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「それが<ザ・ブラインド>の誕生秘話ってわけね」
わたしの皮肉にも、ジョンは肩をすくめるだけだった。
「最初はだまし討ちのようなことからはじめたよ。レオの手ほどきを受けたとはいえ、わたしの殺し屋としての経験は驚くほど浅かった。だから盲目であることを最大限に利用したんだ。目論見どおり、標的はわたしの姿を見ても警戒心ひとつしめさなかった。
演技でもなんでもない、正真正銘の盲人だ。相手が油断したところをわたしは仕留めていった。言い訳にもならんだろうが、このときの仕事にわたしはレオの拳銃を使っていない。それでもほかの銃を使って手を汚していることに変わりはないがね。だがこの方法も徐々に限界を迎えつつあった。理由は単純」
「標的が目の見えない人物を警戒するようになったのね」
「ああ、街のいたるところで小競り合いが起きた。善良な盲人にとっては災難だったろう。因縁をつけられただけならまだ幸運さ。殴られたり、ひどいときには殺された人もいた。そこでわたしは方法を変えることにした。わたしは拳銃をライフルに持ち替えたんだ。マクブレインはわたしの要望に渋ってみせたが、結局ひとりの刑事を監視役としてあてがうことを条件に許可した。弾着観測手……スポッターとしての起用も兼ねていたから、てっきり狙撃に一家言ある人物かと思っていたよ。ところが蓋を開けてみると、ボーイスカウトでバーミントライフルを扱った経験があるだけだと聞かされた」
「それがマートンだった」
ジョンは頷くと、「はじめはどうなることかと思ったよ。だが、マートンの働きはめざましいものだった。実際、彼は経験こそないものの、持ち前の勉強熱心な性格から仕事に尽力していた。
結果的にわたしのサポート役としては適正だったこともわかった。バーミント……つまり小型の害獣の狙撃には、本来その標的の小ささから精密さこそがなによりも求められる分野だったからね。
情報の収集に銃器の調達、<ホワイトフェザー>との橋渡しをしてくれたのもマートンだった。だがマクブレイン同様、わたしは正直彼からも得体の知れないなにかを感じていたよ。マートンの自宅がどんなだったか知っているだろう。どうやら彼もずいぶんと公金をせしめたらしい」
わたしは頭の中で計算した。
ジョンがマクブレイン署長と出会ったのはいつごろだろうか。彼は二十歳になる少し前に目が見えなくなる兆候があったと言っている。
ピーノ一家を抜けてからどれぐらいの年数が経っているのかはわからないが、ジョンの見た目と照らし合わせて、それから少なくとも十五年、もっと長くて二十年以上の歳月が流れているのではないか。
そう考えると、ジョンの半生の折り返しから先がいかに苛烈で、また濃密だったことか……ヨーロッパで売買された幼少期からレオとの殺人行脚のあいだでさえ、穏やかな日々だったとさえ思えてしまう。
「マートンと組むことでわたしの仕事は軌道に乗りはじめた。司法取引からはじまった関係だが、マクブレインは静観していたよ。なにせ秘密裡とはいえ、彼はその功績が認められて十九分署の署長に抜擢までされたんだからね。
マートンを連れて十九分署へ栄転した彼は、それからもわたしとの関係を続けていた。わたしはといえば、毎日靴をすり減らしては街を歩きまわり、盲目の状態で訓練する日々を送っていた。
そうしているうちに、月日は瞬く間に過ぎていった。この建物の三階を住まいとして改築し、精巧なニューオーウェルの模型をマートンに手配してもらった。模型に対するわたしの要望は三つ、これ以上ないほど正確に作ることと、色は塗らないこと。
そして、わたしが人生で最初の殺人を犯した場所とカルノー親子が最期を迎えた建物は、そっくり削ること」
わたしは薄々気づいていた。ジョンの事務室にある模型の不自然に削られた部分、あれは意図的にそうされたものだったのだ。
「あるとき、わたしは家具を見繕うために街の古道具市まで足を運んだ。クライトンパークで定期的に行われるあれだよ。浮浪者として住みついていたとき以来、そこを訪れるのははじめてだった。
そこらじゅうで笑い声の起きる、しあわせに満ちた場所だった。わたしが盲目だと知ると、誰からともなく善意の手を差し伸べてくれもした。
その事務机に案内してくれたのも、相手のほんの親切心からだったのだろう。
わたしが書き物用の机が欲しいと言うと、その人……その若い女性はとある露店までわたしの手を引いてくれた。彼女はそこに置かれた事務机の正確な寸法、抽斗の数、材質がムクノキであるということまでわたしに教えてくれた。
材質は樫じゃなかった。それでもわたしは、その天板の表面に手を乗せた瞬間にわかった。はじめて触れたにも関わらず、わたしはこれがなんであるのかを知っていたんだ。
カルノーの机だった。
店主の話では、ある未亡人が夫の遺品を安値で売り払ったものらしい。いわくつきなのか、状態はよくてもなかなか買い手がつかないのだと。
わたしのために善意からそうしてくれたのだろう、親切な女性は店主から事務机がここに流れ着いた経緯をさらに詳しく訊きだそうとしてくれた。だが店主はそれ以上詳しく話そうとはしなかった。もしかしたら彼自身も事情をよく知らなかったのかもしれない。
真相を知っているのはわたしだけだった。
わたしは机の天板に手をかけたまま、その場で泣きくずれた。しあわせに満ちた人々は、わたしが未亡人の気持ちを推し量って涙を流したのだと好意的な解釈すらしてくれたのかもしれない。
だが実際には違う。涙は、後悔と罪の意識から流れ出たものだったんだ。
これを運命と呼ばすにいられないよ。あるいは宿命だ。わたしはその机を買った。親切な女性と店主は心配しながらも、わたしから住所を訊き、運送業者の手配までしてくれた。
机は持ち主の手から、まわりまわってその命を奪った張本人の手に渡ったんだ」




