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ザ・ブラインド  作者: 千勢 逢介
第三章
156/172

4

 次にわたしが聞いたのは銃声ではなく、ライターが火をともすかすかな音だった。

 目を開けたわたしは、正面にあるキッチンの暗がりで火に照らされる顔を見た。


「誰だ?」マクブレインが鋭く言う。銃口はわたしに向けられたままで、指も引き金から離れていなかった。

「まったく、右手がこれじゃあ火もうまくつけられやしないな」


 そう言って、暗がりから姿をあらわしたのはリッチーだった。彼は銜え煙草のまま、左手で握った銃をマクブレインに向けていた。


「ようリサ、調子はどうだ?」


 リッチーに笑顔を投げかけるには努力が必要だった。

 結果は芳しくなく、わたしは口の端をひきつらせただけだった。


「ベンソン刑事……」マクブレインが呟く。

「おっと動くなよ。利き手じゃないが、今朝は署内でこいつをさんざっぱらぶっ放したんだ。そのでかい図体に当てるぐらいわけないぜ……話は全部聞かせてもらったよ。録音もした。あんたを裁判所に立たせるには充分さ。それも証言台じゃない、あんたには被告人席に座ってもらうぜ」

「動くな、か」マクブレインはふん、と鼻を鳴らした。「事態がわかっていないようだな。わたしはきみの大事な相棒の命を握っているんだ」

「元相棒だ」

「どっちだっていい。録音したものをこっちに渡してもらおうか」

「ごめんだね」

「強がるなよ。わたしは人の命を奪うことにこれっぽっちも抵抗を感じないんだぞ」

「移送中の犯罪者どもを事故死に見せかけて殺したのもあんたか?」


 わたしとジョンが逮捕した、アルベローニ・ファミリーお抱えの老弁護士と幹部候補たちのことだ。

 思わずマクブレインを見上げたが、こめかみに銃口を押しつけられてすぐに顔を下げざるを得なかった。


「勘がいいな、ベンソン刑事。護送車のブレーキに少しばかり細工をね」

「認めるってことか。前からあんたのことはにおうと思っていたが、まさかここまで腐ってたとはな」

「治安維持のためだ。計画が明るみに出ることは許されん」

「保身のためだろ」

「くだらん言い合いはよそうじゃないか。わたしはいつこの小娘の脳味噌をぶちまけたってかまわんのだぞ。録音したものを渡せ!」


 リッチーは銜え煙草のまま、口の端からゆっくりと煙を吐き出した。


「観念するのはあんたのほうだ、マクブレイン。おれは彼女がどうなろうと知ったこっちゃない。まったく、刑事のくせに人質になるなんて間抜けな話だ」

「元相棒じゃ愛着もわかないか」

「いいや、違うさ。おれたちは刑事だ。いつ死のうが、それが職務のためならいくらでも命をはれる生き物ってことだ。違うか、リサ? おまえだって死ぬことを恐れちゃいるかもしれんが、覚悟だってしてるはずだ」リッチーはふたたびマクブレインを見ると、「そんなやつに人質なんかがつとまると、あんた本気でそう思ってるのか?」


 マクブレインの視線を感じる。たしかに死という想像もつかないものへの恐れはあった。

 だがリッチーの言うとおり、それを覚悟していないわけではなかった。誰にでも平等に訪れるものなら、その違いは早いか遅いかだけ。そう割り切れていたし、それが親子三代続く警官一家としての矜持でもあった。


「ここには腹を括った馬鹿がふたりいる。あんたはどっちだ、マクブレイン? 警察官か、それとも悪党か……」


 沈黙が周囲を包んだ。

 リッチーとマクブレインの視線がぶつかりあう音すら聞こえてきそうだった。


 わたしはとり憑かれたように床の一点を見つめていた。これからの結果がどうなろうと、おおかた悔いはない。刑事になるという夢は叶ったし、この街での生活も楽しかった。

 唯一心残りがあるとすれば、わたしの部屋があまりにも散らかっているということだけだ。


〝おえっ! なあ、本当にあいつは死んだんだよな? こんなところでも生きられたっていうのに?〟


 ジョンのそんな皮肉が思い出される。彼はいま、なにをしているのだろう。

 もう一度だけジョンに会いたい……わたしにもうひとつの心残りができた。


 遠くの路地から響いた車のバックファイアが空気を揺らす。


 先に動いたのはマクブレインだった。彼はわたしのこめかみから銃を離すと、いきおいそれをリッチーへ向けた。


「やはり悪党か」


 リッチーの言葉はその直後、銃声によってかき消された。


 くずれ落ちたのはマクブレインだった。彼は銃を落とすと、右腕を押さえながら膝をついた。


「リッチー……」


 言いかけたわたしを横切り、リッチーはマクブレインの顔面に強烈な蹴りを見舞った。巨漢が倒れこむ音は、リッチーのキックの衝撃音よりもずっとひかえめだった。


「あんたには黙秘権がある」リッチーは取り出した手錠でマクブレインを後ろ手に拘束した。「あとは割愛。ここにいる全員がよく知ってることだからな」


 それからリッチーはわたしの背後にまわると、手首に食い込んだ手錠をはずしてくれた。

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