出会い
こうしてパーティから外されたのは今回が初めてではなかった。
五回目だ。前四回も似たような理由で追い出されている。
一日一回しか使えないから。足手まといだから。
最初はどんな強敵も一撃で倒すライのスキルに誰もが驚愕し、すごいと褒めそやす。しかし、何度か冒険を共にしていくうちに不満が募って最後には「使えない奴」という烙印を押してパーティから追い出してしまう。
自分のスキルが嫌いだ。というか自分自身が嫌いになりつつある。
どうして自分にはこんな使いづらいスキルが授けられてしまったのか。
最初はチートスキルじゃないかと周りからもてはやされた。将来は冒険者として安泰だとも言われた。冒険者は数ある職業の中でもかなり実入りがいい。だから学校へ行くお金がない貧困層は家に稼ぎを入れるためにこぞって冒険者になる。
ライも貧民としてこの世に生を受けた者の一人だが、『落雷』のスキルを授かったときはこれで家族を養っていけると大喜びしたものだった。
が、実情はこの有り様である。
チートスキルとまでは言わない。せめて冒険者に向いた使いやすいスキルを授かってさえいれば。無難に冒険者稼業をやっていけるスキルであったなら。
パーティから追放されると、いつも自分を卑下する日々を送ってしまう。
「すみません。パーティの勧誘って来てないですか?」
ギルドの受付嬢に尋ねる。
「確認しますので少しお待ちになっていてください」
パーティを抜けた翌日、すぐに勧誘登録を行い次のパーティに誘われるのを待った。
落ち込んでいようと金を稼がなければ食っていけないのだ。まずはどこかのパーティに入ることが最優先だった。
ところが七日ほどたった今でも、ライはソロ冒険者のままだった。誰も自分のことを誘っていなかった。
「ライさんを勧誘する冒険者はいらっしゃらないようです」
「そうですか……」
淡々と告げる受付嬢の言葉さえ重くのしかかってくるような感覚を覚え、ライはトボトボとギルドの建物を後にした。
やはり自分に冒険者は向いていないのか……。
故郷を離れる時、笑顔で送り出してくれた両親の姿を思い出す。
もう三年前になる。
やる気と希望に満ち溢れた十二歳のあの頃が随分懐かしいように思う。まさか齢十五ですっかり落ちぶれてしまうことになるなど想像もできなかった。
もう冒険者はやめて故郷に帰った方がいいのかもしれない。
入れてくれるパーティがなければクエストには行けない。クエストに挑めなければ仕事がないも同然だ。
だったら少しでも家族を養えるように、収入が低くとも自分ができる仕事を手につけるしかない。
毎日食事をとることはできなくなるだろうが、一生懸命働けば命くらいは繋ぐことができるだろう。
……………………。
そこまで考えてライは人目もはばからず、勢いよく首を横に振った。
諦めるのはまだ早い。
あっさりと故郷に帰れば待っているのはつらい一生だけだ。
だができる限り冒険者を続ければ?
未来を決定するのはもう少し遅くてもいいはずだ。
ライは自分を叱咤し、ギルドの建物へ引き返した。
もしかしたら自分にもできるソロのクエストがあるのではないかと考えたのだ。
クエストボードには数多くの依頼が張り出されている。
素材の採集や運搬、モンスター退治、荷馬車の警護、新たに出現したダンジョンの攻略等。
その中からおひとり様用の低難易度クエストを探す。凶悪なモンスターの出現がないものがあれば理想的だ。今までより報酬は劣ってしまうが、数をこなせば生活には困らないだろう。
……が、
「ない……」
依頼は数あれど求めているものは見つからなかった。
実はこうしたクエストは需要に対して供給が足りていない。
そもそもソロ冒険者というのはパーティを組む必要がない程強いか、パーティに勧誘する価値がない程弱いかの二通りに分けられる。
そのうちの後者にとってソロ用のクエストは貴重な収入源だ。パーティにも入れてもらえず、高難易度のクエストを一人でクリアすることもできない底辺冒険者はちまちまと数をこなさなければならない。そのため取り合いになっているのだ。
一通り閲覧してもボードに貼られていたのはすべてがパーティでの活動を前提としたものばかりだった。ダンジョン攻略や人間に被害をもたらしかねないモンスターの群れの討伐、危険な地に赴いてのレアアイテム探しばかり。
一人で挑むには手に余る。
クエストを受けるにあたり最も大きな障壁となっている継戦能力。その弱点を克服しない限りこれらを受けることはできない。そして、その手段は見つかっていない。
もちろん克服するための努力はしてきたつもりだ。仮にできていればそもそも五回もパーティを追放されることはなく、現在の状況にはなりえなかっただろう。
ライはクエストボードの前でがっくりと項垂れた。
目の前にはこんなにも仕事があるのに。稼げる手段があるというのに。
今は眼前の依頼書が宝の山にさえ思えてくる。
仕事がない、稼げないということがどれだけ惨めで情けないことか。
改めて自分のスキルが嫌いになりそうだった。
なぜ一日に一回しか使えないのか。
せめて一日に十回、いやその半分の五回でもいいからスキルが使えたなら、パーティメンバーから有能と評価されたかもしれない。
そのたらればすら贅沢だというのなら二回でもいい。失敗を取り返すチャンスさえあれば渋々ながらもパーティには残してくれたかもしれない。
所詮は叶わぬ願いだ。ないものねだりをしたところで理想は遥か遠く。あるのは足手まといの烙印を押されて孤独の冒険者となってしまった悲しい現実のみ。
とはいえ諦めたわけではない。新しいクエストが追加されるのを待てばいいのだ。
嬉しいことに追加で出されるものは低難易度である可能性が高い。高難易度のものはギルドの都合からか早朝に貼り出されることが多く、それ以降の場合は急を要するものに限られる。簡単なソロ用クエストがあることは大いに期待できるということだ。
結論から言うとこれも上手くいかなかった。
クエストボードの前に張りついて退屈な時を過ごし、受付嬢の持ってきた依頼書の中に予想通りライに合ったクエストを見つけることはできた。そこまではよかったのだが、依頼書を取る寸前に横から伸びてきた腕に掠め取られたのだ。
気づけば隣には上半身裸の屈強な男。
さらに「邪魔だガキ! どけ!」と強引に押しのけられて残りの分もすべて奪われてしまい、この横暴にさしものライも腹を立てたのだが、
「お、おい! なに人の仕事横取りしようと——」
「あん?」
「……すみません」
髭の濃い悪人面にガンを飛ばされて怖気づいてしまう始末。
結局、男にはそのまますべて持っていかれてしまい、残ったのは呆然と立ち尽くす一人の少年だけとなった。
「これが底辺冒険者の生活……」
衝撃だった。こんな熾烈な争いが繰り広げられているとはつゆも知らなかった。
供給が足りていないのだから誰もが仕事を受けられないのは仕方ないにしても、独占までされるとは。
この時点でライの心はほとんど折れていた。
底辺には底辺の過酷な生存競争があり、あの筋骨隆々とした上半身の男を思い出すと生き残れる自信がなかった。
心の脚はもう故郷へ向かっていた。唯一、両親の期待に応えられない無念だけがライをこの場に押し留めていた。
「もし、そこの浮かない顔した冒険者さん。少しよろしいだろうか?」
後ろから女性の声がした。最初は自分に向けたものではないと思ったが、浮かない顔をした冒険者はここにしかいないことに気づく。
振り返るとそこには可憐な少女がいた。
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