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ザ・ブラインド  作者: 千勢 逢介
第三章
158/172

6

 リッチーは頷いた。彼こそ父の最後の相棒で、その死に立ち会ったあの若い警官だったのだ。

 父は彼のことをベンと呼んでいた。それはファーストネームではなく、姓であるベンソンを縮めたものだったのだ。父なりの……娘をときにじゃじゃ馬リーシーと呼ぶセンスを持つ彼なりの親しみをこめた呼び方だったのだろう。


「ここに赴任してきたおまえさんの銃を見たとき、おれは確信したよ。名前が同じだったし、あの頃の面影もあった。なにより目元が親父さんそっくりだった。まあそのおかげで、おれはたまにおまえさんの顔をまともに見れないこともあった」リッチーは煙を吐いた。「いままでつらくあたって悪かった。だが、向こう見ずなおまえさんの性格が昔のおれと重なってな。親父さんが亡くなったときもそうだ。おれは犯人の逮捕に躍起になってまわりが見えなくなっていた。それであんなことに……ずっと黙っていて悪かった」


 リッチーが話しているあいだ、わたしは彼の顔をじっと見つめていた。そして普段は飄々としている彼がときおりのぞかせる失意や落胆、疲れ果てたような表情を思い出していた。


 かつて本気で恨んだ相手が長い時を経て目の前に立っている。いや、彼はずっとそこにいたのだ。功名心にかられ父を死なせてしまったという告白を胸にしまったまま。


「じゃあ、わたしをこの一件からはずしたがっていたのも、そんな理由があったから? わたしの身になにかあったとき、死んだ父に申し訳が立たないと思ったから?」


 わたしは俯いたままのリッチーに近づくと、彼の胸板を拳で強く叩いた。

 傷に響いたのだろう、リッチーは顔を歪めたが、同時に彼の目から落ちそうになっていた涙も引っ込んでいた。


「冗談じゃないわ」

「リサ、すまない……」

「父を亡くしたあと、あなたを恨んだこともあったわ。そのこともわかってるわよね?」

「ああ。どんな償いでもするつもりだ」


 こちらを見つめてくるリッチーに、わたしは小さく微笑んだ。そんなわたしの表情に、彼は咥えていた煙草を落としそうになっていた。


「いいわ。あなたを許す……ううん、許すどころか、わたしはあなたを恨む資格もないわね。だって、あなたの顔をずっと忘れていたんだもの」わたしは、今度はそっとリッチーの肩に触れた。「それよりもリッチー。わたしと、それから父の相棒でいてくれてありがとう。いまはそうお礼を言わせて」


 わたしの言葉にリッチーは目を丸くした。彼は許されない罪を、それでもどうにか償おうと覚悟して、わたしに告白してくれたのだ。


 だがわたしは償いではなく、刑事としての職務を通じて彼からたくさんのものをもらった。ジョン・リップと出会ってから、わたしは事あるごとにそう感じていた。


 リッチーとともに歩み、解決に導いてきた事件の数々が、わたしの刑事としての血肉になっていたのだ。そのおかげでアルベローニ・ファミリーやサム・ワンを相手に、今日まで生きてこられたといっても過言ではなかった。


「それよりも、わたしからも謝らせて。リッチー、わたしね……あなたがなにかを企んでるものとばかり思ってた」

「おれが? なんだってまたそんなことになるんだ?」

「だって、あなたはずっとわたしを事件から遠ざけようとしてたんだもの。それで下手に勘ぐっちゃって……正直に言うと、この計画に一枚噛んでるとさえ思ってたの」

「おいおい……まさかおれがマフィアの手先かなにかとでも?」それからリッチーは床に倒れているマグブレインを指すと、「それともこいつみたいな悪徳警官だとでも?」


 わたしは頷いた。

 リッチーは煙草を挟んだ指先を額にあてると「勘弁してくれ」と呟いた。


「ごめんなさい」

「いいさ、どうやら疑いは晴れたようだしな。少なくとも、これでおまえさんに背中から撃たれる心配もなくなったわけだ」


 リッチーの皮肉に抗弁しかけたわたしだったが、すぐに思い直して口を噤んだ。少なくとも、彼はいつもの調子を取り戻しつつあった。

 やり返す代わりに、わたしは今朝訊けなかった質問を投げかけた。


「ねぇ……わたしたち、まだ仲間同士よね?」


 その問いに、リッチーはゆっくりと目を細めて頷いた。

 それはわたしが望んだ答えであると同時に、遠く幼い頃のわたしの記憶の中で、あの若い警官の顔がよみがえった瞬間でもあった。

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