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ザ・ブラインド  作者: 千勢 逢介
第二章
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65

 それからの数年はあっという間に過ぎた。


 もともと才能があったのか、それともレオの指導の賜物か、あるいはその両方か。ジョンは彼の課す厳しい訓練を日々こなし、心身ともに大きく成長していた。

 はじめはレオのあとを駆けるようについていく少年を、ピーノ一味の面々はそろって囃したてた。


〝昼間はレオが小僧に乗っかっちゃいるが、夜は小僧がレオに乗るのさ〟


 彼らはそんな冗談を、ふたりがそばを通るたび聞こえよがしに言ったものだ。


 ジョンは恥ずかしさと悔しさを味わったが、レオはいつも静かに笑うだけだった。なぜ好き勝手に言わせるのかを問い詰めても、彼は涼しい顔でこう答えるだけだった。


「いまにおまえに文句を言えるやつはいなくなる。それまでの辛抱さ」


 やがてジョンは古くなった服を脱ぎすてるように少年期を終え、その顔からもあどけなさが消えつつあった。

 背丈もレオに近づきつつあり、彼から譲ってもらった古い上着に袖を通したりもした。歩幅もほとんど変わらなくなり、かつては仔犬のように付き従っていた古強者の隣を肩を並べて歩けるようにまでなった。


 名実ともにジョンはタフに……いっぱしの男になった。


 いままでさんざん見下していた者たちもジョンを認めるようになり、あのピーノでさえもおおっぴらに彼を小突きまわすことはしなくなった。

 ジョンがレオと行動をともにするようになってからというもの、彼らのボスはふたりから距離をおいていた。

 なにかの拍子に顔を合わせたとしても、ピーノはそっけない態度をとるだけになっていた。


 もう自分に飽きているのかもしれない。ジョンはそう考えもしたが、もしかしたらもう子供ではない自分に恐れを抱いているのではとも期待した。


 ピーノはあの日の昼下がり、ほんの気まぐれからジョンの人生を変えるきっかけを与えてくれた。ある意味では感謝すべきなのだろうが、同時にピーノを恐れていた気持ちは復讐心に変わりつつあった。


 もはやかつての弱々しい少年の姿はない。いまなら大西洋の航路上で味わった屈辱を晴らすこともできそうだった。それこそ、ピーノに関係する言葉を……十や二十ではきかないほどの悪態を銃弾に乗せて、たっぷりと礼をしてやることもできた。


 だが、沸き立つような殺意を秘めながら、ジョンはレオから、同時に冷静であることも学んでいた。


「闘志や戦意を持つとしたら、この世界じゃそいつは大きければ大きいほどいい。だが、同時にその感情をうまく扱うことも覚えておけ。どんなに脚の速い馬に乗っても、騎手がヘボじゃ話にならん」


 ジョンが訓練をものにしていくと、レオはそれ以外にもさまざまなことを教えてくれた。

 それは己を鍛えあげるためのものだけではなく、余暇を有意義に過ごすための方法でもあった。レオは厳格さとともに寛大さを持ち合わせた男だった。


 レオはジョンに酒を教えてくれた。これは彼にとって良き習慣となり、いまでは気付けと称してウィスキー入りの紅茶を嗜むまでになった。


 レオは煙草と女も教えてくれたが、これらはジョンには合わなかった。

 煙草は少し吸い込んだだけでひどくむせてしまった。しかしこれは後年、盲目のジョンが狙撃の折、風向きを読むのには役立っている。

 問題は女性のほうだった。レオの口利きで馴染みの店の娼婦と一晩をともにしたものの、ベッドで横になってもジョンは落ち着くことができず、結局シーツから尻が半分浮いたような心持ちのまま朝を迎える羽目になってしまった。


 ドラッグについても商売道具の知識として教えてはくれたが、レオはそれを使うことをけして許さなかった。

 ジョンもドラッグを試してみたいとは思わなかった。レオとの日々に、それ以上の刺激や充足感を求める必要はなかったからだ。


 ドラッグにさしたる関心もしめさないジョンに対して、レオはゆっくりと頷き、それでいい、と言った。


「それでいい、ジョニー・ボーイ。こいつがどういうもので、どんな厄介事を持ち込むのか、知識として覚えておくだけでいい。地図と同じさ。おれたちはどこにどんな道があるかおおまかに知るだけで、実際にそこを歩く必要はない。おとぎの国の旅なんて、そこの住人にやらせておけばいいんだ」

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