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ザカルト、考える

Ep.1からかなり時間が空いてしまいすみません。読んでいただいた方のためにも、改めて可能なペースで進めたいと思っています。

 ザカルト・アーキッシュの日常は「冒険」だ。


 生まれ故郷はある。だが、村を出てからこのかた戻ったことはない。


 定住する家も持っていない。冒険者ギルドで依頼を受けて、仲間と、時には臨時メンバーと卒なくこなし、達成報告をしたエリアでまた受注をして、そうして何年も過ごしてきた。


 青年と呼ばれるにはそろそろ怪しい年齢だが、壮年にはまだ遠く、体力の衰えも感じていない。探索して、戦って、ロウを塗ったテントで仲間と肉や酒を口にして、今日見聞きしたことを笑い合って、それで足りている。少なくともまだ数年、それでいけると思っている。


 今日は久しぶりの依頼完了日だ。日が暮れ、門が閉ざされる前に、ギルドのある街までたどり着ければ十分。初級モンスターすら出現しなくなった草原を、借り物の馬でゆっくり進む。


(……ああ、久々のドュエリアの明かりだ)


 茜色と薄紫の混ざる空の下、城壁にぽつりぽつりと松明が見えた。


 懐かしいというよりは、嬉しさが、ザカルトの心にポッと灯る。


「どうしたんすか? もう女のことでも考えてるんすか?」


 ここ数年同行している仲間のジーノがからかうように隣の馬上から言ってきた。


「……あ?」


「やーだから、ニヤニヤやに下がった顔してたんすよ、リーダー。てっきり、今夜の女のことでも考えてたんかなーと」


「違ェよ」


 右手で頭を軽く小突こうとしたが、ジーノは巧みに馬を操って避けていった。


「ったく、小回りばっかり効くんだからよ……」


「何の話ですか?」


 ザカルトとジーノの話し声が気になったのだろう。今回パーティーを組んでいたメンバーも周りに集まってきた。


「や、だからね、今夜誰のところにリーダーは行くのかなーってさぁ」


「あー、リリーちゃんなら、本命ができたからって先月上がったらしいすよ」


「え、マジか。無理目だったけど、今回の報酬入ったら一度くらいはと思ってたのに……」


「お前、そんなこと考えてたのかよ。……まあ、俺ももう決めてるけど」


 ジーノのあおりにメンバーも破顔して、口々に話し始める。


「ほらぁ、皆考えてることは一緒じゃないっすか。で、リーダーは誰なんですか」


 馬を寄せながらうっとおしく顔を覗き込んでくるジーノに、ザカルトは顔をしかめた。


「誰でもねぇよ」


「またまたー。……クレオメちゃんとか?」


「ありゃ、一晩付き合っただけだ」


「うわー。じゃあ、アネモネちゃんは? 結構楽しそうに話してたじゃないっすか」


「ありゃー……3日で振られた。今は知的な判事サマがお好きだとさ。思い出させるんじゃねぇよ」


 ザカルトがにらみを利かせると、サーセン、と謝りながらジーノはまた馬を離す。


「えー……ほかにめぼしい女いたっすかね……」


「あ、でも、あの町って結構美人多いっすよね」


 仲間内での情報交換が終わったのか、臨時のメンバーがまた話を継いだ。


「それな。冒険者ギルドもさ」


「あ~、やっぱエリージアさんとか」


「ばっか、ありゃ人妻だろ」


「でもリーダーならさぁ。なんといってもあの胸……っと」


「ばか、手離すなよ」


 大きい胸元のジェスチャーをした男がうっかり手綱を離しバランスを崩す。仲間がとっさに腕を掴んだので大事なく、男はへらへら笑いながらあぶみを踏み直した。


 そんな姿を横目に見ながらザカルトは考える。


(誰のことも考えてねぇっていうのに……ギルド職員ねぇ……)


 基本的に素人には手を出さないことにしているので、考えたこともなかった。全国ネットのギルドでも町に寄って特色はあるが、ドゥエリアの冒険者ギルドは優秀だ。いつもザカルトたちをねぎらいながら、手早く正確に戦利品と報酬を扱ってくれる職員たちの顔を思い浮かべる。


(エリージアはもちろん美人だけどよ。俺なら……やっぱり……)


「……アリシア、かな」


 考えは途中から口に出ていたようだ。周囲から驚きの声が上がる。


「アリシア、って……」


「あの堅物の?」


「あれだろ、いつもひっつめ髪して、地味~な……」


「え、リーダー宗旨変えしたんすか? なんかヤなことでもありました?」


「うるせぇな、お前ら、見る目が……まあいい、競争率が低くて助かるってもんだ」


 誰一人として同意しないことにいら立ちを覚えながらも、ザカルトはあっさりと言い切った。その様子にまた周りからはざわめきが起きる。


「まじすか? え、冗談?」


「あれはちょっと……別の意味で“高嶺の花”っしょ」


「取りに行きたいとも思わんけど、なぁ」


「だーもう、うるせぇよ、だから。お前らに分かってもらわんでもいンだよ。それよりもうすぐ城門だ。ギルド証の準備でもしとけ」


 ザカルトの一喝に皆は一斉に口をつぐむと、心もちバラけながらそれぞれマントや上着をまさぐりだした。


「ったく……」


「……ね、リーダー。さっきの本気っすか?」


 性懲りもなく話しかけてくる方を見ると、しっかりギルド証に指をかけてみせながらジーノがニヤニヤと笑っている。


「……だったら何だよ」


「かー。ああいう女は無理っすよ」


「無理ってなんだよ」


「だから、そう。結婚とかしてやらないと、キスどころか、触るのすら怒るタイプっすよ、あれは」


 結婚。全くなじみのないキーワードにザカルトは考える。


(結婚……。ん~……そうだな……)


「……それもいいかもな」


 違和感なく胸に落ちるその言葉にザカルトは大きくひとつ頷いた。


「あー。悪いが俺は先に行くわ。今回は戦利品も重くねぇし、珍しくもねぇからお前らだけで片付けられるだろ。あ、あと町に着いたら3日自由時間な。その間に俺は討伐報告して、ついでに結婚してくるわ」


 軽く振り向いて矢継ぎ早に告げると、ザカルトは馬の腹をひと蹴りして、ドゥエリアの城壁に向けてかけ始めた。


 あまりにも早駆けだったため、ザカルトは気付かなかった。


 普段なら歓声が上がるはずの自由時間に、仲間が誰一人として反応しなかったことに。

 皆、馬の歩みさえ止めて呆然としていたのだ。


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