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ザ・ブラインド  作者: 千勢 逢介
第二章
53/172

16

「危険だ」


 制服警官時代の相棒、ティムがそう言ったのは、アルベローニ・ファミリーの幹部候補六人を、乗ってきた護送用のバンに押し込んで倉庫に戻ってきたあとだった。


「これで二回目だ。リサ、おまえが犯罪者どもの情報をよこしてきたのはな。それも前回のタレコミから一週間と経たずだぞ」

「あら、手柄は全部あなたに譲ってるんだからいいじゃない」わたしは銃撃戦で倒れた椅子のなかから比較的清潔なものを選んで腰かけた。「これだけの悪党を捕まえたんだから、あなたの評価も高いわよ」

「だとしても、こいつはおれの実力じゃない」ティムは憮然としてベルトに親指をかけた。「そもそもこんな情報どこから手に入れてくるんだ? おまけにその手柄をみんなおれによこすだなんて……怪しまないとしたらとんだ間抜けだ」

「かもね。でもティム、あなたはどっちなの? 昇進のチャンスを見逃す間抜け? それともこのチャンスを活かす向こう見ず?」


 ティムは考えこむように、積み重ねられた木箱のひとつに視線を注いでいた。それからその目と、ベルトから離した手の指先をわたしに向けてくる。


「おまえこそ気をつけろよ、リサ。とにかくこれが違法捜査かなにかで得た手柄だとして、そいつがばれたらおまえに待ってるのは破滅だけだ。よくて割引されたドーナツとコーヒーで食費を切り詰める制服警官に逆戻り、でなけりゃ……まあ十中八九こっちになるだろうが……バッジと銃を取り上げられて、オレンジのつなぎを着た新しいお仲間からの大歓迎だ。おれはごめんだぜ。囚人どもにリンチされて一生流動食しか口にできないおまえの姿を見るのも、おまえの死体を見るのもな」

「なによ、心配してくれてるの?」

 くすくすと笑うわたしに、ティムは首を振ると、「茶化すなよ。本気で言ってるんだ」


 とにかくこれが最後だ、そう言ってティムは倉庫をあとにした。

 わたしは椅子に座ったままぼんやりとしていた。少なくとも、ティムが呼んだ応援で現場が騒がしくなるまではここで待つよりすることがない。当然それは、ティムたちを手伝うためではなかった。わたしもジョンも、いまや警察組織から目をつけられてもおかしくない側の人間になろうとしていた。


 資料によれば、ここはアルベローニ・ファミリーが所有する末端の貯蔵施設であるため、あの幹部候補たち以外に組織の人間が来ることはないらしい。だからこそ、マートンはこの倉庫を対決の場として選び、それをファイルに記したのだろう。


 いや、狩場といったほうが正しいのかもしれない。実際、重傷を負った幹部候補たちに対して、ジョンはかすり傷ひとつ負っていなかった。これはやはり、ジョンの技術とマートンの綿密な計画があればこそ成せることなのだ。わたしはただその尻馬に乗って、計画から殺人という要素を排除したにすぎない。


 それは手助けというより、むしろジョンを余計な危険にさらしているだけなのだろう。

 少なくとも、死体が立ち上がって噛みついてくることはない。しかしそれが手負いの相手であれば、凶暴さを増して思いもよらない反撃に出てくる恐れもある。

 わたしはそのことを……相手の命を奪うことよりも、命を奪わずに捕らえることの難しさを知っているつもりだ。


 それと同時に、わたしは自分の無力さについてもあらためて思い知らされていた。なにより、ジョンだけに危険を背負わせているということに良心を苛まれていた。どれだけタフな刑事を気取っても自分の心に嘘はつけない。


 だが、それでもやるしかない。


「あの若者の言うとおりだ」言いながらジョンが事務所から出てくる。盲目にもかかわらず、彼は相変わらずしっかりとした足どりでわたしのほうへまっすぐ進んできた。「きみの行動はある種の破滅願望としか思えない。あまり派手に動くと、ファミリーの目につくぞ」

「お心遣いどうも」わたしはジョンが見えていないのを承知で片手をあげた。「それにしても、よくわたしとティムの会話が聞こえたわね」

「事務所に押し込まれていようと関係ないさ。わたしは音で物を見るんだ。それには耳がよくなければ」


 ジョンを事務所にかくまったのは、当然ティムに彼を見咎められないためだった。

 だがジョンはそんな状況にも関わらず、離れた一室からわたしたちのやりとりを詳細に聞きとっていた。この聴覚があるからこそ、マートンはここでの仕事に狙撃以外の方法をとったのだろうし、ジョンもその要望に応えてみせた。彼は相手の動きを視力以外の感覚で正確に感じとり、わずかな物音を頼りに相手の手足を撃ち抜いてみせた。


「なんにせよ、仕事がはかどるのはいいことだわ。それにしても、どうして今回はこんな下っ端たちなのかしら? 最初は金庫番のハニーボール、次にファミリーの顧問弁護士のワイズマン。いくら人数が多いからって、彼らはあのふたりとくらべれば格が落ちるんじゃない?」

「連中は下っ端とも違うさ。むしろ、ある意味では幹部の誰よりも組織の中核を担っているといえるな。組織はそのことに気づいていないようだが……彼らは言わば、ファミリーの中枢と商売の現場をつなぐパイプ役だ。彼らが逮捕されると、少なくとも数週間は組織としてまともに機能しなくなるだろう。現場を取り持つには経験とノウハウが必要だからな。おまけにそれは、おいそれと代わりが見つかるものでもない。つまり彼らは人間の体でいう背骨みたいなものなんだ。そこが抜き取られたら、どれだけ頑張っても脳みそは手足を動かしようがない。きみは腰を痛めるか、抜かしたことはあるか?」


 わたしは首を横に振った。さいわい、今日までそんな災難にあったこともない。同僚のマイクはもう何度も腰を痛めており、そのたびに腰にガードルを巻きつけてわたしたちの前に姿をあらわしては、リッチーをはじめ殺人課の面々からかわれていた。


〝おいマイク、なんだそりゃ。まさかおまえが刑事じゃなくて婆さんだったとはな。お次はなんだ? 編み物をするか、お手製のクッキーでも焼いてくれるのか?〟


「むしろ、我々はこれまで組織に直接的な打撃を与えてこなかった」ジョンは続けた。「言ってみれば、会計係も弁護士も雇われの部外者だからな。覚悟するんだ、我々は今日、ニューオーウェル最大の犯罪組織にはっきりと敵意をしめしたんだ。これまでアルベローニ・ファミリーは、敵対した組織はすべて潰すか、傘下におさめている。いまやアルベローニの名はニューオーウェル全体を飲み込まんいきおいだ。我々か連中、そのどちらかに関わらず、投げつけた手袋は血に染まるぞ」

「やられる前にやってやるわよ。やつらが泡を食ってるあいだに根こそぎ逮捕すればいいだけだわ。保釈の手続きをする時間なんてくれてやるもんですか」


 ジョンは頭を抱えてため息をついた。わたし自身見栄をはってみせたものの、たったふたりでそんなことができるとは到底思えなかった。それでも、なにか方法はあるはずだ。


「これまでファミリーを標的にしたことはある?」終わりかけた話をわたしは引き戻した。

「何度かある」

「失敗しなかった?」

「これまで殺しをしくじったことは二度あるが、そのどちらもアルベローニ・ファミリー相手じゃない」

「だったら……」わたしは椅子から立ち上がってジョンの胸板をこぶしで軽く叩いた。「未来は真っ暗ってわけじゃない。あなたとわたしがいればね」


 遠くからサイレンの音が近づいてくる。どうやらティムの呼んだ応援が来たようだ。わたしとジョンは、現場の混乱に乗じてこの場から引き上げる準備をはじめた。

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