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ザ・ブラインド  作者: 千勢 逢介
第二章
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61

 どれぐらいの時間が経っただろう。あっという間のようにも思えたし、果てしなく長いようにも感じられた。


 ジョンは床の上に両手足を広げて仰向けに転がっていた。

 顔じゅうが腫れていて、最初に殴られた鼻はおろか、目や耳からも感覚が消え失せていた。いや、本当にどこかにちぎれ飛んでいってしまったのかもしれない。起き上がれば、顔面を形成していた部品がそこらじゅうに転がっているはずだ、ジョンは息を切らしながらそう考えた。


 傍らではレオも息を切らして座りこんでいた。立てた方膝に腕をのせ、ネクタイを緩めた胸を上下させて獣のように荒らげた呼吸を繰り返している。

 ジョンはそんなレオの姿を見て、人を殴るほうも体力を使うのだなと、場違いな感想を抱いていた。


 なにかを擦る音が聞こえ、つぎにマッチの燃えるつんとしたにおいを嗅ぐことができたので、ジョンはまだ自分の顔に耳と鼻がついていることがわかった。


「そのまま自分の部屋で寝てろ」マッチの火を消しながらレオが言う。口にはいつの間にか火のついた煙草を銜えていた。煙が空中に緩やかな白い線を描くのを眺めていると(それでまだ顔には目もついていることがわかった)、彼はさらにこう続けた。「朝になっても起き上がるな。誰かが声をかけてきても、じっとして返事をするな。息もできるだけ止めておけ。死体のふりがさまになってりゃ、裏手のごみ捨て場に放り出される。タイミングさえよければコンテナの蓋は開いたままだし、裏口の門にも鍵はかかってねえ。自分の悪運を信じるんだな。外に出たら振り返らずに走って逃げろ。どっかに行っちまいな。なに、ピーノはおまえを追ったりはしねえよ」


 これだけ喋るレオを見るのははじめてだった。彼はぶっきらぼうにそう言い終えると、床に脱ぎ捨てた上着を拾い、それを指とベストを着た肩にかけながら部屋の出口へと向かっていった。ドアノブに手をかけ、肩ごしに振り返る。


「どうせ行くあてなんてないんだろうが、ここにいるよりかずっとましだ」


 そう言って、レオは音楽室をあとにした。

 ジョンは天井に視線を戻すと、身じろぎひとつせずに隆々とした肉体が描かれた絵を眺めた。

 気を失っていたわけではないが、思考は止まっていた。やがて頬に暖かみを感じてのそりと身を起こすと、窓から覗く空は薄紅に染まりはじめていた。ピアノを囲っていた陽だまりは場所を移し、目を突き刺すような光をジョンに投げかけていた。


 ジョンは立ち上がると、片足を引きずるようにして音楽室を出た。

 自分の部屋に戻るまで、誰とも顔を合わせなかった。

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