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ザ・ブラインド  作者: 千勢 逢介
第二章
54/172

17

 港湾地帯を出たわたしは、いったんジョンと別れてニューオーウェル市警十九分署に向かった。

 居抜きの元雑誌編集社を利用したこのこざっぱりとした庁舎を見るのは数日ぶりで、そのせいか建物正面に設けられた大きな窓枠の空色がいつにも増してわたしの目に鮮やかに映った。


 わたしは庁舎に回り込んだ裏手から入ると、まっすぐ三階のマクブレイン署長のオフィスに向かった。

 報告のため、ジョンとの職務で動きがあったときは必ずここに足を運んでいた。きっとわたしの前任者であるエリック・マートンも、こうして署長のもとにかよっていたのだろう。

 そうしてわたしは、いまは亡き殺人課刑事の足跡をたどっている。


 オフィスで署長の前に立ったわたしは、幹部候補たちのアジトで彼らを待ち伏せしたこと、ジョンがその仕事を滞りなくすませたこと、しかし標的の殺害には至らず、彼らを拘束する結果に終わったことを報告した。

 そこには嘘も織り交ぜた。殺害に至らなかった理由として、たまたま巡回中の制服警官が付近を訪れたので、犯人たちの身柄を託さざるを得なかったのだと話をでっちあげたのだ。当然、ティムの名は伏せておいた。


 報告を終えたわたしは少なからず緊張していた。


 前回、組織の顧問弁護士を制服警官に引き渡したと知るや、マクブレイン署長は烈火の如く怒り狂ったのだ。その場に銃があれば撃ち殺されていても不思議ではなかった。

 だが、今回マクブレイン署長は怒鳴り散らすどころか、呻くような返事をしただけだった。あとは山のようにそびえる巨体をそろりと揺らすこともせず、読みふけっていた<ニューオーウェル・タイムズ>のページをめくっただけだった。そこには怒りのかけらさえもなかった。


「あの、なにか問題は……」


 言ったあとでわたしは自分が口を滑らせたことに気づいた。これでは自分の報告に穴があることを告白しているようではないか。眠っている虎の尾を踏むようなものだ、それもわざわざ巣穴に引き返すようなまねまでして。

 しかし、署長の口から出たのはまたしても端的な言葉だった。


「無い。前回の報告のことを気にしているのなら、あれはもう忘れてくれ」


 それから署長は天井を見上げた。正確には椅子に腰かけたまま、わたしの背後にある天井の一角を凝視していた。


「ええ、ですが――」

「状況が変わったのだ」弁解しようとするわたしの言葉をさえぎって署長が言う。その言葉の裏には、草むらを横切る猛獣のように、今度こそ苛立ちが見え隠れしていた。「もはや手段は問わん。今後は職務遂行の確実さより早さを重視したまえ」

「了解です……」

「それからわたしはしばらく署を空ける。今後は報告も不要だ。すべての案件解決にのみ尽力してくれ」


 わたしは口を開きかけたが、結局なにも言わずにその場を辞した。署長が話を切り上げたつもりになっているのはあきらかで、そうなったらもうなにを言っても無駄だった。

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