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ザ・ブラインド  作者: 千勢 逢介
第二章
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90

「担ぎ込まれたのは、裏切り者にアイスピックで刺されたときの病院ではなかった。それどころか、なにもかもが違っていた。

 そこは無免許の医者が営むもぐりの病院だったし、見舞いにきたレオはわたしに優しい言葉をかけてくれることも、適切なアドバイスをしてくれることもなかった。


『失せろ』レオはわたしにそう言った。『二度とその姿を見せるな。ここを出て、どこか遠くへ行っちまえ』


 わたしが謝りも言い訳もしないで黙っていると、レオはさらにこう言った。


『もうおまえには愛想が尽きた。その証拠に……いい機会だから教えてやる。たしかシシーって言ったな。あの女はおれが始末した。おまえと別れたすぐあとに、艀の上でな。娼婦とはいえ、組織の裏切りに少なからず関係しちまったんだ。それにどうせ病気のうえに薬漬けの身体だ。長くはなかっただろうよ。彼女は裏切り者の愛人として処分されたんだよ。このおれの手でな』


 レオはそう一方的に告げるなり立ち去った。それでもわたしはなにも答えられず、ベッドに横たわるだけだった。きっと視力と一緒に、大切なもののすべてを根こそぎ失ってしまったんだろう。


 たしかにあの日、シシーとの別れで消沈していたところに銃声が聞こえた気がした。つまりあれは、レオがシシーを撃った音だったんだ。

 病室のベッドの上で耳にしたレオの言葉が幻聴などではないとわかっても、わたしがなにかに駆り立てられることはなかった。

 シシーの仇を討とうとレオやファミリーへ復讐の意志を燃やすこともなかったし、病院を抜け出し、行方をくらまそうともしなかった。

 ただ受け取った言葉を受け取ったままにするだけだった。

 シシーとのことはいまや遠い過去の出来事に思えてしまったし、恩人であるレオを仇として認識しなおすこともできなかった。頭の中ではずっと、この手で殺したあの親子のことばかりがぐるぐると回り続けていた。


 いくら放心していても、それは長続きしない。ベッドの上でじっとしていれば、そのうち夢を見ているような感覚も覚めてゆくものでね。いっさいの暗闇の中で冷静さを取り戻すにつれ、わたしはあの親子の命と自分の視力が二度と戻らないことを少しずつ実感していった。

 そしてこれらの事実は、シシーの死と、その命を奪ったのがレオであるという現実も引き連れてきた。

 あらゆる感覚の歯車が正常に噛み合わさり、わたしはその反動で苦しみだすようになった。


 ある日その実感が限界をむかえ、わたしは病院じゅうに響くような声で叫んだ。

 騒ぎを聞いて駆けつけた医者たちに取り押さえられるなか、のたうちまわりもした。ひとしきり叫んだあとはきまって廃人同然にぐったりとしていたが、これは噴火の前兆のようなもので、すぐにまた罪悪感と自己嫌悪が爆発して暴れだした。

 恐怖と罪の意識で嘔吐することもあった。そんなことを繰り返していたので、医者はわたしを革のベルトで縛るようになった。とうとうわたしは、レオが言うようにここを出て姿を消すこともできなくなった。


 もっとも、いまいましいベルトに縛りつけられる前から、わたしは逃げようとはしなかった。それどころか、ベッドからまともに出ることさえなかった。盲目になって日が浅く、目が見えていたときと同じことができるとは思えなかったというのもあるが、それ以上に人を殺めたことは棚にあげて、自分を襲った不幸に酔っていたんだ。


 あれはまずい、大きさにかかわらず、不幸に酔うということを覚えた人間が立ち直るには長い時間がかかる。おまけにそれには心を蝕むくせに、最高の美酒ともいえる甘美な陶酔感があるんだ」

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