レイブンの因縁
気が向いたので久々に更新。
馬車に揺られて数時間。目的地のスニカ密林に到達した頃には太陽が空の天辺まで上り詰めようとしていた。
できることなら日が落ちるまでに依頼を達成したい。暗くなると獲物の発見すら困難になる。
ライたちは馬車から降りるとすぐに身支度を整え、狩りに出る準備を終えた。
「森へ入る前に色々と確認しておくよ。みんな集まってくれ」
フレデリカの召集を受けて一行は広げられた地図を囲うように車座になる。
地図には密林の大まかな地形が記されており、そこに現在位置、過去に強走鳥が目撃、捕獲された位置が大雑把に書き込まれていた。
「今いる位置がここだよ」
彼女の人差し指がバツ印の上に置かれる。地図を見る限り現在は中心の線よりやや東側にいるようだ。印より南側には密林を示す深緑色が広がっている。
次に指が置かれたのは広い深緑の南東に書かれた一つの赤い丸だった。その下には二週間前の日付。現在位置から歩いてニ、三十分といったところか。
「まずは一番新しい目撃情報があったここに向かおう。強走鳥が残した痕跡や手掛かりが見つかるかもしれない」
「わかった。それで……もし強走鳥が見つかったらどうする?」
「ひとまず様子見に徹しよう。強走鳥の事をもっとよく知りたい。密林の中でどれくらい動けるのか。捕獲は狙えそうか。ライ君のスキルで仕留められるか。この目で見ておかないとわからないことが多い」
ライたちは頷いた。特にライは気を引き締めて頷いた。いざという時は自分の力が頼りになる。そう言われているような気がしたのだ。
「それと気をつけなければいけないのがモンスターだね。事前に話した通り、この辺り一帯に生息するモンスターの強さは今まで挑んできたダンジョンの雑魚モンスターよりも強い。森の中を進むときは細心の注意を払いながら行くよ」
いつも通りの事だ。戦闘は極力避け、最低限の労力でクエストをこなす。敵が強くなっているのなら尚更のこと。
諸々の確認も終わり、いよいよ密林の中へ入ろうという段階。
「ああん? もう他の冒険者が来てるじゃねえか」
耳障りな声。何者かがやってきたのはその時だった。
声の主は人相の悪い三白眼の男だった。髪を後ろに撫でつけて固めたオールバック、両耳についているピアスが特徴的だ。腰には剣を携えている。
口ぶりから察するに強走鳥を狙う冒険者だろう。男の後ろにパーティメンバーらしき人物が3人ほどついてきている。別の依頼主から受けたクエストで強走鳥を狩ろうとする競合。まさか直にでくわすとは。ライの中で警戒心が昂る。
男は貧民街のチンピラのような目つきでライたちを睨みつけていた。その視線にライはなぜか既視感を覚え、はてどこかであったことがあるだろうかと記憶の引き出しを漁った。
「レイブン? お前もしかしてレイブンか?」
男が声をかけたのは路地裏のゴロツキみたいな男だった。
そこで既視感の正体に気づいた。
髪型といい雰囲気といいレイブンにそっくりだ。生き別れの兄弟なんじゃないかと思うくらい似ている。
「……レイブン?」
彼の様子がどうもおかしいことに気づいた。男に対して委縮しているような気がする。
「久しぶりだな……ホーク」
「ホントに久しぶりだな。いつ以来だ? ていうかお前も冒険者になってたのかよ。こいつは驚きだな。まさかお前なんかを拾ってくれる奴がいるとはなあ。で、なんだ。お前んとこも強走鳥を狩りに来たのか?」
「まあ……そんなとこだ」
「そうかそうか! 奇遇だなあ、俺たちもなんだよ。本当は他の冒険者と競争になるようなことはしたくなかったんだけど、報酬が高いから仕方なくな。でも安心したぜ」
ホークと呼ばれた男は馴れ馴れしそうにレイブンに近づいて彼の肩に手を回した。そしてパンパンと軽く叩いた後にこう言った。
「こんなゴミがいるようなパーティなら大して警戒する必要はなさそうだな」
「なんだと!」
ライは反射的に動いていた。レイブンから引き離そうとホークに手を伸ばす。仲間をバカにされ、パーティを侮られたことで頭に血がのぼってしまったのだ。
ところが、
「あん? なんだてめえ。気安く触んじゃねえ」
横から誰かに腕を掴まれた。誰だ、と思って顔を向けてみると、なんとそこにはもう一人ホーク立っていた。
ライの目が丸くなった。同じ人物が二人いる。幻覚ではなく確かに二人いる。レイブンの横に一人、そしてライの横に一人。
これは間違いなくスキルだ。しかも……
「うわっ!」
突き飛ばされて尻もちをついた。結構力が強い。
「はっ! やっぱりゴミの仲間もゴミだな。犬でも連れてた方がまだ役に立ちそうだぜ」
吐き捨てるような言葉にパーティメンバーが笑い声をあげる。人を侮辱する下卑た嘲笑。
フレデリカが近寄って身を案じてくれた。それと同時に、あくまで冷静にホークのことを観察している。
「君のスキルも『分身』なのか」
「ただの分身じゃねえ。実体を持った分身だ。こいつのゴミみたいなスキルとはそもそもからして格が違えんだよ」
やはりそうだ。まさかスキルまでレイブンとそっくりとは。しかも実体のない分身しか生み出せないレイブンのスキルの完全な上位互換。
二人の間で何があったかは知らないが、レイブンがホークに対して委縮している理由がなんとなくわかった。引け目を感じているのだろう。
「ま、そういうわけだから。こんなゴミを連れている時点で君らとウチとじゃ実力が違うわけよ。わかったら俺たちの邪魔にならないようとっととお家に帰んな」
そう言ってレイブンから離れたホークは彼の仲間たちと一緒になって、ライたちに見下すような目つきを送ってきた。
ライの拳は震えていた。今ここで『落雷』を撃ってやりたい衝動を必死に抑えている。でもだめだ。今撃ってしまったらライにできることは留守番と荷物持ちだけになってしまう。それに、相手が誰であれ人に向けて放つのは人道に反する。
フレデリカも目で訴えかけている。これ以上のいざこざはやめるようにと。影の中でヒカゲが飛び出すのを堪えている気配もする。
結局、ライたちはホークのパーティが密林の中へ入っていくのを黙って見送ることしかできなかった。
………………。
何を言われても何も言い返せなかった無力感に苛まれる。
なによりレイブンはもっと辛そうだった。こんなチンピラみたいな男でもこんなになよなよと弱々しく見えるものなのかと、思うくらいには。
「けどまあ、よかったじゃないか。向こうは我々のことを完全に舐め切ってくれているようで」
そんななか、あっけらかんとしている女が、フレデリカ。
「そうはいってもな。あんなこと言われて何とも思わなかったのかよ」
「思わないことはないけど、これはむしろアドバンテージだよ。我々がどんな策を講じようとも無関心なわけだからね。ゴミ? 結構じゃないか。ゴミと争いをする奴はいない。無駄な戦いを避けてやってきた我々には実に好都合な扱いだ」
「たしかに。らしいっちゃらしいな」
ライは思わず苦笑した。なるほど、そんな考え方があったのかとつい感心してしまった。
「だが、あくまで我々はゴミではないということをしっかり肝に銘じておいてくれよ。奴らを出し抜いて、このクエストを成功させよう」
「ああ、そうだな!」
さっきまで嫌な気持ちだったのにもうそんな感情はどこかへ吹き飛んでいた。
そう、結果で奴らを見返してやればいいだけの話なのだ。ライたちにならそれができる。根拠はないが、フレデリカの自信ありげな振る舞いを見ればやれそうな気がした。
「まあ、それはそれとしてレイブンと彼との関係は知っておきたいけどね。話してもらえるかな?」
彼女に促されてレイブンはこくりと頷いた。
いや知らなかったのかよ、と心の中でツッコみを入れるライ。てっきり二人は古い付き合いがあるものとばかり思っていたが、どうやらそうでもないらしい。そういえばこの二人がいつ頃から組み始めたのか、聞いたこともなかった。実は割と最近だったりするのだろうか。
「あいつとは同じ貧民街で育った腐れ縁なんだ」
彼の口からたどたどしくも過去が語られる。
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