15
「わたしとふたつ約束しなさい、ジョン・リップ」
わたしは笑顔をくずさないまま、アンティークデスクにつくジョンに言った。緊張と興奮で息がはずみ、このひとことをよどみなく口にするのにも苦労した。
かたやジョンの呼吸はぞっとさせられるほど静かだった。
ほんの数分前、商売上欠かせない……いや、彼にとって命の保証書ともいえる書類が焼き払われたばかりだというのに、青ざめた様子すらない。普段と変わらず物静かで、どこか悠然と落ち着いた表情をサングラスの裏に潜ませながら、彼は空中のどこかを見つめていた。
「聞かせてもらおうか」やがてジョンはそう答えた。
わたしは頷くと、「まずひとつ。正直に言うわ、わたしはまだあなたをマートン殺害の犯人だと疑ってる。少なくとも、あなたがこの件に無関係だとは思っていない……あの晩のあなたにアリバイはあるけれど、覆せないものではないもの。でも、いまは状況証拠さえ出揃っていない。だから、まずあなたにはマートン殺害の犯人ではないことを証明してもらうわ。そのうえで真犯人探しにも協力してもらう」
「もしもわたしが本当にマートンを殺していたとしたら、そのときはどうする?」
「あなたを逮捕するわ。たとえわたしが無事ではすまないとしても……あなたに殺されるようなことがあっても、同僚たちに手がかりを残すわ。少なくとも、ただでは死ぬようなことはしない」
「いいだろう。わたしの無実の証明、それからマートン殺しの真犯人探しの協力、約束はそのふたつでいいかい?」
「いいえ、これらをまとめてひとつよ。だからもうひとつある」
わたしの言葉に、ジョンはため息をついた。わたしは続けた。
「もうひとつの約束は、今後いっさいの殺しをしないこと。もし殺し屋としての仕事を続けるようなことがあれば、そのときは容赦しない。国家命令でもなんでも、二度とそんなことはさせないわ」
「まだわかっていないようだな、リサ。わたしだけじゃない。これは我々の仕事なんだ。ふたりともこうするしか――」
「そんなことはわかってる」ジョンの言葉をさえぎってわたしは言った。「だから暗殺なんてせずに職務をやりとげる。なんといっても、あのファイルは犯罪者たちの情報の宝庫だもの。みすみす手放すつもりはないわ。一方的に相手の命を奪うなんてまっぴら。でも、然るべき場所で法律による裁きを受けるべきよ」
「だからきみはわかっていないと言うんだ。リサ、やつらは法律では裁けない。むしろ法律を逆手にとって悪用さえしている。だからこそ、わたしのような存在があるんだ」
「知るもんですか!」わたしは言った。「うんざりだわ。わたしが誇って、信じてきた職務にこんな形で裏切られるなんて。ジョン、そういえばあなたにトロッコ問題なんてものをふっかけられたわね。なんだったらいま、それに答えてあげる。いい? わたしはレールのどちらかを選ぶくらいなら、そんな暴走トロッコ脱線させてやる。もう我慢なんてできるもんですか」
わたしは言いながら立ち上がり、机に身を乗り出してジョンに詰め寄っていた。彼は静かに両手を組んだまま微動だにしなかった。しばらくのあいだ、荒くなったわたしの呼吸音だけが部屋を満たしていた。
「脱線ね……」ジョンは頷いた。その口元には微笑が浮かんでいる。「いいだろう。どのみち、いまのわたしにそれ以外の選択肢はないんだからな……それにどうだ。脱線、なかなか面白いじゃないか」




