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ザ・ブラインド  作者: 千勢 逢介
第二章
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「まあ、おおむね後悔はないな」男は言った。「おまえらにとってはせこい小銭稼ぎにしか見えなかったろうが、おれはやりたいことをやったんだ。とんだへまをしちまったがな……いいもんだぜ、てめえの尻をてめえで拭くってのも。少なくともそれは、やる価値のあるものだった。おまえはどうなんだ?」

「なにが?」ジョンは訊き返した。

「このまま使いっ走りで一生を終えるかもしれないってことについてだよ。こすっからいブツの流れを見張るだけの人生なんざ、おれはごめんだね。気づいたら棺桶に片足突っ込んだ爺さんになってるなんてまっぴらだ」

「そのためなら仲間を裏切って、誰かを不幸にしても構わないっていうのか?」

「甘っちょろい考えはよせよ。それがおれたちの世界だ。喰い合うことでしか生き残れないんだよ。雑魚から先に喰われてくんだ。仲間を裏切ったなんて気持ちはこれっぽっちもないぜ。おれは端からおまえらを仲間だなんて思ってなかったんだからな。おれだけじゃねえ、誰だってそうさ。おまえだってな。レオを尊敬してるようだが、おれに言わせりゃ尻尾を振ってる犬っころと違いはねえ」

「いい加減にしろ」

「おれは誰も信じねえ。だから誰も裏切ったなんて思わねえ。これまでそうしてきた」

「おい、それ以上なにも――」

「そして、これからもそうする」


 男のつかんだものが小銭だと気づいたのは、彼がそれをジョンに投げつけたときだった。目の前に迫る無数の硬貨から、両腕を持ち上げて顔をかばう。

 直後、ジョンは左のわき腹に熱を感じた。次いでバスタブで浴びた水とは別の、生温かいなにかがシャツを濡らす。


 男は立ち上がると、片脚を引きずりながら店の出口を目指した。それを追おうとジョンもスツールから床に足をおろす。


 と、両脚がくず折れてそのまま床に横ざまに倒れた。

 ふたたび熱が、先ほどよりもさらに激しくわき腹を走る。見ると肋骨のすぐ下に、アイスピックが柄の部分に達するほど深々と突き刺さっていた。これには見覚えがあった。ほかでもない、バーテンがシシーから遠ざけてレジスターの隣に置いたものだ。


 食い込んだ異物を目にして思わず身をよじったジョンは、それまでとはくらべものにならない激痛を味わった。わき腹の傷を中心に、青白い電流が内臓の輪郭を浮かび上がらせる。


 涙で滲む目で出口のほうを見ると、男はすでに外へと続くドアに手をのばそうとしているところだった。

 九十度回転した視界の中では、男がまるで奇術師よろしく壁に立っているようだった。


 止まれ、そう叫んだつもりだが、ひゅうひゅうと息が漏れ出すだけだった。それでも腰から拳銃を抜き、男の背中を睨みつけた。よみがえった男への殺意だけで身体を支える。

 だが銃を構えた直後、ふたたび腹部に激痛が走った。とがった金属がもつれたはらわたを引き裂いているのだと直感した。脳髄にまで痛みが駆け上がり、視野の周辺が白い光で狭まっていく。

 ピントのぼやけた視界の中、ドアにたどりつきこちらを振り返る男の顔は、目鼻を削ぎ落とされたように肌の色で塗りつぶされていた。


 最後の力をふりしぼってジョンは手をのばしたが、それが遥か彼方の男に届くはずもなかった。


 男がドアを開ける。店にいる客は誰ひとりとして動こうとはしなかった。


 男が店の外へと走り出し、ジョンの前から姿を消す。そう思った直後、男はふたたびジョンのそばに舞い戻ってきた。

 ただし後ろ向きで。足を踏みはずした男はジョンの横に尻餅をついた。

 支えたまぶたの重みに耐えかね視界がさらに狭くなるなか、それでもジョンは事の顛末を見届けようとした。


 開け放たれたドアの向こうに人影があった。その正体をジョンが見極めるよりも先に、傍らにいた男が立ち上がると、足を引きずりながらふたたび出口へと突進していく。


 今度はジョンの耳に鈍い音が届いた。その直後、男が背中から床に倒れ、両手足をのばして気を失った。


 店の出口にいた人影が、悠然と男に歩を進めてくる。それを見上げようとした直後、ジョンの意識は急激に遠のきはじめた。


 自分がホラー小説の主人公になった気分だった。後年、彼が小馬鹿にする、恐ろしい怪異にさらされて最後のセンテンスで気を失うたぐいのホラー小説のような。


 腹から血を流しながら乱入者が腕を締め上げて男を捕らえるのを見届けたあと、ジョンは気を失った。

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