フレデリカを鍛えよう 1
雪やばすぎた……。
ライには目下憂慮していることがあった。
フレデリカの事である。
ある日のこと。新しいパーティに加入してからダンジョン攻略も4回目という時だ。やはりこれは何とかしなければならないと思い至るような出来事があった。
その時のダンジョンはモンスターの数こそ少ないものの多くの罠が張り巡らされた技巧的なものだった。
敵を倒せるのが一日一回しかスキルを使うことができないライのみである都合上、雑魚との戦闘は絶対に避けたいこのパーティにとってはむしろやりやすいとフレデリカが選んだ。
見立て自体は間違いではなかった。ライも冒険者歴3年でそれなりの経験則からどんな罠が仕掛けられているかおおよその検討がつく。ヒカゲも忍者なだけあって罠の察知能力が高い。モンスターを相手取るよりもよほど楽と言える。
落とし穴があったり壁から矢が飛んできたり。様々な罠がそのダンジョンには仕掛けられていたが、普段から慎重に行動していることもあり、特に問題もなく回避できた。
ところが一つフレデリカにも見誤っていることがあった。
ヒカゲは好奇心が強かった。
とりわけ宝箱の中身が気になってしょうがない気質の持ち主だった。
「いいかい。宝箱を無暗に開けてはいけないよ。十中八九トラップだからね」
そう事前にフレデリカが忠告していたにも関わらず、
「あ! 宝箱があるカゲ!」
3歩歩いたニワトリのようにそれを忘れて彼女は通路に置かれたあからさまに怪しい宝箱を開けてしまったのだ。
どこかで嫌な音が鳴り、これはまずいと思った直後、背後から巨大な何かがドーン! と大きな音を立てて転がり落ちてくる。
「鉄球だぁぁぁぁ!」
一行は一目散に逃げだした。
「なんでダメって言われたのに開けたんだぁぁぁぁ!」
「中に何が入ってるのかつい気になっちゃったんだカゲ! そういえばあの時の任務も面白そうな箱を開けて罠にかかったから失敗したニン!」
「お前が国を追われた理由、好奇心かよ!」
ヒカゲもヒカゲで重大な欠点が判明したのだが、それは一旦置いておく。
大事なのはここからだ。
鉄球の転がる速度こそ一般的な冒険者が全力で逃げれば何とかなるものだったが、通路自体が狭く長いもので横道もなく危機的状況をなかなか脱することができない状態だった。
この時点で標準的な身体能力を有していないフレデリカが絶体絶命の窮地に陥る。
「全力で走れフレデリカ!」
「やってるよぉ~!」
すでに気の抜けたようなダミ声で叫ぶフレデリカ。
命の危機を前にして火事場の馬鹿力が出ているのか、いつもより速く走れているようだがそれでも鉄球との距離は縮まっていく。
加えて彼女は致命的に体力がなかった。あっという間に鉛のように重くなった脚を前に出すので精一杯といった感じになり、鉄球に轢き殺されるのが確実となった。
出し惜しんでいる場合ではないとライはここで『落雷』を発動。
一撃必殺の雷により鉄球は粉々に粉砕される。
窮地を脱して安堵したフレデリカがその場で倒れこんだ。レイブンとヒカゲが彼女の身を案じて傍に駆け寄る。
ライは通路の先を見ていた。
あともう少し頑張れば曲がり角に到達していたのに。
ここで『落雷』を使ってしまった以上、ボスを倒せる手段はもうない。先へ進んでもクエストをクリアすることはできなくなった。
一行は初めての失敗を喫してしまったのである。
モドリ玉で入口まで戻ったは良いが、フレデリカはまったく動こうとしなかった。
「待って……息できない……。身体動かない……」
モンスターと戦ってもいないのに彼女のダメージはなぜか深刻だった。
クエスト前にはすでに疲れ果て休憩を要し、帰りも自力で歩ききれず誰かにおぶってもらう。クエスト中もちょっと走れば息切れする。
毎度こんな調子である。
結局動けなくなった彼女を3人で交代して背負いながらローナの町まで戻ることとなった。
これがライの憂慮していることである。
これまでは無傷生還、結果として上手くいっていたからさほど危惧することではなかった。
しかし今回でフレデリカの身体能力不足が深刻さを帯びてしまったのだ。
もし、もし彼女に体力がもう少しあれば『落雷』を使わずともあの罠をくぐり抜けられたのではないか。
それにだ。仮にモンスターに見つかって追いかけられる場面があったとしよう。彼女だけ逃げ遅れたらどうする?
実力不足はシンプルに問題だ。不測の事態に陥った時、死亡する確率が高くなる。
このまま実力以上の難易度のダンジョンに挑戦し続けていたら彼女はいつか死んでしまう。
この時、ライは思ったのである。
早急に何とかしなければならないと。
―――――
「フレデリカは体力がなさすぎる!」
ライは真剣に訴えようとするあまりテーブルを強く叩いた。
ギルドの建物内に響く衝撃音。受付嬢が驚いている。
「お嬢にケチつけようってのかお前」
「ややこしいことになるからやめてくれレイブン。これは今後のことを考えたうえでとても大事なことなんだ」
噛みついてくる忠犬を宥めてフレデリカに向きなおる。
「いやあそれに関しては面目次第もない。学校に通っていた頃も運動はからっきしでね」
まったく悪びれる様子もなく彼女は言った。
「でも心配はいらないよ。それも考慮したうえで受けるクエストは選んでるから」
「でもこの前は失敗したじゃないか」
「あれは……どちらかと言えばヒカゲの好奇心の強さを知らなかったせいだよ。あの子を制御できなかった落ち度は認める」
まるで体力のなさはどうしようもないから仕方がないとでも言いたげな弁明である。
「そういう問題じゃないだろ。クエストの行き帰りだけで疲れててどうするんだ」
「うっ……」
彼女は珍しく視線を逸らして狼狽えた。
苦手なことで責められるのは酷なこと。それはライにもよくわかるから心が痛む。
しかし、冒険者を続けていくことを望むなら必要なことだ。死と隣り合わせの仕事。死なないために日々精進しなければならない。
少なくともライが出会った冒険者は皆そうしてきた。
「別にフレデリカに限ったことじゃない。もっと報酬のいいクエストを受けようと思ったら俺たち全員が強くなる必要がある。遅かれ早かれぶち当たる壁を乗り越えなきゃならないんだ」
「ええ~、それってつまり……」
「特訓をするぞ。やっぱり冒険者として最低限の体力は身につけるべきだ! 嫌そうな顔するな!」
「ぶー」
露骨に顔をしかめて異議申し立てをするフレデリカ。だが、ライは心を鬼にして頑と跳ね除ける。
こうして彼女の基礎体力を上げるべく、特訓が始まった。
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