レイブンの過去
レイブンの生まれは城下町の栄華とは程遠い、ゴミ溜めのような貧民街だった。
常に腐敗臭と辛気臭さが漂い、道徳などはドブの中。奪い合いは日常茶飯事で人を殺すための凶器は必需品。死体があれば腹の中まで漁り尽くし、クスリと金のためならなんでもする。世間から生きる価値なしの烙印を押された、文字通りゴミのような連中が集まるこの世のディストピア。
レイブンも物心ついた頃から、生活のためにゴミ漁りや死体漁りをして生きていた。売れるものと食えるものを探して毎日毎日。腐敗臭と集るハエに悶えながら毎日毎日。
時にはスリや窃盗に手を染めることもあった。そうしないと禄に飯にありつくこともできなかったから。
そんな過酷な日々をさらに厳しいものにしたのがホークという存在だった。
この男、なにぶん人から物を奪うのが好きで、特にレイブンのことを執拗に狙ってくる。数少ない同年代ということあって標的にしやすかったのだろう。
彼とは物の奪い合いやどちらの立場が上かを決める争い合いが絶えなかった。
腕っぷしのほどは互角で、勝つこともあれば負けることもあり。拮抗した実力は何年と変わることもなく、この争いはどちらかが死ぬまでずっと続いていくものと思われた。
その均衡が崩れたのは12歳の誕生日が訪れたときだった。
この世界において12歳の誕生日は誰にとっても特別な日だ。いい意味でも悪い意味でも。
成人の儀によってスキルを授かる年齢だから。
これに関しては誰に対しても分け隔てない。貧民街の底辺野郎でも成人の儀を執り行って、スキルを授かることくらいはできる。
レイブンにとって幸運だったのはホークより少しだけ誕生日が早いことだった。『分身』のスキルを授かったことで一方的に蹂躙できるようになった、その間だけはホークはどこかへ姿を消してレイブンには決して手を出そうとはしなかった。
そして、レイブンにとって不幸だったのはその平穏があまりにも強すぎる反動で消し飛んだことだった。
ホークが成人の儀によってスキルを授かったその瞬間、二人の間に決定的な差ができたのだ。
『実像分身』。実体を持った分身を作り出せるスキルにレイブンは手も足も出なかった。
当然だ。どれだけ実体のない分身を作り出そうと相手に触れることは叶わず、攪乱に使用しても同じ数の分身で対処されてしまうのだから。
あとはもう実体のある分身によるリンチを受けるだけだった。
「これでわかっただろ。お前はもう一生オレには逆らえねえんだよ」
這いつくばるレイブンの頭を踏んづけて、勝ち誇った顔で見下ろすホークの姿は網膜に焼き付いて離れないトラウマとなった。
もはや生まれ育った街はレイブンの居場所ではなくなっていた。居続けても搾取されるだけ。結末など容易に想像できてしまう。
すべてを捨て、街を出て放浪することとなったレイブン。しかし、彼を受け入れてくれる居場所はどこにもなかった。
普通の街に住む人間にとって貧民街出身の小汚い子供など教養も道徳もない動物も同然だったのだ。どこへ行っても何をしでかすかわからないからと信用されず、毎回決まってウジ虫を見るような視線でもって拒絶された。
居場所を求めてさらなる新天地を目指そうともしたが、あらゆる地でモンスターが闊歩する外の世界を渡るにはこの身は非力すぎた。モンスターと戦おうにも『分身』では倒せない。このとき改めてハズレスキルを授かった己の運のなさを呪った。
けれどこのまま何もしなければ結局は死を待つだけ。死ぬのは嫌だ、死ぬのは怖いと、苦難に抗い続けた。
レイブンは貧民街でも行っていたスリや窃盗でどうにか食い扶持を繋いだ。
いつばれるかわからない恐怖を抱えながら常に細心の注意を払って二年間。奇跡的にもばれることなく生き続けることができたが、周りを警戒し続けなければならない生活に精神はどんどん疲弊していった。
いつまでこんな生き方を続けなければならないのか。
やがて心の疲弊は頂点に達した。その日はちょうど城下町で祭りが催されていた。
何の祭りかは知らない。レイブンには興味がない。
けれど誰も彼もが幸せそうに笑っていた。みんなだって日々を生きるので手一杯なはずなのに。その日だけは苦しみを忘れて笑っていて。
その光景を見ていたら生きているのがバカバカしくなったのだ。
何も見たくなくて、誰にも見られたくなくて、路地裏で一人寂しく座り込んだ。
何もする気力が湧かなくなった。呆然と口を開け放したまま、唇がからからに乾いても湿らせることさえせずにずっとそのまま。死ぬまでそのまま――
「もし、そこの君。どうしたんだい、こんな賑やかな日に死人みたいな顔なんかして」
こんな人間に声をかけるもの好きがいるとは思いもよらず、レイブンはわずかな気力を振り絞って顔を上げた。
フレデリカと出会ったのはその時だった。
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「そんなことがあったのか」
レイブンの過去を知ったライは唖然とするような面持ちになった。
貧民街の実情は聞いたことがあったものの、当事者の口から語られるとより悲惨さが伝わってくる。故郷も大概貧しかったが、治安の悪さを嘆くほどのものでもなかった。レイブンの故郷は地獄の中でも特に苛酷だ。
「あとは私の知るところだね。このあと一緒に祭りを回ったあとパーティに勧誘したんだ。それから半年くらいパーティメンバーを集めることに勤しんで、ヒカゲとライ君に出会って今に至ると」
フレデリカの捕捉にレイブンが首肯した。
「想像はしてたんだ。あいつも冒険者になってるんじゃないかってことは。でももう一度会うことまでは考えてなかった。すまない。オレのせいでお前にまで迷惑をかけちまった」
「気にすんなって。悪いのは向こうじゃないか」
これまでにない気弱な振る舞いに戸惑うも元気づけようとライ。しかしレイブンの気持ちは沈んだままで。
「だったらなおのこと今回のクエストで見返してやるしかないね」
暗い穴の底から引き上げるようなフレデリカの凛とした声がレイブンの顔を上げた。
「君はもう昔の君じゃないんだ。ちょうどいい機会だし、成長した君のスキルを見せてやろうじゃないか」
「お嬢……」
彼女の激励を受けてレイブンの瞳に生気が戻るのがわかった。
やっぱりこの人はすごいと感心するライ。彼女の言葉には人を奮い立たせる力がある。
「ああ、そうだな。クエストを成功させて奴に一泡吹かせてやる」
レイブンが立ち直ったのを認めて、フレデリカはにこやかに同意した。
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