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ザ・ブラインド  作者: 千勢 逢介
第二章
68/172

31

 ジョンの話を聞きおえて、わたしはげんなりした気分を押し流すように新しいビールを半分ほど飲み干した。彼の話が真実なら、アルベローニという男はとんでもない極悪人だ。


 狡猾で冷徹、そして慎重さと行動力を兼ね備えた男。ジョンはアルベローニをそう評したが、そんなものではない。

 この世に純度百パーセントの悪意のかたまりがあるとすれば、アルベローニこそそうだと言える。ジョンはそれに気づいているのだろうか。それともやはり殺し屋などというものは、悪意自体に鈍感なのだろうか。


 ついさっきまで、わたしはほんの少しだけでもジョンに自分のことを知ってもらいたいと思っていた。時間さえ許せば、世間話のような気軽な会話もしてみたかった。

 だがどこまでいっても、それはあくまでほんの少しだけだ。

 宝箱の蓋がわずかに開いて、その中で思い出という金貨がきらりと光るようなもの。もしかしたらその光をちらつかせている思い出は、金貨ではなくフナムシのように醜悪な存在かもしれない。


 それでも、思い出の美醜にかかわらず、素直にわたしという人間を、いっさいの見返りも望まず彼に知ってもらいたかった。


 しかし、もうその考えは消え失せていた。ジョン・リップという男が、結局どこまでいってもわたしのような常人とは異なる存在だと思い知ったからなのかもしれない。

 開きかけていた宝箱は、ふたたびかたく閉ざされた。


 それでもわたしはアルベローニという大悪党について、ジョンが話したこと……彼が悪党としての名をあげ、部下の男性自身を剪定することろまで……をもう一度思い返した。けして気乗りすることではなかったが、刑事としては手がかりにつながる可能性があるなら放っておくことはできない。


 ふと、あるひらめきがわたしの頭に浮かんだ。ビールを飲む手が止まり、思わずテーブルの向こうにいるジョンをまじまじと見つめてしまう。


「きみがなにを考えているのか当ててみよう」ジョンは脇に寄せた壜の傍らで両手を組んだ。「きみはアルベローニ・ファミリーの急成長とわたしの仕事とになんらかの関連があるとにらんでいる。そしてそれは、マートンの死からの推測だ。違うかい?」

「ご名答。なにからなにまでお見通しってわけね」わたしは目を見開いた。彼がいままさに言ったことをそっくりそのまま考えていたからだ。

「わたし自身、その可能性について何度も考えたことがあるからな。つまり、わたしの標的はアルベローニ・ファミリーの敵対者だという仮説だ。事実、わたしがこの仕事をはじめて半年後、ファミリーは目に見えてその勢力を拡大させていった。もっとも、その前から充分に名の知れた組織ではあったが……しかし、この仮説はどうにも辻褄があわないことがあるんだ」

「辻褄?」

「さっきも言っただろう。わたしの仕事にはこれまで幾人もアルベローニ・ファミリーの人間が標的に選ばれていたと。おまけにその誰もがファミリーの中核をなす存在だった。そうした人間が殺されれば、弱体化こそすれファミリーが力をつけていくのは矛盾しているようにしか思えない」


 わたしは頷いてみせたが、それでもこの仮説を完全に取り下げることはできなかった。

 仮にそうでなくても、<ザ・ブラインド>とアルベローニ・ファミリーとのあいだにはなにかしらのつながりがあると思いはじめていた。その鍵はマートンの死に隠されているのだろうが、わたしはそれ以上ジョンになにかを訊く気にはなれなかった。


 そもそも、いまはなんの確証も得られないまま考えがふらついているにすぎない。それにこの一連の出来事の裏でなにか大きな存在がうごめいているのであれば、すでにわたしひとりでどうこうできる問題ではなかった。

 いざというときは、ジョンの殺し屋としての能力がどうしても必要になる……わたしの直感が点滅する真っ赤な光でもってそう警告を発していた。


 結論を宙に浮かせるにまかせ、それからわたしたちは時折ぽつりぽつりと会話をするだけで、あとはひたすらビールを飲み続けた。

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