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ザ・ブラインド  作者: 千勢 逢介
第一章
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 検死解剖を終えたマートンの遺体はその数日後、郊外にある<ニューオーウェル・ビュー墓地>で葬儀に出された。

 驚いたことに親類縁者の参列者は誰ひとりとしておらず、反面、疎遠だったにもかかわらず同僚の数は意外にも多かった。


 分署の面々には、普段から多忙をきわめているはずのマクブレイン署長の姿があり、それから遠目にリッチーの姿も見かけた。だがわたしは誰にも声をかけなかった。


 棺で眠るマートンに殺害当初の凄惨さはなくなっていた。凶弾にたおれ、解剖までされた身体からはエンバーミングによって死の影が消し去られていた。飛び出した左目は眼窩に収まり、首に空いた穴も修復され、生前の冷酷だが端整な顔立ちを取り戻している。


 人の死には嫌な思い出しかない。

 誰だってそうなのだろうが、それでも死が、思い出に美しい輝きをもたせる場合だってある。故人をさらに愛せる死だって、この世にはあるのかもしれない。

 だが幼い頃に最愛の人を亡くしたわたしにとって、その解釈はあてはまらなかった。


 父の葬儀に出たのはまだ十歳にもなっていないときだった。覚えているのは父の眠る棺のそばで泣きくずれる母と、彫像のように無表情に佇む制服姿の参列者たち。

 警察官だった父は、ウェストヴァージニアの片田舎で数年に一度あるかないかの強盗事件を追跡中に、犯人の銃弾を受けて殉職した。


〝泣くな、リサ〟


 それが父の口癖だった。


 泣き続ける母の背中に隠れるようにして土をかけられる棺を見ていると、気づかぬうちに幼いわたしも涙を流していた。眠気を誘うバグパイプの音色のなか、熱い雫が頬をひとつ、またひとつとこぼれていったのを覚えている。


〝泣くな、リサ〟


 父の声が聞こえたのは冷たい地面の下からではなく、わたしの頭の中からだった。幼かったわたしは父の死に直面し、記憶から故人ともっとも縁深い言葉を無意識のうちに拾いあげていた。


〝泣くな、リサ。父さんは弾を心臓に食らったが、なにへっちゃらさ。そう悪いことばかりじゃない。相棒は肩を撃たれたが生きてる。父さんもおまえの爺さんも死んでしまったが、おまえと母さんはまだ生きてる。そう悪いことばかりじゃないんだ〟


 幼かったわたしの心は、父の声で勝手気ままにそんなことをまくしたてていた。そのいっぽうで、わたしはその声を締め出そうと、まぶたをかたく閉じてもいた。


 あの日からわたしは涙を流していない。いじめっ子との喧嘩に負けたときも、警察官になろうとするわたしを必死に引き止める母をふりきって実家を出たときも、故郷から遠く離れた大きな街で味わう孤独を癒やしてくれた恋人に別れを告げられたときも、わたしは泣いていない。

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