逆説シンデレラ
これは、灰かぶりと呼ばれた娘の話です。
あるところに裕福な家庭がありました。
父親、母親、娘の三人家族で幸せに暮らしていました。
とても幸せな家庭でしたが、ある時母親が亡くなってしまいました。
幼い娘は大層悲しみました。
しばらく月日が経ち、娘の悲しみも癒えて笑顔が戻ったころ、父親が再婚することになりました。
娘は複雑な気持ちでしたが、父親の幸せのためと思い受け入れました。
再婚相手の女性も最近夫を亡くしたということで、似たような境遇の者同士、意気投合したようです。
また、彼女は二人の娘を連れてきました。
父娘二人暮らしから、継母と義姉二人が増えて一気に五人家族になりました。
継母と二人の義姉は娘のことを……溺愛しました。
「まあ、なんて可愛らしい子なのでしょう!」
継母は純粋に娘が増えたことを喜んでいます。
「奇麗な服を着せれば、きっと御姫様みたいになるわ!」
上の義姉は義妹に美しい衣装を着せることを考えてうっとりしています。
「私のこと、お姉ちゃんって呼んで!」
下の義姉は妹ができたことが嬉しいようです。
新しい家族が予想以上に好意的で、娘はちょっと気圧され気味ですが、一安心しました。
「けど、こんなに別嬪さんだとちょっと心配だねぇ。」
娘たちと一緒になって義娘をちやほやしていた継母が、一転真面目な顔になってそう言いました。
この国には今、ちょっとした問題がありました。
それはこの国の王子様に関するものです。
この国の王子様はとても優秀です。
幼い頃から利発で、神童と呼ばれる賢さを見せました。
剣を習い始めればたちまちに上達し、今では国で一二を争う腕前になりました。
既に国王の仕事の一部も代行しており、いくつかの政策を成功させた実績もあります。
あまりの優秀さに、「後は王子様が妻を娶ってくれればこの国は安泰だ」などと言う人も大勢いました。
諸般の事情でこれまで婚約者のいなかった王子様は、そのような声に応えようとしたのか、ある時から花嫁探しを始めました。
けれども、王子様の花嫁探しは、少し変わっていました。
「身分も家柄も関係ない。自分の目で確かめてこれはと思った女性を妻として迎え入れる。」
王子様はそう宣言すると、実際に身分が低かろうと貧しかろうと関係なく、年頃の美しい娘を次々に花嫁候補として王城に招き入れました。
最初の頃は、みんな喜びました。
貧しい家の者は、王城ならば良い暮らしができるし花嫁に選ばれれば幸せになれると、笑顔で娘を送り出しました。
豊かな者、身分の高い者でも娘が王子様に認められれば名誉なことです。
けれども、王城に行った娘からその後何の音沙汰もなければ次第に不安になってきます。
そして、城に行った娘から連絡もないまま、王子様の花嫁候補集めは続いているのです。
そうして不安に思っている人が増える中、事件が起こりました。
花嫁候補として王城に招かれた娘の一人が、戻ってきたのです。
その娘の体のいたるところに傷や痣が付いていました。王城で何があったのかを聞いても、よほど恐ろしい目に遭ったのでしょう、怯えるばかりで答えようとしません。
そんなことがあってから、年頃の娘はしだいに王城に招かれることを恐れるようになりました。
王城に行ったら、王子様にひどい目に遭わされる。そんな噂が広まりました。
年頃の娘のいる家庭では、王城からの招待をどうにかして断ろうとするようになりました。
すると、今度は強引な手段を取るようになったのです。
国のため、王子様の花嫁を見つけるため、逆らうものは捉えられ、騎士がやって来て娘は力尽くで連れ去られます。
若くて美しい娘は王子様の目に付いたが最後、必ず連れ去られてしまいます。
花嫁探し以外のことに関しては非の打ち所のない王子様だけに、誰にもその凶行を止められませんでした。
「こんなに美しい娘がいると知られたら、絶対にお城に連れて行かれてしまうだろうねぇ。」
継母は心配そうに言います。
「わざとみすぼらしい服を着せても、顔が良いから却って目立ってしまいそうだわ。」
上の義姉は悩みました。
「うーん。あ、こう言うのはどうかしら?」
下の義姉は何かを思いつきました。
そして、まだ荷解きの終わっていない荷物をごそごそと探り、何かを取り出しました。
「これこれ。昔学芸会で使ったカツラよ。記念にもらって来たの。」
それはずいぶんと古びたもので、所々まだらに色が落ちていて、まるで灰をまぶしたような有様でした。
「これを被せて前髪で目の辺りを隠せば……ほら、奇麗な顔が目立たなくなった!」
「だったら、これに合わせてメイクをして、後は地味な服に着替えれば……これならぱっと見あの美人な義妹に見えないわ。」
「せっかくだから名前も変えましょう。灰かぶりなんてどうかしら。」
昔は魔除けのために真名を隠して通り名で呼ぶことがありました。魔除けならぬ王子様避けに美人とは思えない通り名を付けたのでした。
これ以降、娘はシンデレラと呼ばれることになりました。
「いいかい、シンデレラ。外に出る時には忘れずにこの格好をするんだよ。」
「はい。ありがとうございます、お義母様、お義姉様。」
親身になって心配してくれる継母と義姉二人に素直に感謝するシンデレラでしたが、みすぼらしい格好をさせて感謝される側は微妙な気分でした。
「王子様の花嫁が決まるまでの我慢だよ。」
「そうそう、そのうちいっぱいおしゃれしましょうね。」
こうして家族の絆はあっという間に深まりました。
一方、王子様の花嫁探しはさらに過激さを増して行きました。
年頃の美しい娘をどこの家でも隠すようになったため、年頃の娘を無差別に引っ張り出す方針に変わったのです。
夜な夜な王城では舞踏会が開かれ、そこに指定された地区の娘が全て招待されるのです。
もちろん、招待を断れば捕まって強制連行です。
そして招待を行う地区は日々変わり、最終的に国中の娘を一度は王城に招き入れるという壮大なローラー作戦です。
その王城からの招待状が、ついにシンデレラの家にも届いたのです。
「困ったねぇ、よりによってあの人がいない時に招待状が届くなんて。」
継母は頭を抱えました。
ちょうどこの時、父親は商用で遠い場所に出かけていました。当分は帰ってきません。
偉い人にも伝手のある父親がいればまだ回避方法も見つかったかもしれませんが、再婚して間もない継母ではそこまで夫の人脈を使いこなすことができません。
「仕方がないねぇ。舞踏会には私達が行ってくるから、シンデレラは家の中で隠れているんだよ。」
この時代、戸籍などで全ての国民を管理しているわけではないので、どの家に何人暮らしているかなんて国でも正確に把握していません。
年頃の娘がいないと言えば嘘がばれるかもしれませんが、人数を誤魔化すくらいなら出来るかもしれません。
継母はその可能性に賭けたのでした。
「でも、それじゃあお義姉様達が……」
「私達なら大丈夫。」
「そうそう、お母さん譲りの平凡な顔だから、面食いの王子様は見向きもしないわ。」
「はいはい、いいからさっさと行くよ。シンデレラは人に見つからないように気を付けるんだよ。」
そう言い残し、継母と二人の義姉は馬車に乗って王城へと向かいました。
一人残されたシンデレラは、家の中の、特に見つかり難い屋根裏部屋に隠れて息を潜めていました。
日も暮れかけ、薄暗くなってきましたが、灯りを点けることなくじっと待っていました。
今この家は留守なのです。継母たちが帰って来るまでは、人のいる気配があってはなりません。
舞踏会の本番は夜になってからです。継母たちの帰りは日付が変わった後になるかもしれません。
シンデレラは一晩中でも待つつもりでした。
やがて日も落ちてすっかり暗くなった家の中で、シンデレラは身じろぎもせずに外の物音に耳を澄ましていました。
すると、遠くから馬車の走る音が聞こえてきました。
継母たちが帰って来るにはまだ早すぎます。シンデレラは閉められた窓の戸板の隙間からそっと外を覗いてみました。
夕暮れの薄闇の中、馬車が近付いてくるのが見えました。しかし、継母たちが乗って行った馬車ではありません。
不安に思いながらも、シンデレラは息を潜めて様子を覗っていました。
馬車はシンデレラの家の前で停まり、見知らぬ者達が下りてきました。
――ドンドンドンドン!
家のドアが乱暴に叩かれました。
シンデレラは恐ろしくなりましたが、悲鳴をこらえて身を縮めました。
あれは舞踏会に行くことを拒んで家に隠れている者、つまりシンデレラを捕まえに来たと見て間違いないでしょう。
見つかれば舞踏会に連れて行かれ、下手をすれば継母たちが罪に問われてしまいます。
シンデレラはますます息を潜め、身じろぎ一つせずに男達が諦めて帰ることを祈りました。
「隠れても無駄ですよ、お嬢さん。」
「ヒイッ!」
突然、予想外に近い場所から呼びかけられてシンデレラは飛び上がらんばかりに驚きました。
見ると、屋根裏部屋の中、すぐ近くに見知らぬ男が立っていました。
「魔法でどこに人がいるのか分かるから、隠れても無駄です。諦めておとなしく舞踏会に行きなさい。」
男は魔法使いでした。
国に仕える魔法使い、つまり王子様の手下の公務員です。
彼の仕事は舞踏会の招待を拒んで隠れ潜む娘を探し出すことでした。
継母と同じことを考えて実行した者は既に何人もいたようです。そして対策済みでした。
屋根裏部屋から強制的に連れ出されると、数人のメイドらしき女性が待ち構えていました。
シンデレラはたちまちのうちに奇麗なドレスに着替えさせられてしまいました。
そして顔には化粧が施され、髪形も整えられると、それはもうどこの国のお姫様かと思うほど美しい娘になりました。
「これほどとは……これだけ美しければ、間違いなく王子様に気に入られるでしょう。」
魔法使いの男が感嘆の声を上げました。隣ではメイドさん達が何かを成し遂げたという会心の笑みを浮かべていました。
シンデレラは生まれて初めて人から褒められて絶望的な気分になるという経験をしました。
最後に魔法使いはシンデレラに美しいガラスの靴を履かせました。
「この靴には魔法がかかっていて、舞踏会が終わる十二時までは脱ぐことはできません。そして、この靴を履いている間は王城から出ることはできません。諦めて王子様とのダンスを楽しみなさい。」
シンデレラが家の外に出ると、最初に見た馬車以外にも何台もの馬車が停まっていました。
そのうちの一台、カボチャを大きくしたような形の馬車に乗せられて、シンデレラは王城に向かいました。
「できたら、そのまま王子様の花嫁に納まってください。花嫁が決まらないことには我々の残業も終わらないのですから。」
城に向かうシンデレラを見送って、魔法使いがぼそりと呟きました。
シンデレラが王城に着いた時、舞踏会は既に始まっていました。
優雅な音楽が奏でられ、数人の男女が中央で踊っています。
王子様はまだ様子見で、集まった娘たちを眺めています。
そんな中にシンデレラが入って行くと、一瞬会場が静まりました。
舞踏会に集められた他の娘たちとは一線を画す美しさに、人々の視線は釘付けになりました。
そして、王子様もまた。
「美しいお嬢さん、一曲踊っていただけますか?」
紳士的な誘い文句ですが、王子様の言葉は実質的に命令です。シンデレラに拒否権はありません。
シンデレラは裕福な家の娘です。父親は仕事の関係で貴族や上流階級の人々との付き合いもあります。
その関係で父親はシンデレラが幼い頃からいくつかの習い事をさせてきました。
社交ダンスもお手の物です。
シンデレラは王子様のリードに合わせて華麗に踊ります。
シンデレラは再び周囲の視線を釘付けにしました。
ある者は羨望、ある者は憧憬、そしてある者はちょっぴりの同情。
王子様の関心が自分に向きそうもないことを安堵する娘も多い中、継母と義姉二人だけはシンデレラを守り切れなかったことを知り、悔しさに歯噛みをするのでした。
舞踏会は続きましたが、その後もも王子様はシンデレラを放しませんでした。
ダンスは一曲で終わらずに何曲も相手をすることになり、休憩する時も王子様の横に座らされました。
シンデレラはじっと耐えて王子の相手をしていました。けれども、決して諦めたわけではありませんでした。
王子様は少し浮かれていました。楽しい舞踏会に時が経つのを忘れました。
そして、その時は来ました。十二時を知らせる鐘の音が鳴り響いたのです。
その瞬間、シンデレラはガラスの靴を脱ぎ捨てて走り出しました。
王子様は楽しさのあまり、舞踏会の終了時刻を忘れてしまっていました。周りの者も王子様に気を使って舞踏会を延長していたのです。
シンデレラはガラスの靴の魔法が解けるその一瞬を狙って逃げ出したのでした。
それまでシンデレラがおとなしく相手をしていたことで、王子様はすっかりと油断していました。
王子様が我に返った時には、シンデレラは会場の出口から出て行くところでした。
王子様と手下の役人たちが慌てて追いかけますが、継母と二人の義姉がさりげなく妨害します。
継母たちだけでなく、舞踏会に強制参加させられて不満を持っていた者や、悪い噂にめげずに王子様の花嫁を目指す者達もさりげなく妨害しました。
王子様たちが舞踏会会場を出た時には、シンデレラは既に王戎を出て、深夜の街を風のように走り抜けていました。
今から追いかけても、王子様が追い付くことはできないでしょう。
翌朝の事です。
早朝から街中を進む馬車の一団がありました。
しかも先頭を進むのは王族専用の豪華な馬車です。
「もう来たのかい。王子様も暇なのかねぇ?」
そんなはずはありません。
王子様は国政の一部も担っていて忙しいから、夜に舞踏会を行っているのです。
そんな王子様が仕事を放り出して朝早くから駆け付ける。よほどシンデレラにご執心のようです。
舞踏会から逃げただけで終わるとは思っていませんでしたが、この対応の速さは継母たちにとっても予想外でした。
馬車は真直ぐにシンデレラの家を目指してやって来ます。これでは逃げ出す暇もありません。
「だ、だ、だ、大丈夫、この家はレンガ造りだから簡単には入ってこれないよ。」
「お義姉さま、それは物語が違います。それに、私達は子豚さんじゃありません。」
上の義姉は混乱していました。
「そ、そ、そ、そうよ、壁時計の中に隠れればきっと見つからないわ!」
「お義姉さま、それも違う物語です。それと、王子様は狼じゃありません。」
「男はみんな狼よー!」
下の義姉もパニクっていました。
「仕方がないね。ここは私達が誤魔化すから、シンデレラは家の中に隠れているんだよ。」
継母と二人の義姉は、家の外で王子様を待ち構えることにしました。
豪華な馬車は予想通りシンデレラの家の前で停まりました。
馬車から王子様と護衛の騎士、それに役人も数人出てきました。
そして、役人の一人が取り出したものは、シンデレラが脱ぎ捨てたガラスの靴でした。
この靴は、国に仕える魔法使いがシンデレラに渡したものです。証拠の品が残っていれば、どこの家の娘かを特定することも容易でしたでしょう。
朝早くからの騒動に、何事かと見に来た野次馬が遠巻きに見守る中、王子の横に控えた役人が話します。
「この靴がぴったり合う娘を王子様の花嫁候補として王城に招くこととする!」
シンデレラの家までは特定できても、名前までは分からなかったため変則的な手段に出たようです。
これを聞いて上の義姉が前に進み出ました。
「それはきっと、私の事よ。」
そして、思い切りよくガラスの靴に足を突っ込みました。
――パリン!
上の義姉の足は納まりきれず、ガラスの靴は割れてしまいました。
「あれー、親指が大き過ぎて入らなかったみたい(棒読)。」
割れたガラスで右足が血塗れになりながらも、上の義姉は笑顔で言いました。
にっこり笑って証拠隠滅。
役人がちょっと引いています。
「まだだ! 靴はもう片方がある!」
王子様の言葉に応じて、役人が左足のガラスの靴を取り出しました。
「それじゃあ、次は私の番ね。とりゃあ!」
今度は下の義姉が進み出て、ガラスの靴に蹴り込むように足を突っ込みました。
――ガシャン!
やっぱりガラスの靴は割れてしまいました。
「あれー、ちょっと踵がはみ出ちゃったみたい(棒読)。」
左足をガラスで切って血だらけにしながら、下の義姉も笑顔で言います。
これでガラスの靴は無くなりました。
役人がドン引きする中、それでも王子様は余裕な態度を崩しませんでした。
「これでこの二人は違うことがはっきりした。もう一人娘がいるはずだ。隠さずここに連れて来るのだ!」
そういう王子様に対して、今度は継母が前に出ました。
「あらいやだ。それってつまり、私の事ね。」
「「「「「そんなわけあるか!!!」」」」
わざとらしくしなを作って答える継母に、王子様だけでなく、騎士も役人も野次馬達もそろって突っ込みました。
いえいえ、お義母様は二児の母親とは思えないくらい若々しくて美人です(シンデレラ談)。
「ええい、ふざけるのもたいがいにしろ。不敬罪でしょっ引くぞ!」
洒落の通じない騎士が剣を向けますが、継母は動じることなく笑顔を崩しません。
しかし、この騎士の暴挙に冷静ではいられない者がいました。
「止めて! お義母様に乱暴しないで!!」
シンデレラでした。思わず家から飛び出してしまったのです。
継母と義姉たちは拙いと思いましたが、もう後の祭りでした。
「おお、この娘だ。間違いない。」
王子様が素早く動いてシンデレラを捕まえてしまいました。
がっちりと掴まれてしまえばもう逃げられません。
王子様は嫌がるシンデレラを無理やり引っ張って馬車に連れ込もうとしました。
重要な仕事を放り出して来ている王子様は、少々焦っていたのでしょう。この時はずいぶんと紳士的でない態度を取ってしまいました。
この光景に、今度は上の義姉がキレました。
「うちの義妹に手を出すんじゃねえ!」
黄金の右ストレートが炸裂し、王子様は一発でKOされてしまいました。
野次馬達は拍手喝采、しかしこの場の関係者は青くなりました。
上の義姉は王族に手を上げた重罪。家族を巻き込んで処刑されかねません。
騎士たちも顔面蒼白です。王子様の護衛なのに、王子様を守れませんでした。しかも相手は素人の娘一人。騎士としての責任だけでなく、能力までも疑われてしまいます。
役人たちも同様です。本来ならば王子様は王城で待ってもらい、役人や騎士たちだけでシンデレラを迎えるべきでした。
それに、王子様に万が一のことがあれば国にとって大きな痛手になります。
王子様は花嫁探し以外では特に問題を起こしていませんし、仕事に関してはとても優秀なのです。
皆の動きが停まった一瞬、倒れていた王子様が、むくりと身を起こしました。
どうやら最悪の事態は避けられたと役人や騎士たちがほっとする中、王子様は上の義姉の元に歩み寄り、その手をがっしりと掴みました。
「どうか私の花嫁になってください!」
「「「「「えええー?」」」」
突然の王子様の発言に、全員が驚きました。
何故か、相手はシンデレラではなくその義姉です。
しかも、美しさで他を圧倒したシンデレラでさえ花嫁候補どまりだったのに、舞踏会では見向きもされなかった義姉がいきなりの花嫁です。
「これまで多くの美しい娘に会ってきましたが、何か違うと感じていました。しかし、貴女と出会って私は衝撃を受けました。」
殿下、その衝撃は物理的なものです! と誰も言い出せないまま、皆ますます混乱しました。
王子様は殴られたはずみで、何かとんでもないものに目覚めてしまったようです。
「これはきっと運命に違いありません。どうか私と結婚してください。」
上の義姉は困惑しました。
やや強引ではありますが紳士的な態度を取り戻した、いえそれ以前に王子様をもう一度殴り倒すわけにはいきません。
助けを求めて周囲に視線を向けましたが、騎士や役人たちは目を逸らしてしまいます。
彼らはこの流れで「王族に対する暴行事件」をうやむやにして、なかったことにしようとしていました。
「仕方がないねぇ……。王子様、娘は突然の申し出で戸惑っています。後日返事をさせますから、今日のところはお引き取り願えませんか?」
継母のとりなしで、一旦この場は王子様一行は引き上げて行きました。
その後、上の義姉は、日参する役人や騎士や魔法使いに拝み倒されて、王子様のプロポーズを受けることにしました。
役人たちにとっても、王子様の花嫁が決まらないことには、いつまで経っても仕事が終わらないので必死です。
シンデレラや帰ってきた父親も、「嫌ならば家族で国外に逃げよう」と言いました。
しかし、上の義姉は、
「どうせ結婚するなら、玉の輿に乗ってやる~!」
と、半ば開き直って王子様からのプロポーズを受けてしまいました。
予想外だったのは、王子様の結婚を機に国王が退位して王子様に王位を譲ると言い出したことでした。
結婚すればそのまま王妃となることが決まった上の義姉は、前倒しで行われた厳しい王妃教育に悲鳴を上げながらも頑張っています。
いずれ国王となった王子様が道を誤ったとしても、王妃の黄金の右ストレートが正してくれることでしょう。
王子様の花嫁候補として王城に軟禁されていた娘たちは、王子様の婚約を受けて全員解放されました。
傷だらけで帰ってきた娘は例外だったようで、ほとんどの娘が元気に帰ってきました。
中には本気で王子様の花嫁を狙っていて落胆する娘、王城での生活が気に入ってがっかりした娘、心労で多少やつれた娘などもいましたが、おおむね無事でした。
下の義姉は、上の義姉の苦労を見て、「普通が一番」と悟りました。
そして、父親の仕事関係の青年と見合いをしてさっさと結婚してしまいました。
王妃教育で苦労している上の義姉よりも一足先に花嫁です。
そしてシンデレラは、父親の事業を継ぎました。
父親譲りの才能か、事業は成長し、大きな利益を得ました。
父親を超える大金持ちになったシンデレラはその後も独身を貫き、事業の収益から基金を設立して女性の地位向上活動に生涯を捧げたのでした。
めでたし、めでたし(?)
話の流れをそのままに、継母と義姉二人を味方とすれば、そこからシンデレラを連れ去る王子様が悪役。
その王子様の主催する舞踏会は危険地帯で、そこにシンデレラを送り込む魔法使いも敵側になります。
ここまでは簡単に決まったのですが、結末をどうするかで悩みました。
元の話通りにシンデレラが王子様と結ばれればバッドエンドです。
まあ、悪役であってもそこまで悪人にはしなかったので、王子様との和解はあり得ますが、ハッピーエンドかと言われると微妙なところ。
そこで王子様は上の義姉に任せました。
現代のシンデレラはジェンダー平等を目指すのです。