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ザ・ブラインド  作者: 千勢 逢介
第一章
19/172

16

 いまになってこのときのことを振り返ってみると、わたしはミスター・ウェリントンのあとを追うようにして家路についていたのだろう。もちろん当時のわたし自身そのつもりはなかったのだが、この行動は思わぬ出来事を招いた。


 市の政策で治安が回復傾向にあるとはいえ、ニューオーウェルにはなおも犯罪がはびこっていた。

 そんな街の夜を出歩く際、刑事という肩書きはなんの意味も成さない。むしろ刑事だと気づかれた途端に犯罪者に敵視されかねなかった。そのためわたしは、こうした時間帯には路地裏や細い道を歩くのをできるだけ避け、人目につきやすい大通りを歩くようにしている。


 それでも真夜中ともなれば、どう道筋を選んだとしても遅かれ早かれ人通りがほとんどないところを歩かなくてはならないときがくる。

 ニューオーウェルの夜空の下、オレンジ色の街灯が光を投げかけるそんなうら寂しい道を、わたしは通り抜けようとしていた。


 ぼそぼそとした話し声が聞こえたのは、わたしが歩いていたところからさらに奥に入った裏路地からだった。

 そこは車一台がようやく通れるような道で、置かれたごみ収集用のコンテナが余計に幅を狭くしている。声はその路地の奥から幽霊のようにわたしの足もとへ這い寄ってきた。

 不穏な気配を感じたわたしは反射的に壁に身を寄せると、声のするほうへと一歩ずつ慎重に進んでいった。日当たりの悪い路地はじめついており、踏み出すたびに濡れた砂利が耳障りな音をたてる。


「いいからおとなしく金を出しな」


 奥から男の声がした。路地の入り口は、いまやはるか後方にまで遠ざかっている。暗闇に馴れた目が、路地の先に立つ四つの人影を捉えた。

 わたしは警戒心を強めた。人影のうち三つが、残るひとつを取り囲むように立っていたからだ。


「言うことをきけば痛い目にあわずに済むんだ」と、これは別の男の声。

「カードも一緒によこしなよ」この第三の声は女性だった。しかもまだ、少女のものと言ってもいい幼さが色濃く残っている。

「おい、おっさん。なんとか言えよ」ふたたび最初の男の声。こちらもかなり若い。


 前方の様子を窺いながら、わたしは腰に手をのばした。

 指先に父の形見であるコルトのグリップが触れ、思わず安堵の息が漏れそうになる。支給品のグロックは自宅に保管してあるが、こちらは非番であろうといつも持ち歩いている。同じく肌身離さずベルトに挟んだ警官バッジも、わたしが冷静であり続けるのにひと役買っていた。


〝警察官に非番なんてないのさ、リサ。本当の意味ではね。だからパパも、おまえのパパであると同時に、いつだって警察官なんだ〟


 そんな父の言葉を思い出しながらホルスターの留具をはずすと、わたしはコルトを静かに引き抜いた。引き金には指をかけず、銃口を地面に向けて前進する。


 化粧ポーチのかわりに拳銃を持ち歩く女。そんなわたしによく恋人がいたものだ。

 そう考えて思わず苦笑しそうになる。なんとか吹き出すのは堪えたものの、代わりとばかりに場違いな考えが糸のようにゆるゆると頭の裏側から繰り出されていった。


 さっきは随分とひどい別れの切り出し方をしてくれたものだが、思い返してみれば彼は案外いい恋人でいてくれていたのかもしれない。なにしろ、ここまで物騒な女に人並みの愛情を注いでくれていたのだから。

 彼はけして自分の好みにうるさい人物ではなかった。きっと別れのきっかけも、わたしの立ち居振る舞いが目に余りすぎたからではないのだろうか。それが今日、とうとう彼の我慢の限界を超えただけでは? 堪え続けていたものが、とうとうぷつりと切れてしまったのでは? そもそも今日だって……


「集中しなさい、リサ」


 口の中でそう呟いたのは、緊張感のせいだった。でなければ、ひとりごとを言うなんてどうかしている。

 壁伝いに進んだわたしは、行き当たったゴミ収集用のコンテナの裏に身を隠した。コンテナは生ごみの饐えたにおいを発していたが、我慢するしかない。このコンテナを隔てたすぐ先に人影の集団がいたからだ。

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