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天使 バグナム4

 

 次の瞬間、跳んできた物とシアルの剣が衝突して耳障りな音を奏でる。


「〜〜〜ッッ」


 ザイの顔が強張り、無意識に左手で右腕の肩口を抑える。


「コイツ…」


 あの魔物だ。

 この一帯を恐怖させている魔物が、シアルに気付いて襲いかかったらしい。


 この目で見てもなお、あり得ないと形容したくなるスピードお、ザイの剣を一撃でへし折ったパワー。

 ザイがやられたのは、ほぼこの二つと言っていい。

 爪で殴られて、突進された。それだけだ。

 だが、魔物らしく、ほかの攻撃手段を持っている可能性は大いにある。

 それを受け止めたシアルをさすがと言うべきか。

 それとも、シアルでさえ受け止めるのがやっとだったことに戦慄を覚えるべきか。


 ザイにはわからなかった。


 ただ、結果から言うと、後者はザイの早計だった。

 シアルが一瞬見えなくなったかと思うと、斬り返して魔物の脇に躍り出る。そのまま駆け上がって正面から頭部に蹴りを喰らわせた。

 何をもってすればその威力になるのか、シアルにまんまと先手を打たれた魔物は、吹き飛ばされて後方へと流れる。


 その隙を利用してザイの側へと戻って来るシアル。


「硬いですね」


「……硬いだけなら良かったのに」


 ザイはシアルに差し出されたものを見て思わず動きを止める。


「な…」


 シアルご自慢の細剣がぽっきりと折れていた。

 折れているというか、むしろ粉々である。


「これ今ので、」


「ええ、やはり剣では太刀打ちできなそうですね。魔法も、おそらく生半可なものでは通じないかと」


「マジか」


 ザイ自身、剣が折られたのは自分の能力不足も大きいなどと勝手に思っていたのだが、シアルの件でどうやら違うらしいと気づく。


「……お前アレがなにか知ってるのか?」


「おそらくですが」


 シアルはキョロキョロと目線を動かしながら持ってる知識を総動員して答える。


「上級魔物、グルンゲシュタです」


 そこで、再び魔物…シアル曰くグルンゲシュタの咆哮が近づいてくる。


「それ、預けときますね」


「えっ」


 シアルは言うや否や、ザイが口を挟む暇もなくあっという間に駆けていく。


「剣なしでどうする…」


 呟いたものの、シアルならなんとでもなりそうだと思っている自分に気づいて笑みを溢す。

 そもそも粉々の剣を持っていても仕方がないが。


「……信じるさ」


 今自分の前に立つ少年の言葉に、嘘がないことを。

 その身に宿る力に、嘘がないことを。


 きっとそう思えたのは、彼の纏う不思議な雰囲気のせいだろう。

 初めて言葉を交わした日、どうしようもなく目を奪われた。

 彼の瞳を通して、世界を見てみたくなった。


 だから、その光を信じることにした。


 ◇


 白糸を靡かせて、シアルは駆けていく。

 隙を見つけるたびに、その硬い表皮へ蹴りを入れる。

 間髪入れず拳を押し込み、そのまま殴り飛ばす。

 魔力を全て身体の強化に使った荒技ではあるが、傷をつけられない代わりに、衝撃を与えられるので最も有効な攻撃手段だと考えた。


 勿論大きな魔法を放つこともできたが、効果のほどは分からないし、ザイやダルクを巻き込む危険があったのでなるべくなら避けたかった。

 基本的に、魔法の世界では最強の攻撃は最強の防御に勝る。

 いくら防御魔法をかけてから撃ったところで、巻き込まないとは限らない。


 そんなことを考えるうちに、反撃を始めたグルンゲシュタが、一気に詰め寄ってきて爪を振るう。

 避けるか受けるかを少し迷ったシアルだが、すぐに後ろにザイがいることを思い出して障壁を展開。

 ザイを殺しかけた爪を受け止めた。

 そして、押し返す。

 バランスが崩れたところで、一気に殴りに行く。

 しかし、グルンゲシュタもそう簡単に倒れてくれない。


 少しその赤い目を睨みつけながら、シアルは自身の拳を治癒していく。

 どれだけ硬く、尖っているのか。殴るたびに、触れるたびに傷ついてどうしても血塗れになってしまうのだ。

 当然、強く殴るほどシアルにもダメージが入ってくる。

 シアルが不満に思うのも当然だった。


 その隙に、グルンゲシュタが口から火を放ってくる。


「!」


 虚を突かれたため、とっさに胸から上だけ防御するも、見事に火に巻かれてしまう。


「シアル!!」


 ザイが悲痛な叫び声をあげた。

 数秒程で、燃え上がった体から煙が上がりだすと、焦げた体で、口元を拭うシアルが見えてくる。


「…思ったより厄介ですね」


 シアルは自分についた火が消えたのを確認すると、収納から水薬を出して直接頭から被った。

 爛れた皮膚は、たちまち元に戻っていく。


 ザイが、顔を歪ませたまま肩をおろした。


 長く続ければ、辛くなりそうだと少しずつその顔に不満を露わにしていくシアル。

 それでも、まだやることは変わらない。

 身体強化した状態で、グルンゲシュタに少しずつダメージを与えていく。


 ◇


 そこへ、ダルクが駆けてくる。


「ザイ!シアル!」


 シアルが僅かに目線を寄越した。

 しかしすぐに飛びかかってきたグルンゲシュタを避けて背後から飛び蹴りを入れる。


「これは…」


「ダルク」


 ザイが驚いて呼びかけ、ダルクはそれに気づいて駆け寄った。


「ザイ!大丈夫か!」


 ザイはそっと身を起こして座り直すと、ダルクに軽く経緯を説明する。


「俺はシアルに助けられた。とりあえず死にはしねぇ」


 魔物が戻ってきたこと。おそらく上級だということ。

 右腕は治せなかったこと。シアルの剣が折れたこと。

 話せる限り全て説明していく。


 そして最後に、少し言いにくそうに付け加えた。


「あと、助けようとしてくれて…ありがとう。今生きてんのは、お前が俺を見つけて、シアルを呼んでくれたお陰だ」


「……」


 ダルクは、何度か口を挟もうとしていたが、その言葉を聞いた途端に口を開けたまま黙り込んだ。


「…ダルク?」


「あ、ああ…俺は何もできなかったが、その、」


 ザイは、顔を伏せて手で覆ってしまったダルクを訝しげに見る。


「生きてて良かった、と、言ってもいいか」


「なんだよそれ」


 ザイがケラケラと笑い出し、

 そしてすぐに腹を抑えて呻きだす。


「ザイッ」


「悪い、大丈夫大丈夫」


 そう言うザイの顔にはまだ笑みが浮かび、ダルクの目には涙が滲んでいた。


「って、さっきの話マジだよな!シアルは大丈夫なのか!?」


 ザイは少し目を伏せてから、闘い続けるシアルを見た。

 ダルクは、立ち上がって剣に手をかける。


「ダルク」


「俺も加勢に、」


「ダメだ」


「だが、」


「シアルは、大丈夫だと言った。大体、剣で叩けない相手に俺たちができることなんてないだろ」


 ザイは左手でダルクの服の裾を引き、その目を真っ直ぐに見つめた。


「……」


「俺は、」


 ザイの手が離れる。


「シアルを信じる」


「…そうか」


 ダルクはため息をついてから、ザイの横に座った。


「…痛そうだな」


 堪えきれず、というように口を開いたダルクを、ザイが小突く。


「そりゃ、生きてるからな」


 ◇


「さて、」


 シアルは無意識に実体化を解いてしまっていた足を戻しながら、グルンゲシュタの隙を伺った。


 少しでも動きが鈍くなったら狙い目だ。


 その巨大な体の間をすり抜け、思い切り圧縮させた空気を叩きつける。

 バキリと、初めて聞く音がして表皮が、その硬い装甲が少し欠けたのが見えた。


「おぉ」


 シアルはそのまま跳び上がってグルンゲシュタの前に躍り出る。

 と、シアルが空中に留まっているうちにまた火を放ってきた。ここで消火に使う時間はない。

 仕方なく避けるが、そこへ爪が迫ってくる。


 あれだけ殴られておいて、よくもまあそんな元気があるものだと、少し感心したような表情を浮かべるシアル。


 今度は避けることもせず、胸を裂かれてそのまま地に落ちていった。

 少なくとも、背後から見ている二人にはそう見えた。


「「シアル!!!」」


 しかし、シアルはすぐに身を起こし、跪いて魔物を見つめたまま、背後の二人を手で制す。

 その二人については、シアルに駆け寄ろうとしたダルクをザイがしがみついて止めようとしているところだった。


 障壁は間に合ったので、爪は受けずに済んだ。

 吹き飛ばされた衝撃は消せなかったが。


 ただ今の行動で、この攻撃が多少は効くことがわかった。

 今度は、攻める際に拳と同時に細かい空気の刃をぶつけ、少しずつグルンゲシュタの表皮を脆くしていく。

 そして、そこにありったけの強化を載せた蹴りを入れれば、隙間ができるだろう。


「いけそうですね」


 目に見えてボロボロになったグルンゲシュタを前に、少し嬉しそうに目を細めるシアル。

 一、ニ、と歩を踏むと、地面を蹴って高く跳び上がり、掲げた手刀の先に伸びるように空気の刃を生成。


 振り下ろしたそれは、今度こその装甲を貫き、肉を断ち、心臓を引き裂いた。



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