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影の4人目

 それからも一行は分身による囮戦法を使いモンスターとの遭遇を避けながらダンジョンを進行していった。


 豚のようなモンスターの群れも強そうなゴーレムも弱そうなスライムもすべてパス。


 石橋を叩いて渡るくらいの徹底した警戒心からか平均的な攻略速度より大きく劣るとろいスピードだがしかし、着実にダンジョンを潜っていく。しかもここまで無傷でありほとんど体力も消耗していない。


 このパーティにしては上々の成果である。何せ雑魚敵を倒せる実力すらないのだから。概ね順調と言っていい。


「まさかここまで上手くいくとは……。フレデリカはこうなるってわかってたのか」


「いやあ私もまさかここまで都合よくいくとは……冗談だよライ君。そんな顔しないでおくれ。ちゃんと魔鉱の洞窟の情報を仕入れたうえで考えたことだよ」


「命を預けてるんだから適当なことを言うのはやめてくれよ」


「そう心配することはない。いざというときはモドリ玉でダンジョンの入り口まで戻ればいい」


 そう言って彼女は懐から薄緑に染まる小さな水晶玉を取り出した。


 使えば一瞬で入口まで移動できる不思議な力を持った玉だ。クエストの途中離脱やクリア後の脱出に使用される。ライたちもボスを倒したらこれで戻る手筈になっている。帰りもわざわざモンスターを避けながら時間をかけて戻るなどということはしない。


 しばらく進むとまたクリスタルファングの群れと遭遇した。


 二度目とあって慣れたものだ。フレデリカとレイブンの連携も洗練され、パーティの戦闘を避ける工程はよりスムーズになっていく。


「でももったいねーな。クリスタルファングの牙とか獲れれば金になりそうなのに」


 ふとした疑問をレイブンがつぶやいた。


「ん? なんだレイブン、知らないのか? モンスターは死ぬとすぐに塵になっちゃうんだぞ」


「そうなのか? じゃあ倒しても意味ね―じゃん」


 彼の言うとおりモンスターを倒すメリットは実はない。


 一見武器防具の素材として優秀そうに見えるがやつらの牙も爪も毛皮も鱗もその他不思議な力を持った部位も、死んでしまうとすべて塵と化して消えてしまう。


 モンスターとは暗黒の瘴気に魔族の魔力が宿り、生物の姿を模って具現化した存在だと言われている。


 つまりどれだけ倒しても魔族がいる限り生み出され続けるし、人間は何一つ恩恵に与れない。ただただはた迷惑な連中なのである。


 裏を返せばフレデリカの作戦になんら不都合なことがないということでもあるが。


「じゃあ、このままモンスターなんか無視して行っちまえばいいか」


 しかしまあ、いつまでも同じやり方では上手くいかないのが世の中の厳しさというもので。


 ライの予感した通り囮戦法の通じない相手に遭遇してしまう。


「あれは……ワンダープラントか」


 地面に根を張る植物のモンスターである。目が二つついた大きな花の周りに触手のようにうねる根が数本地面から生えている。あの根を人間の体に突き刺して養分を奪ってくる。


 その場から動かないモンスターなので当然囮戦法は効かない。


 ミスディレクションは効くだろうが、スキルの効力はほんの少しの時間しかない。効果が切れたらすぐさま襲い掛かられてしまうだろう。


「あれは倒さないと先に進めないんじゃないか?」


 相も変わらず岩陰で作戦会議。というかこのダンジョン、隠れられる場所がやたらと多い。フレデリカはそれをわかっていてこのクエストを受注したのだろうか。


「いや。少々手間取るけど消耗を最小限で突破するよ」


「何か策があるのか?」


「秘密兵器を使うときが来たようだね」


 そんなものを用意していたのか。


 こういう場合もきちんと想定済みのようだ。フレデリカという女はなかなか抜け目がない。


「ここは君にお願いするよヒカゲ」


 どういうこと? 知らない名前が出てきてライの頭が追いつかない。


 その時、フレデリカの影が不自然に波打った。


 不意の事で反射的に身構えるライ。次の瞬間、影の中から人の頭が浮かび上がる。


「ついに拙者の出番カゲ」


 影の中から人が出てきた。


 黒髪の少女だ。ライやフレデリカに近しい年の見た目をしているが少し幼さを感じさせる。黒い装束に身を包んでおり、その様相は東方の国のニンジャと呼ばれるものを彷彿とさせた。


「お初にお目にかかるニン。拙者ヒカゲと申すカゲ」


 変な語尾だ。外国の人のようだからこれが彼女の国の話し方なのだろうとライは思うことにした。


「見ての通りヒカゲ君はこの国の人間ではなく東の国の出身でね。請け負っていた任務に失敗したせいで元の国にいられなくなったらしい。で、こっちに流れ着いたところを私が拾ったんだ」


「そんな怪しさ満点の人間を普通拾う?」


 思わずツッコミを入れてしまうライだったが、彼女が普通ではないことに気づいて、じゃあ拾うかとなった。


「拙者、フレデリカ殿には恩義を感じている身。この方を主とし、この命を捧げる所存だカゲ」


 フレデリカが彼女の頭を撫でるととても嬉しそうにしていた。すでに飼いならされていた。


 仲睦まじい二人を見ていてライは思い出す。


 そういえば昨日の酒場で一瞬だけ誰かに見られているような気がしたんだった。あれは気のせいではなかったんだ。


 フレデリカの料理の減りが早かったのもこっそりヒカゲが食べていたからに違いない。彼女は普段からずっと影の中に潜んでいたのだ。


 ところでヒカゲの登場で一つの疑問がわき上がる。


「あれ? でもこれじゃあ3人パーティじゃなくて4人パーティじゃないか。なんで俺には3人なんて嘘ついたんだ?」


「嘘なんてついていないよ。というより、私は3人で行くなんて一言も言っていないよ」


 そんなバカな。ライは酒場でのフレデリカとの会話を思い出す。言われてみれば「このメンツで行く」とは言っていても「3人で行く」とも「4人で行く」とも一言も言っていないことに気づいた。


「で、でも依頼書には3人分の名前しか書いてなかったよな? ヒカゲの名前を入れなかったのはなんでだ?」


「それはこのパーティに箔をつけるためさ。4人以上推奨のクエストを3人でクリアしたことにすれば周りからの評価は大きく上がるからね」


「それでヒカゲのことを黙っていたのか」


 パーティの人数を偽ってクエストを受けるなんて前代未聞だ。


 そもそも人数を偽ること自体が難しい。街の出入りはクエストを受ける等で得られる許可証を必要とし厳重に管理されている。誰がどこへ行くかはきちんと把握されているのだ。


 ずっと影の中に隠れて監視の目を潜り抜けられるヒカゲだからこそできることだ。


 もしばれずに成功させればギルドからの評価も上がり、冒険者ランクも一瞬で上がるだろう。仮にばれたとしても多少のペナルティはあるだろうが順当な評価に落ち着くだろう。


 パーティとしての評価が上がれば報酬のおいしいクエストが向こうから舞い込んでくる可能性もある。パーティに箔をつけることにはそれなりの意味があるのだ。


 特に駆け出しで冒険者ランクの低いフレデリカにはローリスクハイリターンとなる。


 彼女の言う「思惑」とはこのことだったのだ。


「なんていうか……ずるくないか。やり口が汚いというか……」


「スピード出世の裏側なんてそんなものだよ。さあヒカゲ。あのモンスターを無力化してきておくれ」


「承知したカゲ」


 命じられたヒカゲが今度は岩の影の中に潜り込んだ。


「彼女のスキルは『潜影』。影の中に入って移動できる能力だよ」


 ヒカゲが岩の影を伝ってワンダープラントの影まで近づいていく。

「影の中に入ってどうやって敵を倒すんだ?」


「倒さないよ」


 倒せないのだろう。影の中に入れるだけでヒカゲにも攻撃能力はないと思われる。


「一応武器の扱いには長けているから傷くらいは負わせられるだろうけどね。攻撃系のスキルには到底かなわない。それよりも彼女が優れているのは捕縛術さ」


 百聞は一見に如かず。ワンダープラントの影から飛び出したヒカゲが目にもとまらぬ速さで急襲し、花と根をまとめて縛り上げてしまった。


 一瞬の早業だ。少々手間取るとは何だったのか。


「すごいな……」


 本当にワンダープラントを無力化してしまい、ライは感嘆とした。今なら総攻撃で倒せなくもないのではないかと考えたが、拘束を解いて反撃してこないとも限らないのでさっさと先へ進むのが得策である。


「よくやったヒカゲ」


「褒めてほしいカゲ」


「えらいえらい」


「えへへ……」


 親子か? ライは二人の関係を見てそう思った。


 そうして分身の囮戦法が使えないモンスターも突破し、一行が先へ進むと大きな扉が道を塞いでいた。


「ようやくボスのいるところまで来たな」


 そう。この先にはボスがいる。ここがダンジョンの最奥。


 ついに一回も戦わずにボスのいる場所まで到達してしまったのだ。


 入り口でフレデリカが息を切らしていた時は一体どうなるのかと心配もあったライ。しかしここまでくると何か感慨深いものがあった。


「ここからは君の出番だ。期待しているよライ君」


「任せてくれ。一撃で終わらせてやる」


 このクエストの成否はライの手にかかっている。せっかくここまで来たのに『落雷』をしくじればすべてが水の泡だ。


 チャンスは一回。


 失敗は許されない。

次回の更新はできれば日曜日、無理なら月曜日を予定しています。よろしければブクマ・評価をお願いします。

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