表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ザ・ブラインド  作者: 千勢 逢介
エピローグ
169/172

2

   親愛なるリサへ


 まずはきみが元気にやっていることを願う。

 わたしはいまこの手紙を、新しい我が家で書き記している。とは言っても、きみもご承知のとおりわたしは盲目のため、ある人に代筆を頼んでいる。


 まずはきみに、あの日の別れについて謝らせてほしい。わたしがきみのもとを去った理由はすでに言ったとおりだが、あまりに突然のことだと思ったことだろう。だが、もとは違う世界に住む人間同士、別れのときがあるのだとしたら、それはあの日をおいてほかになかったように思える。


 わたしたちがめぐり合えたことは結果的には素敵なことだったし、いまふたりともこうして生きているのは奇蹟とさえ言えるだろう。

 わたしはいま、そのふたつの幸運に感謝したい。


 次に喜ばしい報告を。

 リサ、シシーは生きていたよ。


 レオはあのとき嘘をついていたんだ。わたしが港で聞いた銃声は現実のものだったが、それは空に向けて撃たれたものだった。

 もしかしたら彼はそうやって自分に憎しみを抱かせることで、わたしに組織への未練を断ち切らせようとしていたのかもしれない。


 きみとワインを飲み交わしたあの日と同じように、もうひとつだけ昔話をさせてくれ。

 シシーが生きていると知ったときのことだ。


 もう十年以上前になるだろうか、わたしの仕事(それを手伝ってくれたきみなら、どういったものかは言わなくてもわかるね)がちょうど軌道に乗りはじめたころのことだ。


 一通の手紙がわたしのもとに届いた。

 筆記だったので読むことはできなかったが、私文書をマートンやマクブレインに見せたくはなかったわたしは、ダイナーのビルに手紙の朗読を頼んだ。

 普段から無口なあの老人は、じつによどみなく手紙を読んでくれただけでなく、わたしに手紙が届いたことやその内容を、ずっと秘密にしてくれていたんだ。そしてその秘密を、彼はいまも守ってくれていることだろうと思う。


 だが、わたしはその手紙に返事を書けなかった。ビルが代筆も買って出てくれたが、わたしには遅すぎたという思いがあったからだ。

 我ながら馬鹿な決断をしたものだ。もっと早く返事を書いて、あの町を出ていれば。


 だが、そのおかげできみに会うことができたわけだし、かつての雇い主といまの雇い主、その両方との決着をつけることもできた。


 実は、マグブレインの計画にアルベローニがからんでいることに、わたしは前から薄々勘づいてはいた。

 それが確信できたのは、きみがわたしの書斎の金庫から取り出した標的リストを読んだときだが……危険な陰謀だと理解もできたが、わたしはそれに敢えて乗ることに決めた。あの計画の最後に、アルベローニと決着をつけられることもわかったしね。

 わかっていながら、きみまで危険に巻き込んでしまった。そのことも謝らせてほしい。


 きみと別れてからアルベローニの家に乗り込んだとき、やつに驚いた様子はなかった。

 わたしが<ザ・ブラインド>であり、弟の仇だということなどはじめから承知していたんだろう。それを知りながら、やつもマクブレインが提案した後ろ暗い取引にのっていたんだ。


 思うに、アルベローニはわたしに遠まわしの復讐をしたかったのではないだろうか。

 やつは過酷で危険が伴う仕事を請け負い、血反吐にまみれて苦しみ続けるわたしを見たかったのだと思う。それこそが、彼らが盲目であるわたしを選んだ本当の目的だったのかもしれない。

 出来損ないとはいえ、ピーノはアルベローニにとってたったひとりの弟だったから。いや、手がかかるからこそ、そこには深い愛情があったんのかもしれないな。

 きみと別れたその足でアルベローニのところに乗りこんだとき、銃弾を受けた彼が、弟の仇であるわたしに呪詛を吐いたことからもそのことがわかったよ。


 マクブレインは司法の限界を超えるというお題目を掲げた裏で、私腹を肥やしていた。

 アルベローニは裏社会に君臨する冷酷な人間でありながら、家族を愛する男だった。


 わたしはこんな二匹の毒蛇が複雑に絡み合うような状況から生き延びることができた。その手助けをしてくれたきみには本当に感謝している。

 リサ、わたしひとりではこれをやり遂げることはできなかったよ。


 ところで、ニューオーウェルから離れて傷を癒したわたしだが、まずイギリスに向かった。ビルが朗読してくれたシシーの手紙に、毎日正午にロンドンのキングス・クロス駅で待つと書いてあったからだ。


 藁にもすがる思いだった。

 はじめて訪れるだけでなく、多くの人で賑わう場所だったし、そもそも手紙を受け取ってから十年という長すぎる時間が経っていた。おまけにわたしはもう若くないうえに盲人だ。

 それでも実際に駅まで行かないことには、諦めるに諦めきれなかった。


 いま、隣では愛する人がわたしの代わりにペンを走らせてくれている。

 わたしはシシーと再会することができた。彼女は十年間、毎日わたしが来るのを待ってくれていたんだよ。彼女と再会できたのも、きみが背中を押してくれたからだ。

 わたしと、それからこの手紙を書いているシシーからお礼を言わせてほしい。


 病に冒されているシシーとの時間がどれだけ残されているのか、正直なところはわからない。彼女が言うには、今日まで寝たきりにならず生きてこられたことさえ奇蹟なのだそうだ。


 わたしもいずれ報復を受けるときがくるかもしれない。アルベローニと決着をつけたとき、それを彼の妻と息子に見られたからね。

 驚くなかれ、わたしに傷を負わせたのは護衛ではなく彼の息子だった。おかげでわたしは半月も国内で足止めを余儀なくされた。

 成長した息子は、いずれ父親の復讐を遂げにやってくるかもしれない。だがもしそうなったとしても、甘んじて受け入れるとしよう。これもまた、わたしやレオの稼業についてまわる因果だ。そのときがくるまで、精一杯生きようと思う。

 やつの息子にこの命を差し出してやるためじゃない、この覚悟を手放せば、きっとわたしはレオがわたしに託した炎まで失ってしまいそうだからだ。


 わたしとシシーの居場所は伝えないでおくよ。きみとはもう一度会いたいが、これ以上危険に巻き込むわけにはいかない。


 だからこの手紙でさようならだ。

 最後に、きみの健康と幸福を心から祈っている。暴飲暴食は控えるように。部屋もきれいにしておくこと。


 ありがとう。


   きみの友人 J・R


 追伸・きみとの思い出の品として、同封したものを贈りたい。どうかこの小包が手紙とともに、無事に海を越えてきみのもとへ届きますように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ