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2話 白い少年

 

 一見粗雑にも見える、少々長めの白髪は、しかし艶々と光を反射して神秘的なまでに輝いている。

 そして、身に纏った隅々まで真っ白の服には、一片の汚れも見えない。

 それはぴったりとしたダブルスーツのウエスト部分にベルトを巻いたような、どこか見覚えがあり、それでいて不思議な服であった。中はワイシャツとベストのようなものを重ねているが、ネクタイの代わりに純白のリボンが結われている。

 そして匡がなにより驚いたのは、


「どこのアイドルだよ…」


 その顔の造形にであった。



「あっ」


 匡の声に気づいたのか、白髪の美少年は慌てたように振り返る。


「大丈夫ですか?いきなり飛び出してしまい申し訳ありません。グレイトベアーが見えたもので」


 こちらに近づくと、どこからか取り出した白い布で匡の顔を拭った。

 この短時間の振る舞いだけで、実に物腰の柔らかい人だと感じられる。


 先程のヒグマのようなクマはグレイトベアーというらしい。

 やはりここは異世界で、そういうモンスターの一種なのだろうか。

 少し麻痺していたような感覚さえある頭にそうインプットして、次いで差し出された手を、数回の瞬きと共に見つめる。

 異世界人か、言葉は通じるのか、実は怖い人だったらどうしようなどと無数の考えに頭を取られていた匡は、未だ腰を抜かしたままの自分に気づき、


「あ、ああ…」


 慌ててその手を取った。



 礼の一つも出てこない社交性のない自分に苛立ちを覚えながら、少年の助けで立ち上がる。

 そこで、右手に痛みが走った。


「痛ッ」


「えっ大丈夫ですか!」


 思わず顔を顰めて手を引っ込めると、少年は驚いて血の流れる匡の手を見る。


「怪我してるじゃないですか!ええと…」


 先程の布を匡に押し付けると、ゴソゴソとポケットを探るようにして、見つけたものを匡に差し出した。


「良かったらこれを」


 この間匡は、小柄に見えた少年が自分より背が高いことに気づいて嫉妬と憧れに揺れる感情を抱いていた。


「傷薬です。下級薬ですがそのくらいの傷なら大丈夫だと思いますので」


「えっ、、いや、あの、大丈夫です!俺多分無一文だし、」


 助けて貰った上に更なる借りを作ってはいけないと、匡は首を振る。

 しかし少年はにっこりと笑みを浮かべたまま、クリーム状の傷薬が入った瓶を差し出している。


「えっ、と……」


 暫しの無言の時間が流れ、耐えきれなくなった匡はそれをありがたく受け取ることにする。


「……ありがとう、ございます」


「いいえ!」


 少年は匡が薬を受け取ったのを確認すると、倒れたグレイトベアーに向き直って、懐からなにやら小さな袋を取り出した。それを翳すと、あっという間に死体が仕舞い込まれてしまう。

 何が起こったんだと、匡が目をパチクリさせている間に、少年は袋も仕舞い、満足気に頷く。


「それでは、気をつけてくださいね。ここにいるということは、サウザンに向かうのでしょう?そこを降りたらすぐそこですから」


「サウザン?ああ…」


 匡は知らない単語に戸惑ったものの、少年の視線を追った後、すぐに眼下の街を指しているのだと気づいて頷いておく。

 リュックサック一つで森を彷徨く人がいるとは自分も思わない。

 不本意ではあるが、少し変わった旅人とでも思われているのなら好都合だ。


 色々と思うことが溢れ出すが、考えても仕方のないことばかりだと匡はそれらを振り払った。

 しかし、どうしても気になることはある。

 チラリと前方に視線をやって、今一番の疑問を頭に浮かべた。


 この少年は何者なのだろうか。


 匡は、立ち去ろうとした少年に、今自分が一番聞かれたくないことを問いかけた。


「あの、貴方はここでなにを…」


 少年は風に乗るように振り返った。


「ああ、僕は受注した依頼の途中です。これからフリーデの森に行くんですよ」


 依頼…

 異世界であるらしいことを踏まえて、やはり冒険者のような職業が存在するのだろうか。

 剣と魔法、ついファンタジーな想像を膨らましかけて、匡は直ちに雑念を振り払う。


「…そうですか。引き止めてごめんなさい」


「いいえ、差し支えあり……時間はたっぷりあるのでお気になさらないでください」


 少年はそう言って手をひらひらと振った。

 やっぱりどことなく高貴な雰囲気の漂うやつだな。

 とくに意味もなく考える。

 匡は再度少年に礼を言って、リュックを拾い上げると、とりあえず街へと歩き出す。


「あ、待ってください!」


 少し離れたところから、少年の声が飛ぶ。


「?」


 匡が振り向いたのを確認して、少年はまた大きな声でこう言った。


「フリーデの草原にグレイトベアーが出たと、狩人ハンターギルドで伝えてもらえますか!」


「!はい」


 匡は慌ててその文言を頭に刻み込む。

 聞き慣れない単語ばかりで、少々疲れかけていた脳をまた働かせる。

 軽く手をあげて走り去った少年を見送ると、伝言を忘れないように頭の中で反芻しながら匡はまた歩き出した。


 ジクジクと痛む右手を左手で押さえながら歩いていて気づく。


「あ、これ…返し忘れたな」


 手には、少年が匡の怪我を見て持たせてくれたタオルのような厚い布。


 血塗れで返されても困るか。

 洗って、また会えた時返せるように持っておくことにしよう。

 そして思い出したので、一度立ち止まってリュックを下ろし、水筒の水で傷を洗った後、先程少年がくれた傷薬を塗ってみる。


「なッッ」


 傷口が淡い光を放ち、みるみるうちに治っていく。


「なんだこれ…」


 すっかり元通りになった右手を空にかざし、握ったり触ったりして感触を確かめる。

 痛みはない。

 傷など最初から無かったかのようだった。


 信じられない。

 本当にファンタジーだ。

 先程の出来事の方が夢だったのではなかろうかとさえ思う。

 だか、それもありえない。

 というかそもそも匡がここにいること自体がありえないのだ。


 わからないというのは存外怖いものだなと、匡は不安に呑まれそうになる自分を自嘲気味に笑って、また歩き出した。


 ◇



 近いように見えたサウザンの街は意外と距離があり、その門を前にした匡は、この場所にやってきたことの混乱と出会したグレイトベアーの襲撃から、すっかり冷静さを取り戻していた。


「ここがサウザンか…」


 高い石垣に囲まれたその街の、出入り口と見られる門にはサウザンという文字が刻まれているのが見えた。

 いや、視覚的には見たこともない文様に見えたのだが、サウザンだと認識できたというほうが正しいだろう。

 先程の少年と言葉を交わせたことも含めて、なにかしら摩訶不思議な力で翻訳されているのだろうと匡は考えた。

 というか、そうとしか思えなかった。

 若干腑に落ちないところはあるが、便利なものに文句は言うまい。


 門の前には少しの列ができており、なにかしらの審査をした後に街へ入れているのだということが予想できた。

 果たして自分は入れるのかという不安に襲われるが、考えたって何もできることはない。

 匡はその最後尾にそっと並び、順番を待った。


 匡の前にいた人が門を通り、僅かに緊張を感じながら、匡は門衛の前に進み出る。

 当然ながら、少し前から匡を視認していた門衛は、少し屈んで、近づいてきた匡と目を合わせた。

 ひげを生やした厳つい顔つきの大柄な男性だった。


「サウザンへようこそ。僕一人かい?」


 開口一番にそう言われ、少し面食らう匡。


「ああ、はい。あの、旅の者で…」


 低身長と幼い顔立ちで子供にでも思われただろうか。

 実際今年16になる匡は世間的には子供ではあるが、少なくとも表立って子供扱いされる年齢ではない、と思う。

 思いたい。


「えーと、親と…父と旅をしていたのですが途中で獣に襲われて、一人で逃げてきました…」


 細かい設定を考えていなかった匡は煮え切らないながら必死に返事を返す。

 突っ込まないでくれ!と祈りながら。

 そしてそれは功を奏したようで、


「そうか…なに、詳しくいう必要はない。若いのに大変だったな」


 と頭を撫でられた。


 ここで子供と思われるのは結果的に良かったのだろうが、その扱いには馴染めない。


「いえ…」


 釈然としない気持ちを抱きながら匡は苦笑いを浮かべた。


「身分証は?」


「えっと、ない、と思います」


 思いますってなんだ。

 自分で自分に突っ込みを入れながら続く言葉を考える。

 だめだ何も思いつかない。

 リュックの肩紐を握る手に汗が滲む。


「そうか。だったら仮の身分証を発行してやるから、ちょっと待ってろ」


 意外にも門衛はそのあたりを追及することはなく、待っているとなにかを持って戻ってきた。


「これに手をおいてくれ」


 そして差し出された黒い板に、言われるままに右手を置く。


「名前は?」


「阪口匡です」


 すると上部が緑色に光った。


「!?」


 反射的に手を離すのと、門衛が口を開いたのは同時だった。


「よし。ちょっと待ってろ……ほらよ、3日間の滞在を許可する身分証だ。失くすなよ」


 差し出されたのはレシートのような紙だった。

 受け取って確認する。

 自分の名前と、対応した門衛の名前、今日の日付、そして滞在の目的が書かれていた。


「拠点確保…?」


 目的として書かれていたことに首を傾げる。


「お前さんは、その…これから一人で生きていかないといけないんだろう?ここでどこかのギルドに所属して、仕事を見つけるといい。あ、12歳は超えてるよな?」


 頷く。

 確認するような問いかけだが、

 これはギリギリ12歳くらいに思われてる可能性もあるな。

 と少しモヤっとする。


「そうか…?ならいい。生活がまともに出来るようになったら、他の街に行くでも旅をするでも好きなようにすればいい。

 なに、心配するな。この街は職探しに田舎から訪れるやつも結構いるからな」


 なるほど。

 生活の拠点を築くのは確かに大切である。

 なにより今は金がない。とりあえず街に行けばいいとだけ考えていたが、今後を考えると仕事は絶対に必要だ。


「ありがとうございます」


 素直に頭を下げる。

 今更ながら、初対面の大人にまともに話せていることに少し驚いた。


「いいってことよ。ギルドに登録したらギルド証が身分証になるから、そのときはそれとこれ持ってまた来い。身分証があれば滞在は無期限になる」


 先程渡されたレシートを指差して言う。

 レシートではないが。


「わかりました…!」



 ペコリと頭を下げ、開けてくれた門を通る。


「色々ありがとうございました」


 振り返ってそう言うと、「おう!」と言う返事が返ってくる。



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