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ザ・ブラインド  作者: 千勢 逢介
第一章
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2

 ニューオーウェル市はアメリカ合衆国の大西洋沿岸にある島を開発してできた大都市で、世界の経済、政治の中心地といえる街であり、また最新の文化の発信地のひとつでもある。


 南北に長く伸びた島の総面積は四十平方マイル。

 本土とは十二の主要な橋とトンネルでつながり、ふたつの国際空港とひとつの国内線専用の空港も有している。

 一日に約二千万人が行き交う人口のじつに三割以上が国外からの移民で、市内では英語以外に百七十もの言語が日夜飛び交っている。

 犯罪率は九十年代初頭の犯罪抑止政策によって比較的減少傾向にあり、安全と発展の両立を遂げていると言えるだろう。それでもアメリカの、そして世界の中枢であるこの街では、日々国内外を問わずテロと犯罪の脅威にさらされている。


 そんな大都市に建ち並ぶビルの谷間を、わたしは愛車の七十二年型ダッジで駆けぬけていた。四角く切りとられた空は寒々としているものの、どこまでも澄みわたっている。

 二十分ほどで目的の住所に着くと、問題のビルの前に敷かれた幅広の道路には複数の警察車両がパトランプを点灯させながら停車していた。わたしはダッジをいちばん手前のパトカーのそばで停め、イグニッションキーを片手に正面入り口へと向かった。

 ビルの入口にはふたりの制服警官が立っている。


「ティム」わたしはそのひとりに声をかけた。

「五分遅刻だな」言いながらティムが制帽の下から目をのぞかせる。

「急な呼び出しだからよ。こっちは髪も乾かさずに来たんだから」

「風邪ひくなよ」

 わたしはヘアゴムで髪を束ねながら頷くと、「それで現場は?」

「十九階だ」ティムが頭上を指さす。

「ありがとう」

「もうお仲間が待ってるぜ」

 わたしはすれちがいざま、ティムにダッジのキーを投げてよこした。「邪魔にならないところにまわしといて」

「おれはホテルマンじゃないぞ!」


 ティムの声を背に、わたしはさっさと規制線をくぐって入り口へと向かった。


「お仲間が待ってるんでしょ」言い捨てながらエントランスに入り、エレベーターに乗りこむ。


 ニューオーウェル市警殺人課刑事、というのがわたしの肩書きだ。

 制服警官としてこの街に配属されたばかりのときは、我ながらたった数年で刑事になれるとは夢にも思ってなかった。

 自分が優秀か、と訊かれれば正直なところ素直にそうだとは言えない。


 刑事昇進のきっかけは、制服警官になって半年が過ぎようとしたころ、巡回中にでくわした武装強盗を逮捕したことだった。

 犯人の強盗団たちが大金をたんまりいれたバッグ片手に、包囲する警察官に向けてトンプソン機関銃を思う存分撃ちまくったのち逃走。禁酒法時代もかくやといえる大混乱の中、被弾したパトカーで彼らを単独追いかけた勇敢な警察官こそがわたしと、当時の相棒だったティムだった。

 追跡の末、応援要請のためパトカーに残ったティムと別れたわたしは、たったひとりで港湾地帯に潜伏していた強盗団を一網打尽にし、事件を見事解決へと導いた。


 これだけならただの逮捕劇で終わるところだった。

 だがわたしにとって幸運だったのは、逮捕した強盗団がこの街で悪名高いマフィア、アルベローニ・ファミリーの下部組織だったということだ。

 組織犯罪の撲滅に大きく貢献したわたしは、たちまち話題の警察官となった(ピーク時には高級日刊紙である<ニューオーウェル・タイムズ>の一面も飾りかけたが、わたしはこれを辞退した)。

 それから一ヶ月後には世間の熱も冷め、わたしも職務に邁進する日常へと戻っていた。ただし、毎朝袖を通すのが紺色の制服から、元恋人に野暮ったいと評されたスーツへと変わってはいたが。


 つまりわたしは刑事になったのだ。

 余談だが、相棒のティムには昇進のお呼びはかかっていなかった。その理由として、敵のアジトに単身乗り込んで犯人たちを逮捕したわたしの功績が直接上層部の耳に届いたことと、その向こう見ずが女だったことのふたつが考えられる。

 警察組織としては時代のニーズに合った英雄像が欲しかったのだろう。つまりわたしは現代社会の強い女性代表としてまつりあげられたわけだ。

 これが一昔前なら、ティムが刑事に選ばれていたのかもしれないが……とにかく昨今では女性の社会進出は言うに及ばず、世間の牽引まで期待されているらしい。現代版ワンダーウーマンまがいの立場に置かれたわたしは強くそう感じていた。

 自由の国万歳。我らがアメリカ合衆国、万歳。


 結果的に置いてけぼりを食らったティムは、同期のわたしが一足先に昇進したことをさぞ恨んでいることだろう。だがこちらとしても、握った無線の送話器を手放そうともせず「応援を呼ぶ」の一点張りでわたしひとりだけに危ない橋を渡らせたティムを許すつもりはない。

 そうしたわけで、セクハラと職権濫用の応酬を繰り返しながらも、幸いなことにわたしとティムの関係は職務に支障をきたすまでには悪化していなかった。

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