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ザ・ブラインド  作者: 千勢 逢介
第二章
61/172

24

 ジョンの歩調は相変わらず盲人とは思えないほど力強く、規則正しかった。彼の歩幅に合わせるため、わたしは軽めのジョギングを再開するはめになった。


「ほんと、杖も無しによく歩けたもんね」なんとか彼の隣につきながらわたしは言った。

「この街の立地はだいたい頭に叩きこんだからね。それに実際、歩けるところはすべて自分の足で歩いた」

「全部? 嘘でしょう?」

「本当さ。なに、無理な話でもない。これまでの人生の、ほんの半分の時間があれば案外できるものさ」


 わたしはジョンの家の廊下の隅に積まれた履き古しの靴の山を思い出した。なるほど、あれだけの量の靴をすり減らすには相当の距離を歩かねばなるまい。

 だが盲目であるジョンにとって、それはどれだけ危険なことだろう。


 もしも予期せぬところで地盤工事でもやっていたら。

 もしも暴走した車が歩道を乗り上げて突っ込んできたら。

 それだけではない。ジョンにとっては、わたしたちが普段から当たり前のように渡っている横断歩道の上を歩くのでさえ命懸けなのかもしれない。


 彼と同じことをしろと言われても、わたしには無理だ。きっと一時間と経たずに音をあげてしまうかもしれない。それどころか自宅の寝室から玄関までたどりつけるかどうかもあやしい。


「ジョン、あなた刑事に向いてるわよ」

「なんだって? いったいどこが?」

「歩くことに命を賭けるところ」


 ジョンがサングラスごしにもわかるほどのしかめ面をしたので、わたしは思わず吹き出した。


「でも、ただ歩いたからって細かいところまではわからないでしょう?」ほんの好奇心からわたしは訊ねた。「それに出入りできないところだってたくさんあるわ。たとえば警察署の中とかね。そんな場所ではどうするの?」


 わたしの質問に、ジョンはふん、といって立ち止まった。それからやおら口を半開きにする。


「ちょっと、なにを――」


 わたしが言い終えるより先に、大きな破裂音がした。まるで耳元で爆竹が鳴ったかのようだ。突然のことに目を白黒させるわたしに、ジョンが笑みを浮かべる。刑事に向いていると言われたことへの仕返しのつもりだろうか、その笑みは満足げだった。


「クリック音だ」むっとするわたしをよそにジョンは言った。「舌打ちだよ」


 ジョンの口からふたたびあの破裂音が響く。一回目とくらべるとずいぶんひかえめだったが、それでも思わず肩をすくませてしまう。


「まさか、それであたりの様子がわかるっていうの? 反響とか、そんなようなことで。コウモリみたいに?」

「どうせならイルカに喩えてもらいたいものだが。まあそんなところだ」

「ありえない」

「そうでもないさ。思うに、人間は目に頼りすぎている。その事実を本当の意味で理解できるのは、わたしのように光を失ってからだがね。だが、頼れる感覚というのは視覚以外にもあるんだよ」


 やってみよう、とジョンは半信半疑のわたしの前でふたたびクリック音を披露した。それはこれまでよりも大きく、誇張無しに周囲の空気そのものを震わせた。


 ジョンは何度か頷いてみせると、「まず、わたしの右に建物……わかる範囲で二棟あるな。建物自体はここよりも少し高く、我々はその影の中に入っている。それから左には段差が三、いや四段ある。ベンチとしても使えるのだろう、段差はどれも低いが、広めに作られている。それから少し先には芝生があるな。大きさはわからないが、周囲を立入禁止用のロープで囲われているようだ。それから……目の前にきみ」

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