第五話 結果と訓練。
ようやく更新となりました。
リア忙しく、中々進みません。
う~ん。
『舞踏会』は、熱気が冷めぬうちに終わりを迎え、人々が各自に割り当てられた場所へと解散し、静かな夜へと移行していった。
街はまだまだ熱気を抑えきれず動き回る人々が見えるが、それも時間の経過と共に減っている。
『美蒼城』は、昼間の【美しき乙女】と比喩される姿から、月夜に照らされ【妖艶な美女】へと変貌している。
そんな城の一室で、二人の男が年代物の蒸留酒を前に静かに佇んでいる。
アルカティとポワロである。
「やはり、この国の貴族共は腐っている。」
「兄上。それはこの国に限った話ではないさ。他の国も同じ様なモノさ。」
「そうかもしれんが、お前も見ただろう?この国の貴族共は酷いぞ。」
「確かに酷いな。」
ポワロはコップに注がれた年代物の蒸留酒をグビッと旨そうに飲む。
それにつれられてアルカティも持っていたグラスを傾け年代物の蒸留酒を口にした。
「だが、兄貴よ。兄貴もその貴族の一人だろ?」
「そう言われると苦しいな。一子爵家ではな。」
「何を言っている。強権を発動してしまえば良いではないか?」
「そう簡単ではない。キッチリと証拠を掴んで一網打尽にしなければ、あのような輩は後から後から湧いて出て来て収拾がつかなくなるんだぞ?」
「そうかもしれないが、それが兄貴の仕事だろ?」
「ちっ!やっぱりお前に譲れば良かったよ。あの時あんな事が起こらなければ、俺も冒険者を続けれたのに。」
「ふん。遅かれ早かれ兄貴に継いでもらうつもりだったがな。俺は次男だしな。」
「まったく。」
深い溜め息を吐くアルカティとは対照的に快活に笑うポワロ。
対照的なのは責任の違いである。
「だけどさ兄貴。次代にこの問題を押し付けたくないだろ?」
「ああ。その通りだ。ザバルティやシャルマン達には残したくない事だな。」
「ふふふ。なら兄貴が一つの決着をつけるしかないよな。」
「という事になるよな。」
「ああ。仕方がない事さ。」
「だな。」
アルカティとて本気でモノを言っている訳では無い。
愚痴っているに過ぎないのである。
マカロッサ子爵家が追っている責務がある。
やらなければならないとアルカティは考えていたのである。
「領地は任せて良いんだよな?」
「ああ。それは請け負ってやるさ。」
「頼んだぞ。」
「任せておけ。」
アルカティとポワロはグラスを重ね合う。
約束の誓いはこうしてなされたのである。
◇◇◇◆◇◇◇
「キーファ。お前の家族に連絡を取ってくれ。」
「もちろん良いわよ。で、ザバルティちゃんに護衛でもつけるつもり?」
唐突なポワロの言葉に驚く様子もなく即座に返答するキーファ。
逆にポワロがビックリするぐらいである。
「まぁな。だが、どちらかと言うと指導して欲しいと思う方が大きいがな。」
「あら?そうなの?人族の貴族家の嫡子と言えば、先生に困らないのじゃなくて?」
「まぁ、普通のならな。」
「あら?びっくり。気が付いていたのね?」
「なんだよ?」
「あの子が特別な事をよ。貴方も特別な方だけど、あの子は別格ね。」
「なんか、妬けるな。」
「ふふふ。嬉しいわ。妬いてくれるのね。」
ポワロの厚い胸板にキーファは顔を埋める。
キーファの綺麗な金髪を撫でながらポワロは言葉を続ける。
「だが、ハイエルフのお前が人間に肩入れするだけでも不思議なのに、家族を紹介する事を即決するのは別格だからか?」
「ふふふ。それもあるけど・・・。」
「あるけど?」
「誕生した時から見てきているというのは大きいかな?それにね。私の妹のジューネが気に入っているみたいなのよね。」
「はて?ジューネはザバルティに会った事があったか?」
「ふふふ。会うのとは少し違うかも?私がザバルティちゃんの事を話ししたら、気になって勝手に見に来たみたいなの。」
「なるほどな。」
「ジューネにも魅力的な存在に映ったみたいなの。それに、今回の昏睡後は更に神がかった魅力を感じるわ。ある意味では人間ではあり得ないレベルね。」
「そうか。お前もそう感じたのか。」
「ええ。とにかく、話は了解したわ。直ぐに使い魔を飛ばしておくわ。」
そう言うとキーファは綺麗な裸体を起こしてガウンをはおり、ポワロの元から離れ寝室を出て行った。
「出来る事はやっておくしかないよな。」
ポワロは険しい顔をして眩しい窓の外を見て物思いにふけるのだった。
◇◇◇◆◇◇◇
誕生会以降は普通の生活へと戻っていったのかというと、そうはいかなかった。
ザバルティの【剣舞】を見た諸外国の外交官や国内の貴族に各地の商人達がこぞって見合い話を持って来ており、それの対処に時間を割かれるという事態に陥ったザバルティである。
中には本人からのアプローチがあったり、産まれてくる予定の子供のはなしであったりしているのが恐ろしい事であるが、まだ10歳である事とマカロッサ子爵家の方針によって断る事への問題はなく、対処をするだけで済んでいる事はザバルティにとって幸いである。
本来であれば、断る事など出来ない相手でも問題なく断れるだけありがたい事だ。
とは言え、この件については今後も続くのだが。
「一息入れたら?」
「はい。」
ただ、対応はしなければならないので、こうして処理している。
本人の直筆での返事は必須であるとの両親の意向である。
「では、少し剣でも振ってきます。」
ザバルティは嬉々として剣を握りしめた。
「ふむ。貴族として嗜む程度なら良いが、本職としてのめり込むのはいかんぞ?」
「あら。誰かさんもそういう時期が無かったかしら?」
「あ、あれは嗜みだ。」
母エスネスの言にオロオロとしだす父アルカティを横目にみながらザバルティは退室した。
母エスネスがクスクスと笑っていたので父アルカティをからかったのだと思いザバルティは、部屋を出て真っすぐに訓練場へと向かった。
訓練場とは『美蒼城』の一画に用意されている室内訓練場の事である。
いつもは兵士や騎士達が訓練をおこなっており、賑やかな場所であるが、今日は様子が違った。
晴天であるから外での合同訓練をおこなっており、室内には人が居なかったのだ。
≪今日は何をされますか?≫
≪そうだね。先ずは素振りかな?≫
時間の経過と共に【賢者】との会話も驚くことなく念話で出来る様になっている。
ザバルティは訓練場内の中央へと向かうと剣を構えた。
≪仮想敵を作成しますか?≫
≪ああ。今日も頼むよ。≫
すると、立体画像のような透明感のある存在が出来上がる。
これも魔法の一種なのだが、原理は映像である。
剣と剣をぶつけ合う事は出来ないが、ヒット判定されなければ消える事は無い。
逆に、ヒット判定されるとそれがトーレスされて立体画像に変化が起こる。
ザバルティがリアルゲームの様な気になってしまうのは仕方がない事であろう。
手応えがない訳では無く、それなりの反応が返ってくる事からもただの幻術ではない事が分かる。
ザバルティはスキルを憶えたり熟練度を上げる為に、これまでに色々と試したりしている。
十文字切や兜割りなどの動きをイメージした動きや、【賢者】を利用してスキルの概要を手に入れてイメージして試してみるなどおこなっている。
同時に剣術スキルの熟練度も増えていく。
一定の熟練度に達すると、そのスキルのレベルが上がる、または技として使える様になる。
例えば、今やっている【真一文字斬り】は一定数の熟練度到達により技スキルとして使用できる様になっており、覚えた後は【真一文字斬り】をしようとするだけで、体が【真一文字斬り】の動きをしようとする。
そしてレベルが上がれば、別の派生形スキルを憶える、または技のスピードや正確性、パワーの補正が掛かり、より鋭い斬撃を放てる様になっていく。
もちろん補正であるのでスキルを憶えなくても使用できるが補正が入る分、スキルを憶えた方が無駄な力を使わない。
無駄な力を使わない分、体に掛る負担が少ない。
身体に掛かる負担が少ない分、更に訓練できるという『好循環の輪に入る』のである。
その好循環を続ける事は更なるザバルティの飛躍へと繋がっていくのである。
何度か繰り返していると【賢者】がザバルティに声を掛けた。
≪マスター。≫
≪うん。分かってる。≫
ザバルティは返事を返すと、それまでの動きをピタリと止めると、ザッという音共に訓練場内に設置されている見学席へと飛び込む。
そこには人が居た。
「ふふふ。凄いね。私の隠ぺいは完璧だったはずなんだけど。」
剣先を喉元にあてられているその人物は笑いを含んでそう言葉にした。
長いローブを着込み、深く被っており、認識阻害が掛かっているのか【賢者】でもその正体は分からない。
「随分と余裕ですね。」
「殺す気が無い剣を向けられても怖くないよ。」
そう言うとローブのその人物はクルリと回転しザバルティの顔を覗き込む。
その瞬間にローブがはだけ顔が覗いた。
「ようやく、会えたね。」
ローブを着たその人物はザバルティの顔を両手で掴むとグイっと顔を近づけた。
ザバルティは驚きどうする事も出来ず、なされるがままとなってしまう。
「キーファさん?」
ローブから覗いた顔はキーファと同じく美しい金髪に長い耳に整った顔立ち。
エルフの特徴を持っており、キーファと同じ顔であった。
「ブー。キーファじゃありません。」
少しむくれた顔になるキーファのそっくりさん。
『む~。やっぱりか!』ブツブツと文句を言い続けており、ザバルティは対処できず固まった。
「あら、来たのね?」
「キーファさん?!」
そこに、キーファが現れたのでザバルティは混乱した。
否定されたが、目の前にいる二人のエルフがあまりにも似ており、今がどういう状況なのか分からなくなったのだ。
「その子の魔力が突然訓練場に現れたから、来てみたんだけど、【隠蔽】を使っていたのね。」
「そうよ。こっそりザバルティ君を確認しようと思ったら、気づかれちゃって。」
「へぇ。貴女の【隠蔽】を見破られたの?ドジを踏んだわけじゃないの?」
ザバルティは置いてきぼり状態である。
二人のエルフがザバルティを挟んで話し合う状態であり、そこにザバルティの入り込む余地はなさそうである。
「イケメンになっていて私は嬉しい。」
「まぁね。私は成長を見守ってきてけど、貴女は久しぶりだものね。」
話は外見に移行しているらしい。
「あっごめんね。私達とても似ているでしょ?その子は私の妹なのよ。」
「ごめんね。ザバルティ君。私はキーファの妹の一人。カルバーナ森のハイエルフ。ジューネよ。貴方の師になる為にここに来たの。よろしくね。」
「えっと。」
「大丈夫よ。アルカティ様とエスネス様には話を通してあるわ。」
「あっ。よろしくお願いします。」
「ザバルティちゃんごめんなさいね。ビックリしたでしょ?この子常識無いのよ。」
「大丈夫です。少しビックリしただけですから。」
「そう。今からアルカティ様とエスネス様に挨拶しに連れて行くわね。」
「はい。」
ジューネは去り際に『後で来る。』と言い残し、キーファに腕を持たれて引きずられる様にしてそのまま訓練場を後にした。
ザバルティは一人残された形となる。
「ふぅ。」
ザバルティはこの先を思い、『振り回されそうな未来』を感じて深い溜め息をつくのだった。
◇◇◇◆◇◇◇
「君は、先ず【隠蔽】スキルを獲得する必要があるね。」
後日、無事にザバルティの師匠(先生)となったジューネが胸を張りながらザバルティに言った最初の言葉である。
ジューネが教えようとする【隠蔽】スキルとは遮断系もしくは隠蔽系スキルと呼ばれるモノであり、任意のモノを隠すまたは察知されない様にするスキルである。
それこそ対象はたきにわたり、大きなモノから小さいモノに数値に表示内容などモノを隠し察知されない様にする訳だが、ザバルティに必要であると考えたのは規格外の能力をザバルティが見せているからである。
つまり目立ち過ぎない様にする為だ。
目立つという事は『とりわけ人目をひくこと。際立って見えること』という意味である。
目立つ事を上手く利用できれば、その人の利益に繋がるが、上手く利用できなければその人の不利益に繋がるモノだ。
不利益に物事が進んでしまうのは、基本的に自分ではどうしようもない事が多い。
そうならない為に、無駄に主張しないという事。
即ちジューネは『能ある鷹は爪を隠す』を実践し『爪を隠す事』を推奨しているわけである。
「【隠蔽】スキルですか?」
「そう。憶えると色々と便利。無駄な争いは避けるに限る。」
≪ジューネ殿の言う通りです。隠せるものは隠す方が良いでしょう。≫
「わかりました。」
ジューネだけでなく【賢者】も同意した事だったのでザバルティは迷わず承諾した。
ザバルティが承諾すると、そこからは隠し合いがスタートした。
モノを隠す行為もその隠されモノを見つける行為も【隠蔽】スキルの経験値を稼げる。
経験値を稼ぎ【隠蔽】スキルを手に入れる事が最初の目的である。
もちろん、物を隠す行為や見破る行為は【隠蔽】スキルだけに絞った内容では無い。
【洞察力】【思考力】【常識】【非常識】なども同時に鍛えられる。
ジューネが隠す事はもちろんスキルを利用した隠しである。
それを見破る行為は並大抵ではない。
もちろん【賢者】を利用すれば見極めは速いし正確である。
が、目的が【隠蔽】スキルの習得にある以上、【賢者】を利用しない。
利用しなければ、難易度がぐっと上がる。
「ふっふっふ。早く見つけないと溶けちゃうよ?」
「くっ!」
ザバルティは顔を顰めた。
アイスクリームがドロドロに溶けた映像が頭を過ったからである。
この世界にアイスクリームが存在するのか?YESであり、この世界にアイスクリームが存在していたのか?NOである。
つまりザバルティが記憶を元に再現させた品である。
純粋なアイスクリームとはいかないまでも、さほど問題なく作成出来たのだ。
その時シャルマンを筆頭とする弟達が喜んだのだが、それ以上に城内の女性人達が食いついたのだ。
『女性の甘味好きは、何処の世界でも一緒だな。』とザバルティは思った。
恐ろしさすら感じる程の勢いで食べきった量は1000人分であった。
城内にいる者全てに渡る量はあったのだが男性陣の分まで食べ尽くされ、追加分を作成した記憶がザバルティの脳内を過る。
『ふふふ。溶けちゃう前に私が食べちゃうけど。』
とジューネは宣言する。
その宣言通りに食べてしまうであろう事をザバルティは深く理解している。
理解しているが、だからと言ってジューネの高レベルの【隠蔽】スキルを見破るのは至難の業である。
命の根源とされる【魔力】も消してしまうジューネの【隠蔽】スキルは異常・異端。
つまり【チート】と言って良いレベルである。
≪どうする?どうすれば見破れる?というか、大人げなくないか?≫
自問自答を繰り返し、ザバルティは魔力を目に集める。
スキルは魔力を使用しない。
しかし、スキルは万能ではない。
【隠蔽】スキルは【看破】スキルや【魔眼】や鑑定系スキルによって見破る事が出来る。
では、何故見破れるのか?
スキルによる相殺が大きい。
つまり【矛盾】である。
【最強の矛と最強の盾の勝負】と同じで相殺される訳だ。
では、看破系スキルや鑑定系スキルを持っていないザバルティはどうすれば良いのか?
眼を良くするしかないと結論づけた訳である。
魔力を眼に宿す事で、視力強化を図ったのである。
「うっ?!」
眼に圧が掛かりザバルティはビックリし声を上げてしまう。
少しずつ圧に慣れて周囲を見渡すザバルティ。
魔眼にはなり得ないが、期待通りに視力強化に繋がり、視界が薄っすらと変化する。
「ふぅ。」
『おぉ?何かしましたね?』
師匠という立場のジューネはザバルティが何かした事に気がつき、先ほど迄と違い動きを止める。
ザバルティは更に周囲を見渡し、ジューネの存在を探す。
≪凄いな。全く分からない。存在自体が無い。そんな感じだ。ならば。≫
ザバルティはジューネの存在自体を探すのではなく、異変を探し始めた。
普通と違う場所を探し始めたのである。
すると部屋を抜けた先の木の枝の一か所だけ、ぼやっとしている箇所を見つけた。
≪即座に動くとバレて逃げられるか?よし!≫
ザバルティは腹に力を込めて、魔力を同時に腹から頭にかけて纏わせる。
そして、一歩右足を後ろに下げて、身体の向きを部屋の外の木の枝へと向けると一気に声を張り上げた。
「そこだ!」
ビリビリと声は響き波紋のように木の枝へ向かうとそこだけ波紋が広がらず、何かがある様な状態になった。
ザバルティは一気に木の枝へと向かい飛び乗った。
「あっ?!」
「あっ!」
ザバルティとジューネは絡み合う様にぶつかり木の枝から落ちてしまう。
ズンっと大きな音と共にザバルティは地面に激突した。
「ふふふ。後少しでしたね。ですが残念!」
ザバルティの倒れている目の前でジューネが片手を腰に胸を反らしてザバルティを見下ろしている。
ジューネは空中でするりと体制を整え着地していたのである。
もちろんかの様にもう片方の手にはアイスが乗った皿を持っていた。
「くそっ!」
「駄目ですよ~。お貴族様なんですから、そんな汚い言葉をつかっちゃ~。ではこのアイスは私が頂いちゃいますね~。」
「ぐっ!」
ザバルティは倒れたまま手に力を入れて悔しがっていると【賢者】がザバルティに語り掛ける。
≪進言。今回のミッションは見つける事であり捕まえる事ではありません。≫
≪そうだった!?≫
ザバルティは笑顔をジューネに顔を向けた。
「先生。今回は僕の勝ちですよね?」
「?」
「今回は捕まえる事じゃなく、見つける事でしたから。」
「うっ!」
ザバルティは痛がる体に回復魔法をかけて痛みを除きながら立ち上がり、返せと言わんばかりに手を差し出した。
ジューネは後ずさると、今にも泣きそうな顔になる。
「そうでしたっけ?」
「はい。間違いありません!」
ジューネは諦めて手にもったアイスの乗った皿をザバルティに返すが視線はアイスから外れない。
「うぅうぅ。しくじりましたぁ~。」
諦めきれないジューネはブツブツと何事かを呟いている。
≪それほどまで、アイスに夢中なのかな?≫
≪その様です。≫
脳内で【賢者】と言葉を交わし、首を振るザバルティ。
ザバルティの脳内では【賢者】も首を振っている様子が想像できてしまい、苦笑いを浮かべた。
「ふぅ。ジューネ先生。どうぞ。」
「はぅ?くれるんですか?」
言葉は疑問形であるが、アイスの乗った皿にはしっかりとジューネの手が伸びており、掴んでいる。
「ええ。どうぞ。」
「良く分かってますねぇ~。モグ。フゥー。」
素早くスプーンを持ち口にアイスを入れるジューネは至福の顔になっている。
それを見てザバルティは目尻が下がる。
ふと、遠い日の自分の子供達との思い出が脳裏を過った。
ザバルティの前世での子供達もアイスを食べる時に浮かべていた無邪気な笑顔。
遠い日の幸せな時間。
何の変哲もない時間こそが、幸せな瞬間であったりする。
それを思い出したのである。
「ふふふ。満足です!」
ペロリと唇の舐める目の前のジューネは自分を見るザバルティの優しい目に気がつき頬を赤く染める。
「そんな目で見ないでください。」
「えっ?」
「たまにザバルティ君は年不相応な目になりますね。」
「そうですか?」
ザバルティには自覚が無いが、今回の様に前世の記憶が過り年上に対しても年下に対する反応を示してしまっているのである。
「まぁ、良いです。」
恥ずかしさを誤魔化したジューネはそのまま木の上に飛び乗りザバルティを見下げる。
「さぁ、次は更に難しくなりますよ~?」
「まだ続けるのですか?」
「モチロ~ンです。美味しい夕食が準備されるまでは続けま~す。」
ふふん!という感じにジューネは胸を反らした。
そしてそのまま【隠蔽】スキルを発動させて、ザバルティを置き去りにし、姿を眩ませた。
「もうですか?私は休憩していないのに。」
『戦場には休憩時間などありませ~ん。』
≪ここは戦場ですか?!≫
という思いを胸にザバルティはジューネを探すべく、魔力を眼に込めた。
夏の暑い陽射しが容赦なく降り注ぎ、セミの鳴き声が『美蒼城』中に響き渡り、より暑さを感じさせる日である。
そんな中で日が暮れるその時まで、ザバルティとジューネは訓練を続けた。
そしてそれはザバルティにとっての『日常』になっていくのである。
次も頑張ります。