっきもリーダーにおかわり置くときにウィンクしてましたよ」


「……知ってる」


「じゃあ、まずシェリーちゃんと今夜過ごして……」


「……駄目だ」


 急にどんっと両こぶしをテーブルにたたき付けて、ザカルトが身を起こした。


「だめ? なんで……」


「アリシアが悲しむ」


「は?」


「……悲しみそうな気が、する……」


(いや、わけわからん)


 ジーノの印象では、残念ながらアリシアは悲しみもしない気がする。その話が耳に入ったところで表情ひとつ変えず「そうですか」と言ってのけそうな印象だ。それとも、ザカルトには別のアリシアが見えているのだろうか。


 それは実在するアリシアか?


 そこまで考えたところでジーノは軽く首を振った。


 これ以上は考えても仕方がない。どうせ自分とて、恋愛の勝ち方なんてものは知らない。知っていたとしても、今はあまりにも事実が見えない。だから、これ以上はムダだ。


「……お前らは、役に立たん」


 ふいに、ザカルトが意を決したような声を出した。


「俺は……次のルートを使う。休暇は2日延期だ。お前ら、明日全員に伝えておけ」


「ちょ、本気ですか」


「当たり前だ。もちろん、その間の報酬は俺持ちだ。心配するな」


「そこはリーダーを信じてますけど……俺らはともかく、あいつらも結構な冒険好きですよ。これ以上延ばしたら確実に別行動になりますよ。せっかく深めの森でも集落でも行けるメンバーだってのに……」


「分かってる。だから、5日以内に必ず終わらせる……」


 ザカルトの体は泥酔状態だったが、その目はらんらんと輝いていた。


(あの目は、勝ち抜くときのリーダーの目だ)


 ジーノは大きくため息をつくと、自分の分の飲み代をテーブルに置くと立ち上がった。



「分かりましたよ、我らが指揮官どの。せいぜい勝どきが聞けることを願ってます」


「……おい、今日は俺のおごりだと」


「カンパだと思ってください。この金で花でも菓子でもリボンでも、アリシアさんをおとすための小道具を用意して、突撃してきてくださいよ」


「……お前の金でアリシアの身に着けるものは買わん」


「はいはい、分かりましたよ。セルヴァ、悪いけどお前だけでリーダーを宿に送っててくれよ。俺はちょっとばかり……飲みすぎたわ」


 セルヴァは何か言いたそうな顔をしたが、こくりと頷いた。すっと立ち上がると、まだジョッキを振り上げてお代わりを頼みそうなザカルトの体を支えて立たせる。


頼むな、と口パクで伝えると、ジーノは熱気あふれる酒場を後にした。



夜風に肩を震わせると、ジーノはなにとはなしに空を見上げた。


青い月がまん丸から少し欠けた形で空に浮かんでいる。今夜は雲も少なく、星もよく見えた。



(……なんつーか)


 「……最後の言葉だけで、信じたくなってきちゃったんすよねぇ……」


誰にも聞こえないようにジーノはつぶやく。


「俺もたいがいだよなぁ……」


 自分で言って自分がくらう。ジーノはぎゅっと目を閉じると、口をにんまりとさせた。


 不可能そうな依頼を完遂する男。今度も成し遂げるのか、初めての敗北となるのか。幸い、今回はおそらく命を落とすようなことにはなるまい。おそらくは。


 どちらに転んでもその結末を一番近くで見届けたい。


 その気持ちを確認すると、ジーノは足取り軽く宿屋を目指し始めた。



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