冒険者フレデリカ
城下町ローナから北東に外れた場所に位置するカドッカ山。
草木は枯れ、剥き出しになった岩肌ばかりが目につく殺風景な岩山である。ダンジョンがあり、モンスターも出現する危険区域のため、普通の人は好んで立ち入ろうとはしない。反面、冒険者にとってはクエストでよく行く馴染みの山だ。
ライもここには何度か訪れている。地形は頭に入っているし、歩き方も熟知している。勝手知ったる場所だ。もっとも、一人で行けるほどの実力はないので頼もしい仲間なしではハイキング気分というわけにはいかないが。
慣れた歩調で凹凸の激しい悪路を進んでいくライの隣には青年が一人。こちらは足場の悪さに若干苦戦する様子を見せるも体力があるため疲れを感じさせることなく並進している。
「お~い二人とも~。待っておくれよ~」
後方からかすかに声が聞こえて二人は立ち止まって同時に振り返った。
一人の少女がかなり遅れてついてきている。顔はずっと下を向きっぱなし、足取りは重く、今にも躓き転びそうで心許ない。
そんな彼女を見て二人は顔を見合わせた。
「あの人、体力なさすぎじゃないか?」
「嘘みたいだろ? あれで冒険者なんだぜ」
天高く地上を見守る太陽にはわずかに雲がかかっていた。
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時は昨日に遡る。
「もし、そこの浮かない顔した冒険者さん。少しよろしいだろうか?」
ライに声をかけてきたのは理知的な雰囲気を漂わせる可憐な少女だった。
年は同じくらいに見える。背丈は頭頂部がちょうどライの目線と同じ位置にあたるくらいで、女性としては平均的。平民らしい質素な身なりをしているが、整った顔立ちと堂々とした佇まいのおかげで小汚さをまるで感じない。体の凹凸は少ないものの、総合的には魅力的な外見だと言える。
「もしも~し」
「あ、ああすみません。今どきます」
つい見蕩れてしまい、慌ててクエストボードの前を譲った。クエストを受けに来たと思ったのだ。
「ん? いや違う違う。君に用があって話しかけたのだが」
「俺に?」つい自分のことを指さしてしまう。
「うむ。受けられるクエストがなくて困っているようだったから、少し気になってね。差し支えなければ事情を聞かせてもらってもいいかな?」
「別に構いませんが……。あなたは…?」
「私はフレデリカ。見ての通り冒険者だ」
『見ての通り』だとそうは思えなかった。動きやすそうな格好ではあるが、防具をつけておらず冒険者にしてはかなり軽装。ライも安価な胸当てと腰当てを装備している程度だが、彼女の方は最低限ですらなかった。
「そして後ろにいる彼はレイブン」
手の指し示す方には一人の青年が立っていた。今気づいた。
ライと比較して多少あちらの方が上背が高く、やや大人びて見えるが、フレデリカと同じで年は近そうだ。しかし不愛想で目つきが鋭く、ブロンドの髪をオールバックに仕立てたその様は威圧的でガラが悪い。衣服も薄汚れており、まるで路地裏で通行人から金を巻き上げるゴロツキのような印象を受けた。
「よろしく」とだけレイブン。外見とは裏腹に口数は少ないタイプのようだ。
「俺はライ。今はソロで冒険者をやってます」
「おおソロか! それはちょうどいい。実は今、パーティメンバーを募集していてね。どうだろう。私たちとクエストを受けてみる気はないかな? もちろん、君のことを教えてもらったうえでパーティに加えるかを決めさせてもらうが」
「俺がフレデリカさんのパーティに?」
願ってもないことだった。パーティに入れさせてもらえれば受注できるクエストの幅が大きく広がる。この勧誘を拒否する選択肢などない。
「まあ、立ち話もなんだ。これも何かの縁だし、食事でも一緒にどうだい?」
これも断る理由などなかった。女性から誘われることも初めての経験であり、降って湧いた幸運にライは二つ返事で快諾した。
酒場にて料理を注文した後、フレデリカはライに冒険者カードの提示を求めた。
いわゆる身分証明書だ。冒険者になった日付、冒険者としてのランク、所有するスキルの詳細など冒険者としての個人情報が記載されている。
特に能力値に関してはスキルも考慮した生命力、攻撃力、防御力、敏捷性、成長性が数値化されており、個人の実力を具体的に知ることができる。
ちなみにライの能力値は、
生命力 334
攻撃力 ∞
防御力 198
敏捷性 252
成長性 095
となっている。
生命力、敏捷性は冒険者としては平均的。防御力はやや低い。成長性に関しては壊滅的といったところだ。
だが、それよりも目を引く一つのステータス。
「攻撃力むげん……!? こんなの初めて見たのだが……」
フレデリカは驚愕の表情を露わにした。
『落雷』の能力、「どんな相手も一撃で倒せる」が反映されてこのような表記になっている。通常、能力値は0~999で表され、ごく稀にそれ以上の数値をたたき出す例外が存在するが、ライの場合はそれと比べても異質。例外中の例外と言えるだろう。
余談だが文字の読み書きが最低限できる程度の教養しかなかったライは当初「∞」の意味が分からず、なぜ「8」が横に倒れているのかとギルドの職員に尋ねて笑われたことがある。
「すごい力じゃないか。こんなスキルを持ってるならどこのパーティにも引っ張りだこなんじゃないか?」
「実はそうでもなくて……」
あまり自分の評価を下げるようなことを言いたくはなかったが、ライは近況を包み隠さず話した。
「ふむふむ、なるほどなるほど。それで君はパーティに入っても長続きしなかったということだね?」
「ええ、はい……」
はっきりと言われて胸をえぐられるような思いをした。事実ではあるが、ダメ人間であることを突き付けられているような気がして。
「しかしもったいないなあ。これほどの逸材がいれば、かの魔王ザンダインを征伐し英雄になれるかもしれないのに」
「ええ…………ええっ!?」
か細い返事とは打って変わって今度は大きな声が出た。
驚いたのは本人だけではなかった。フレデリカの言葉を耳にした周りの者たちが一斉に振り向いている。
「そいつはすげえやお嬢さん。あいつが死んでくれればモンスターもいなくなって平和になる。この国の生活もちったあ豊かになるだろうぜ」
「やれるもんなら是非ともやってほしいもんだね。奴のもとまでたどり着けたらの話だけどな!」
「それ以前にどこにいるのかもわかんねえけどな!」
皆口々に言うものの、そのどれもこれもが小馬鹿にしたようなニュアンスを含んでいた。
「ん? 私は何かおかしなことを言っただろうか」
「大きく出たなって思ったんですよ。魔王を倒せるのはそれこそ『勇者様』って呼ばれるような最高ランクの冒険者ですから」
「勇者、ねぇ……」
呟いて、彼女は運ばれてきた飲み物を口につけた。ライとレイブンもそれに続く。
そこに、
「その通りだ、ライ。そして、お前に勇者と呼ばれる資格はない」
何者かが口をはさんできた。
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