『落雷』炸裂
日曜日に更新できなくてすみませんでした。
「心の準備はいいね? では行くとしようか」
フレデリカは扉を開けるべく両手を添えてゆっくりと押し始めた。
「……すまない。やっぱり開けてくれないか?」
力不足だった。
よくこれで冒険者をやろうと思ったなと呆れかえりながらもライは代わって扉を押した。
ゴゴゴ……と重い音を上げて扉が動く。なるほど華奢な彼女ではちょっと無理かもしれない。
その先は一本道になっており、それを少し進むと広間に出た。
「ここがボス部屋……」レイブンがつぶやく。
ダンジョンの一番奥というだけあって雰囲気が違う。
その最たる理由は広間の奥から出土している魔鉱石だ。淡い紫色の光を放つ石がこの空間を神秘的に魅せている。
あれを持ち帰ることがこのクエストにおける最重要目的である。ここまで来られても採掘できなければギルドから報酬はもらえない。
採掘自体にそう手間はかからない。だが、それを阻むべくモンスターが立ち塞がっている。
「ニンゲンメ。マコウセキヲネラッテヤッテキタカ」
言語を介するモンスターにレイブンとヒカゲが驚いた表情をする。初めて見たときの冒険者の反応は大体こんなものだ。フレデリカはまったく動じていないようだが。
ボスモンスターの特徴はそこらの雑魚と違って知能が高いことだ。故に策に対する警戒心が強い。
そして、言うまでもないが力も強い。体が大きく、生命力もある。普通の冒険者が4人がかりで攻撃してもなかなか倒れないくらいにはしぶとい。
「コノヨヲシハイスルノハマゾクダ。ニンゲンドモニハシンデモラウ」
獣の姿をした岩石の巨体が敵をむき出しにして咆哮を上げる。
このモンスターはおそらくゴーレムの亜種、ガンロックビーストがより強力な魔力を得てボス化したものだ。
ガンロックビーストは獣の姿をしている分、ゴーレムより機動力が高い。反面、関節部分が脆くなっており防御力が落ちているのが欠点である。
とはいえ体が岩石である以上生半可な攻撃では傷を負わせるのも難しい。
ヒカゲがクナイを投げて関節を攻撃してみたところ、あえなくはじき返されてしまった。
「ソンナチャチナヤイバデハキヅヒトツツケラレハセンゾ」
モンスターが反撃とばかりにヒカゲに襲い掛かる。
しかし、彼女はモンスターの影に潜り込んでこれをかわした。
「コシャクナ」
自分の影を忌々しそうに見つめるモンスター。が、次の瞬間大きく口を開けたかと思うと地面に向かって光線を発射した。
爆発と共に濃い煙が立ち上り、その中からヒカゲの姿が飛び出してくる。
『潜影』のスキルは影の中にいれば無敵というわけではないらしい。強い衝撃を受けると留まっていられなくなるようだ。
幸い彼女に怪我はなかった。影から追い出されただけのようだ。
「いけライ君! やってしまえ!」
フレデリカの声に気づいてモンスターが振り返る。
ここまで陽動できれば十分だった。もはや失敗のしようがない。
「ナニヲスルツモリダ!」
再び咆哮を上げるモンスター。
だがもう遅い。
「召雷!」
ライは『落雷』のスキルを発動する。
一日に一回しか撃つことができない、ここぞというときの切り札。
今この瞬間のためのスキル。
雷による攻撃であるが故に発生も早い。頭上から何か来ると気づいてからでは遅いのだ。
必殺の一撃がモンスターを貫いた。
………………。
…………。
……。
動かなくなった敵を一行が固唾を飲んで見守っていた。落雷を受けた時点で耐えられる者はいないはずだが……。
少しして岩石の巨体がゆっくりと崩れ落ちていった。
「やったようだね」
「はは……すげえ……。ほんとに一撃かよ」
相当すごいと思ったのかレイブンが乾いた笑いを上げている。
無事に倒せたことを確認して皆が安堵についた。あとは魔鉱石を持ち帰って終わりだと誰もが思っていた。
キラリ。
最期の最期。崩れ落ちる最中、口内が光ったのをライは見逃さなかった。
「危ない!」
口はフレデリカに向けられていた。ライは考えるより先に身体が動き、飛び込んで彼女を抱きかかえた。
最後の輝きがライたちのすぐそばを横切っていく。
まさに間一髪。あと一歩でも遅れていたら二人とも消し炭になっていただろう。
最後っ屁を放ってくるモンスターがいることは経験上わかっていたのが功を奏した。ライのこれまでの冒険者稼業も無駄ではなかったということだ。
「大丈夫か⁉」
「ああ。助かったよ。ありがとう」
何事もなくてよかったと安心するライ。せっかくボスを倒せたのに死人が出ては寝覚めが悪いどころの話ではない。
それにしても。
抱きかかえて思ったがフレデリカの体は実に華奢でやはり冒険者には見えなかった。
腕も脚も細く、色白で柔らかい。腕の中に収めていると守ってやらなきゃという気になってしまう。
彼女はこんなにもか弱いのに、なぜ冒険者になろうと思ったのか。
人形のように綺麗な顔、綺麗な髪。こんなにも美しい人がなぜ。
「あの~ライ君。そういつまでも抱きつかれると身動きが取れないのだが……」
「ご、ごめん!」
慌てて彼女を解放した。
ライは下手な詮索をするつもりはなかった。
共に行動していればそのうち知る機会にも恵まれるだろう。そう考えていた。
それから一行は魔鉱石を採掘し終え、無事にモドリ玉で入口まで戻った。
「あ、そういえば帰りも歩かなきゃいけないんだっけ?」
「そうだよ」
「うへぇ~」
何はともあれ、クエストクリア。
―――――
「「かんぱーい!」」
ライ、フレデリカ、レイブンはクエストの初クリアを記念して酒場で祝杯を挙げた。
ヒカゲは表には出ず、フレデリカの影から人目につかないよう食べ物をくすねている。人見知りというわけではないが、異国の人間、しかも訳ありとあっては無暗に顔をさらせない事情があるのだ。
「いやあ最初はどうなるかと思ったけどちゃんとクエストクリアできてよかったよ」
「なんだライ君。そんなに不安になっていたのかい?」
「まあ、そりゃ……だってなあ……」
中級冒険者向けのダンジョンに行くというのにその連れが駆け出しの冒険者とあっては不安にならない方がおかしい。
「でもおかげでこの通り。君のおかげで冒険者ランクが一発で上がったよ」
フレデリカが自慢げに冒険者カードを提示するので見るとランクがCになっていた。ライと同じである。
普通はいくつかクエストをこなして一段階ずつ上げていくものなのだが、1回のクエストで二段階。破格のスピードだ。3人でクリアしたことになっているのが大きな要因か。
「俺のおかげ、か……」
そう言われたのがライの気をよくした。ちゃんと役に立てた実感が持てるいい言葉だ。
「そう。君がいてくれたおかげだ。もうわかっていると思うけど私たちのパーティは普通じゃない。君がいなければパーティとして成り立たない」
わからないはずがなかった。
きっとここにいるのはより優秀な人間がいれば集団から不要扱いされる落ちこぼればかりだ。
一人ではまともに冒険者になることのできない外れスキルの集まり。そんなところに真っ当な冒険者が仲間として来てくれる望みは薄い。
「そして君も他のところではやっていけない」
ライはかつて自分を追放したパーティのことを思いだした。
足手まとい、不公平、役立たず。手の平を返して自分を蔑む仲間たち。
五度もパーティを追放され真っ当なパーティではやっていけない現実をつい最近突きつけられた。
フレデリカ達がそうならないという保証があるわけではない。
けれど悪いことにはならないという予感がなぜかあった。
理由は二つ。このパーティが明らかに異質であるという事実。それとライの立場の優位性である。
自分がいなくなればアタッカーがいなくなり、パーティそのものが成立しなくなる。ライに代わる都合のいい冒険者など易々と見つかりはしない。だからいなくなられると困る。
彼女らにはライが必要なのだ。追放される可能性は限りなく低いと考えていい。
ここが居場所。ここだからこそやっていける。それが双方の共通認識。
フレデリカは両手に顎を乗せてライに微笑みかけた。
「だからどうか私たちを見捨てないでおくれよ。ラーイ君」
やっぱりこの人は綺麗だと思った。
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