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ザ・ブラインド  作者: 千勢 逢介
第三章
154/172

2

「もう手遅れです」わたしは言った。舌が口の中に張りついていたが、それでも言葉を発することはできた。「あなたにもそれがわかっているはずです」


 机に向かっていた相手……マクブレインはゆっくりとこちらを向いた。


「気がついたのか」マクブレインはかがめていた身を起こしながら言った。椅子に腰かけていたわたしにとって、彼はいよいよ巨人のようだった。「いま、きみの遺書を書いていたところだ」


 そこに、かつての威厳ある警察官の姿はなかった。わたしも真相にたどりついたと確信したいま、もはや彼を上司として見ることはなかった。

 マクブレインこそ、十九分署襲撃におけるサム・ワンの真の標的だったのだ。


「頭のいかれた殺し屋から逃げているあいだに、まさか盗みを働かれるとはな。刑事からの窃盗は重罪だぞ、お嬢さん。特にわたしのものを盗むのはな」

「お届けにあがる前にちょっと中身を拝見しただけです。抽斗の奥にしまってあったプレイメイツのピンナップとどっちを持ち出そうか迷いましたけど。それからもう一度わたしのことをお嬢さんって呼んでみなさい、喉笛噛みちぎってやるわよ」


 怯まずに言ったつもりだったが、自由を奪われたこの状態では不利であることにかわりはない。中途半端に冗談めかしてしまったことが自分の隙をかえって強調しているようで情けなかった。


「ふん、やれるものならな」彼はとりあおうともしなかった。


 この数日間でマクブレインの体重は十ポンドは落ちただろうか。顔の肉はたるみ、撫でつけていた髪の毛はあちこちがはねている。

 シャワーどころかろくに着替えもしていないらしく、よれたスーツからは饐えたにおいがたちのぼっていた。そのにおいが酔った息とまざりあい、あの密閉されたオフィスの空気を作りだしている。


「管内中に手紙爆弾をばらまいたのはあなたね」


 わたしはそこから自分の推理を話した。はじめは掠れ気味だった声も徐々によどみなく出るようになっていた。


「ああ、そうだ」マクブレインはあっさりと頷いた。「計画もこれで大詰めだった。それがまさかきみにデータを奪われるとはね。たかだか計画遂行までのつなぎで任命しただけの新米に」

「なぜこんなことを?」

「金だよ」マクブレインは言った。「警察という組織を維持するだけで毎年いくらの金がかかると思う? 悪党を逮捕したところでやつらはすぐに釈放される。おまけに国営ホテルの滞在費はすべてこちらもちだ。これでは街の治安は保てず、いたずらに時間と金だけが浪費されていくじゃないか」

「アルベローニ・ファミリーと結託したのは?」

「なりゆきだ」マクブレインはあっさり答えた。いささかあっさりとしすぎていた。「ニューオーウェルからすべての犯罪組織を駆逐するわけにはいかん。無軌道な暴力は、ときとして組織的な暴力にまさるからな。監視対象をひとつにしぼって徹底的に秩序を管理したほうがリスクは低い。

 わたしがこの計画を進めようとしていたときに知り合った殺し屋がジョン・リップだった。そもそもやつを保護したのは、アルベローニ・ファミリーの首根っこをつかむための貴重な情報源だったからだ。まあ、情報を吸い出したあとも、充分に役立ってくれたがね。

 だがきみの言うように、我々警察とファミリーとの関係は破綻をむかえた。だからいまこうして後片付けをしているというわけさ」

「警察上層部との関連は?」わたしは切り出した。


 もしもこれが州を越え、合衆国全体でまかり通っていることだとしたら、もはやひとりの殺し屋とひよっこ刑事が終わらせられる問題ではない。

 だが、マクブレインは首を横に振っただけだった。


「この計画はわたしと、わたしの前任の十九分署長の独断ですすめたものだ。上層部の存在をほのめかしたのは、きみやマートンに対して説得力を持たせるための方便だ。標的そのものはアルベローニ本人からオーダーを受け、それをわたしが選別していた。アルベローニにしても、組織間に軋轢を生むことなく敵対者を排除できて自分のファミリーを掃除できるうえに、警察との太いパイプを手に入れることもできたんだ。悪い取引ではなかっただろう」


 つまり標的リストに印刷されていた白頭鷲も偽造だったということか。

 国そのものが腐敗していたわけではないという事実にわたしは安堵した。だが同時に、一部の人間の悪事に加担してしまったことへの罪悪感にも苛まれていた。


「騙してたのね」

「騙すとは人聞きが悪いな。そもそも違法捜査や取締りは誰もがやってることじゃないか。規模が大きくなったところでとやかく言われる筋合いはない。我々警察もまた、この計画によって平和という得難い功績を残すことができるんだ」


〝それぞれの利害が一致さえすれば、たとえ敵同士でもお互いのシステムに組み込むことはできる〟


 わたしはジョンの言葉を思い出していた。

 やはり警察とマフィアは蟻と、それに育てられる蝶の幼虫との関係そのものだったのか。


「そんなもの、かりそめよ」わたしは身を乗り出した。手錠の鎖が腰のあたりで冷たい音を鳴らす。「関係は破綻した。その結果がこれじゃない。このままじゃいずれどちらかが死ぬまで食い合うだけだわ」

「そう。だからこそ、勝つのは我々だ」マクブレインは臆面もなく言った。「アルベローニは力を持ちすぎたんだ。いままで好き勝手やらせてやっていたが、やつらはマートンに……警察に手を出した。ここらが潮時だ」


 手袋をはめたマクブレインが持っていたものを見て、わたしの全身は総毛立った。


 彼が手にしていたのはまぎれもなくわたしの、そして父の形見の拳銃だった。

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