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ザ・ブラインド  作者: 千勢 逢介
第二章
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66

 さらにレオは、満足に学校すら通えなかったジョンに読み書きを教え、大量の本も与えてくれた。哲学書、歴史書、基礎的な数学書から図鑑まで。


 そのなかでジョンがのめりこんだのは文学だった。

 ガリバーの不可思議な冒険には心躍らせ、ウェルテルの苦悩に対しては共感を欠きながらもその世界に引き込まれた。


 特にジョンが気に入ったのはヘミングウェイだった。

 世間からつまはじきにされた男たちの物語を読んでは、似たような境遇にいる自分の姿を重ねていた。そこにはある種の陶酔感があった。


 あるとき夕食の席で、ジョンはレオに自分たちが身をおくこの世界がいかに素晴らしいかを口にしたことがあった。ここは世の中の一般人が生活している場所とは一線を画す、スリルと栄光に満ちた世界だと。


 レオは黙りこんだ。彼を見て、ジョンもそれに倣った。

 日々をともに過ごすなかで、レオがジョンに手をあげることは滅多になかった。あの日、音楽室とポーチでのことは例外中の例外と言えた。

 だがジョンの言う素晴らしい世界に住む人間である以上、レオはけして暴力をふるわない男というわけではなかった。

 レオは必要以上のことはしない男だったが、必要とあらば容赦のない男でもあった。そういうときの彼は口を閉ざし、整然と迷いなく実行に移すのだった。


 殴られる。ジョンは反射的に身構えたが、レオは夕飯の皿を脇によけると煙草に火をつけた。


「おまえぐらいの年頃なら無理もない」たっぷり半分以上の煙草を煙に変えてから、レオはゆっくりと口を開いた。「退屈な日常なんて投げ出して冒険に飛び出したいって気持ちは、大人になっていく過程で誰もが持つもんだ。それがどんな形であってもな。ましてやおまえはいま、自分が抱く憧れの世界そのものにいるんだから、興奮する気持ちも無理はない。

 だからなおさら覚えておけ、ここがどんなに輝いて見えたとしても、そんなものは見せかけにすぎないってことをな。

 ここにいることをありがたがったりするな。長靴いっぱいの反吐を極上の前菜だと喜ぶようなもんだ。メインディッシュはさながら糞の山だ。腹いっぱいになったあとに気づいてももう遅い。代金と一緒にケツの毛まで抜かれて、挙句に命までとられる。それがわかっていれば、誰もこんなところまで落ちてはこない。いいか、ジョン。たしかにここにはスリルがある、それも掃いて捨てるほどにな。だが、栄光や名誉なんてものはここには存在しないんだ」


 そう言って席を立つレオの横顔には悲しげなかげが落ちていた。

 レオのこの言葉が、それまで味わってきたどんな体罰よりも強烈だとジョンが思い知ったのは、ずっとあとになってからだった。そのときの彼は、痛みを免れたことにただ胸を撫でおろしただけだった。

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