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ザ・ブラインド  作者: 千勢 逢介
第三章
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 せっかくふさがりかけていた額の傷がまた開いたのか、わたしは肌を血がつたうのを感じて目をあけた。


 ぼやけた視界に映ったのは、暗いがよく見馴れた光景だった。どうやらまだ自宅にいるらしい。それも椅子の上、手錠で拘束された状態で。


 一日に何度も気絶をするというのは、あまり歓迎できないことだ。それでも経験とは重要なもので、わたしは意識がはっきりするまでうなだれたままじっとしていた。

 警察署で気絶から目覚めたとき、急に起き上がったためにひどいめまいに襲われたからだ。


 視界と意識の焦点が定まっていくにつれ、わたしは署長のオフィスから持ち帰ったメモリーカードから導き出すことができた答えを徐々に思い出していった。


 まず、アルベローニと警察ははじめから敵同士ではなかった。


 これまでわたしはその可能性に思い至っていなかった。ジョンの暗殺リストにアルベローニ・ファミリーの構成員の名前が載っていたことで先入観が生まれていたのだ。

 いや、警察官のひとりとしてその考えを受け入れたくなかった、というのが正直なところだ。

 いずれにせよ、警察とファミリーが手を組んでいるという考えは盲点となっていた。


 考えてみれば簡単なことだった。

 メモリーカードのデータに載っていた暗殺の標的には、裏社会の名だたる組織の幹部クラスの大物や、ともすれば組織の首領の名前が連なっていたのだが、そこにおさまるべき巨魁、ロドルフォ・デ・アルベローニの名前はなかった。つまり彼は、意図的にジョンの標的からははずされていたのだ。


 アルベローニの敵対者は、警察に雇われていたジョンの手によって次々と葬られていった。それはファミリーの外側にかぎったものではない。

 巨大な、それでいて急激に肥大していったアルベローニ・ファミリーはけして一枚岩ではなかった。

 アルベローニに反感や謀略を抱いていたり、実際に裏切りをはたらく者もなかにはいたのだろう。彼はそうして自分の組織で生まれた反逆者を選別し、ジョンの暗殺リストに組み込むよう警察に打診したのではないか。


 万が一事態が明るみに出るようなことがあっても、実行犯ではない以上、ファミリーが疑いを回避する方法はいくらでもあるだろうし、身内を殺されたことで被害者面することさえできる。犯罪組織風情が被害者もへったくれもないとは思うが、少なくとも警察との関与を否定する材料にはなる。


 世間から疑いの目を逸らし、なおかつファミリーに反目する者を抹殺するための自浄装置、それこそが<ザ・ブラインド>の本来の役割だったのではないか。


 つまり殺害されたアルベローニ・ファミリーの構成員は生贄だったのだ。裏切りの代償を支払い、組織をさらに巨大に成長させるための尊い犠牲。

 それはジョンの昔話にも出てきた裏切り者から……いや、もっと以前から脈々と続いていた報復の系譜か。


 わたしはこの考えに虫唾が走った。この計画の根底には人の死が横たわっている……人の命で損得勘定がされている。


 だが、警察とファミリーとの関係はどこかで綻びが生じた。その理由がなにかはわからない。だがハニーボールの死こそ、その綻びが存在する証左にほかならない。


 わたしがジョンの監視役として着任した最初の暗殺対象。

 ハニーボールもまたアルベローニ・ファミリーのメンバーだったが、組織の資金繰りを任される重要なポストに立つ人物だった。

 金勘定を任されるほどだから、当然アルベローニにとっては信頼に足る人物でなくてはならない。ハニーボールが組織を裏切ったために標的となったことも否定できなくはないが、金庫に保管されていた別冊のリストに載る最初の標的であることを思うと、それも考えにくい。それどころか、「最小の労力で最大の打撃を」のモットーがここにも息づいていた。


 警察は金の流れ、つまりはファミリーの血液循環を止めるため、ハニーボールを始末したのだ。ハニーボールが標的にあがったのは、そうした意味でそれまでの流れとはあきらかに一線を画す。これこそ、警察とアルベローニ・ファミリーとの敵対を明白にしていると言えた。


 警察はアルベローニ・ファミリーを裏切った、もっといえば反撃に出たというほうが正しいのかもしれない。無論その契機として考えられるのは、わたしの前任者エリック・マートンの殺害だ。


 警察とアルベローニはたがいに蜜月関係を結んでいた。だがあるとき、その関係は壊れた。

 組織はマートンを殺害し、警察はジョンに命じてハニーボールを殺させた。

 報復に対する報復。それが連綿と続いてきたものなのか、それとも突如発生したものなのかはわからない。


 だがこれで、報復劇を思わせる裏で計画性が見え隠れした理由にも説明がつく。警察とアルベローニ・ファミリーは、もとから薄氷を踏むように危うい関係を結んでいたのだろう。もちろん、そもそも治安組織と犯罪組織が相容れると考えること自体に無理があるのだが。


 わずかでも均衡がくずれれば最後、両者の関係はその反動で一気に悪化する。

 警察とアルベローニ・ファミリーはお互いの利益のために手を取り合いながら、裏では相手を出し抜く機会をずっと狙っていたのかもしれない。


 水面下での報復は続き、警察はジョンに仕事を急がせた。途中で暗殺に見切りをつけて構成員の逮捕に甘んじたのも、いち早く組織を弱体化させるためだったのだろう。


 だがもちろん、アルベローニ側も黙ってはいなかった。彼は雇っていたサム・ワンを使ってジョンの調達屋であるミヤギ氏を殺害した。追求の手を緩めさせたり、武器の調達をしにくくするためというより、心理的な揺さぶりをかけるのが主な目的だったのかもしれない。目撃者としてトチロウを生かしておいたのにもそれで説明がつく。

 ひとつの死体にひとりの証言者を添えるのは、マフィアの常套手段とも言えるからだ。


 だがそれでも、対立の火種はまだ燻っているにすぎない段階だった。

 それが野火のように一気に巨大化したのがまさに今朝だった。わたしはそのXデーの只中にいたのだ。

 警察が組織力にものをいわせて手紙爆弾で本格的な攻勢に出るや、アルベローニ・ファミリーもサム・ワンに十九分署を襲撃させた。

 しかし、なぜ十九分署なのか……わたしはそこに恣意的なものを感じていた。


 もしも十九分署襲撃の本当の目的が、手紙爆弾を画策した人物を抹殺することだとしたら……わたしはひとりの警察官の姿を思い浮かべていた。

 当然だ。彼こそわたしをこの騒動の中心に立たせた人物なのだから。


 思考をめぐらせたおかげで頭がはっきりとし、わたしはようやく顔をあげることができた。暗がりにも目が馴れてきて、寝室の様子が先ほどよりも幾分か浮きあがって見える。

 わたしの目の前で、何者かが背中を向けてせっせとキーボードを叩いていた。ディスプレイのライトに照らされたその大柄な人影は、光の加減のせいでさらに怪物じみた巨大さでわたしの目に映った。

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