女は怖い
「なんかさ、キミ変わったよね」
どう変わった、と私は尋ねる。うーん、と考え込んで、向こうは一言。
「なんていうか、ネクラになった?昔はもっとこう、明るかったのに」
あっけらかんとした言いぐさで、彼女は次の同窓生の元へと向かう。お芝居と違って直ぐに次の言葉を紡ぎ出さなければならないリアルでは、いつも私は言いそびれる。
このくらいは言ってやってもよかったのではないか?
「昔ってのは、君と付き合っていたときか?」
三年で破局した。学生の間だったのは、今考えればましだったのだろう。大人になればなるほどしがらみが増える。
高校を卒業し、大学を出てーー派遣になんとか引っ掛かって見苦しく足掻いている。出会いの機会はもちろん、収入がなければ恋人ができるはずもない。
一方で、経済的な問題や出会いの機会があったとして、私は女性と付き合えるのだろうか、とも思う。
三年間は、かなり凝縮されていた。あそこに人生のすべてを見たような気がする。
女性は、おもちゃのように男をもてあそぶ。こちらの誠実さは、彼女たちにとって何の評価にもならないのだ。
向こうが飽きてしまえば、おしまい。
いつだって女は恋の主導権を握っている。
こちらが失恋の痛みに気づき始めた頃、彼女たちは次の恋に踏み出している。その頃には過去の男は最早邪魔でしかない。
ーーいい加減彼氏面して話しかけてくるのやめてくれない?ウザいんだよね。
女は過去の恋をアルバムにいれたまま、元恋人にマイナスの評価をつけられる。
それを知ったとき、鳥肌が立った。
おぞましいというか、文字通りーー男と女は別の生き物なのだと思い知る。
女が歌う失恋歌は、女にとって自分に酔うための道具。
男の歌う失恋の歌は、女に仮託しているだけなのだ、と。
心を平気で踏みにじられるあの恐怖は、消えない。そして向こうは、こちらの事情など露知らず、再会すれば昔の友達として対応できる。
この差はなんなのだろう、と思う。おかしいのは私だけなのか、それともーー思考は堂々巡りになる。
やはり、同窓会など出席すべきではなかったのかもしれない。私は飲み物を確保して壁にもたれ掛かる。
昔部活でバカをやった悪友ーー同性の仲間たちは欠席していた。かつて真っ先にハンディカムを振り回して下手な映画を撮っていた私が、ふとした瞬間に、昔のメンバーでこんなものはできないか、とまだ考えたりしていると言えば、彼らは呆れるだろうか。
特に親しくもなかった、本当に同じ教室で過ごしただけのクラスメイトたちが、どっと盛り上がっている。
潮時だ。
私はグラスを置いて、店を出た。
駐車場、原付のロックを外して引っ張り出している最中、人影が飛び出してきた。私は思わず息を呑む。
「え、もう帰っちゃうの?」
「……ああ」
本当に会いたかった友人とは会えなかったし、と心のなかで付け加える。
「ふぅん……」
何か言いたげに、彼女はぐるりとこちらの方へ近寄ってくる。
私は自分の貧乏を呪った。車なら、パッとドアを閉めて自分の空間に閉じ籠れるのに、現実はこの通りだ。
私は歯を食い縛り、スターターを蹴った。エンジンがかからない。
「あのさ」
彼女は言う。
「携帯変えた?」
「いや、番号はそのままだ」
「あれ、でも、私が電話しても繋がらないんだけど」
「相手がわからないと、極力、取らないようにしてるんでねっ」
スターターを蹴る。錆びだらけのメイドインジャパンは、機嫌が悪い。
「え、じゃあ私の番号消してたの?」
「……しつこいと言っていたのは、君じゃなかったか?」
「あー、あの時はほら、新しい恋人がいたし」
ようやくエンジンがかかった。ほっと息を吐き出す私に聞こえるよう、彼女が耳元でささやく。
「でもさ、久々に会ってみたら、やっぱり懐かしいなって思ってさ。今フリーでしょ?どう?また付き合ってみない?」
「……どうして」
「昔付き合ってたんだから、相性がいいのはわかってるし。私もさー、なかなかいい出会いがなくてねー。そっちはどう?あれから誰かと付き合ったりした?」
彼女の笑みが怖かった。
全身に鳥肌が立っていた。震えを誤魔化すために、俯いた。
「ねー?やり直してみない?あんた、まだ私のこと好きでしょ?」
体は規則的に動く。ギアを上げ、スロットルを回す。直ぐに原付は息を吹き返して、走り出した。
女は怖い。
私は同じ言葉を繰り返した。
女は、化け物だ。