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ザ・ブラインド  作者: 千勢 逢介
第二章
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43

「わたしが警察官になろうとしたのはね」


 刑事なった顛末を語り終えたあと、わたしはそう続けた。話している最中でジョンが淹れてくれたお茶も饒舌さに拍車をかけた。


「亡くなった父の影響なの。父もまたその父、つまりわたしの祖父の影響で警察官を志したわ。

 父はわたしのような殺人課の刑事でもなければニューオーウェルのような都市が管轄でもなかった。ウェストヴァージニアの片田舎で働く、一介の警察官だった。地方紙の隅から隅まで目をとおして、その合間にふらりと巡回に行くのが日課の警官……凶悪犯の代わりに落とした財布や逃げ出した犬の行方を追うような警官だった。

 どうしてこんなに退屈な仕事をしてるんだろうかと、わたしは幼心によくそう思ってたわ。その疑問をぶつけてみたこともある。そんなとき、父はよく笑ってこう言ったわ。『リサ、警察官が忙しいところなんて誰も住みたがらないよ』って。言えてるわね、いまのこの街がまさにそうだもの。


 それからしばらくして、新任の若い警察官が配属された。当時の父の相棒が定年退職で一線を退いたから、その補充要員だったみたい。当時のわたしにはそのあたりの事情がよく飲み込めなかったけど。

 若い警察官は……父にならってわたしも彼のことをベンと呼んでいたんだけど……ベンは何度かわたしの家に食事をしにきてた。わたしもそこに同席していて、そのときの様子はいまでも思い出すことはできるけど、いまになっても彼の顔だけは思い出すことはできない。

 わたしが幼かったというのもあるけど、ベンの顔を覚えるよりも先に父が死んだから。

 殉職だったわ。


 田舎町で数年に一度あるかどうかの強盗事件でのことだった。犯人の撃った弾が胸に当たったの。即死のはずだったらしいんだけど、父はそれでもつかんだ強盗の腕を離さなかったそうよ。

 最期の最期まで……いいえ、死んでも警察官であり続けたのね。それで強盗は捕まったけど、父は帰ってこなかった。

 どんなときも笑顔を絶やさなかった母はそれから人が変わってしまったわ。いつも頭痛を抱えてうなだれていたし、神経質にもなってた。


 母が変わった影響で、あのときのわたしにとって最悪だったのは、高校のプロムに参加できなかったことね。自慢じゃないけど、何人かの男の子たちからダンスパートナーのお誘いだって受けたのよ。でも、母はプロムがはじまる前にわたしを家に連れ帰るなり、部屋から一歩も外に出してくれなかった。

 母はドアの前に座り込んで、夜明けまでわたしの部屋を見張り続けたわ。それでわたしもとうとう諦めなくてはならなかった。部屋から抜け出そうと思えばいくらでもそうできた。わたしの部屋の窓のすぐ下には、ポーチまでつたって降りられる屋根があったし、車で迎えにきてくれる男の子のあてもあった。

 でもそうできなかったのは、母があまりに憐れに見えてしまったからよ。父への愛の大きさはそのまま失われたことへの悲しみと、わたしへの依存心に変わったのね。母はプロムに参加した娘が一夜の過ちで十代で母親になること以上に、自分の前からいなくなってしまうことを恐れていたのよ。

 もしもわたしがいなくなったら気が狂うか、手首を切るか、あるいはその両方をやってのける。わたしを見る母の目は、いつだってそう脅しつけていたの。


 父が死んだのはベンのせいだ。

 母はきっかけさえあればそう言ったわ。いいえ、それこそわたしと顔を合わせるたびに言っていた。言葉にしないときだって、母の目はいつもそう語りかけてきた。

 母の話では、父は強盗を捕まえて手柄をたてようと焦ったベンをかばって銃弾を受けたそうよ。


 はじめはわたしもその話を鵜呑みにして、母と一緒にベンを恨みもしたわ。でも、その気持ちもだんだんと薄れていった。

 理由はいくつかあったけど、まずひとつに、母がある意味で正気を失いつつあることに気づいたから。それにわたし自身、ベンを憎むことに疲れてしまったの。

 そうでなくても、警察官になったいまならわかるわ。警官になったばかりのころはね、正義を守ろうとする情熱が空回りすることがあるの。母の話が本当なら、ベンがそうなってしまうのも仕方のないことだって、いまではそう思えるようになった。

 まあわたしの場合、刑事になったいまだって空回りしてるわけだから、あまり偉そうなことは言えないんだけどね」

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