魔法商業都市レルト 2
◇
無駄にしっかりとした装備に身を包む盗賊に襲われて早2日。
ジーダは一日一回食事を投げてよこされる以外、光も見えない灯の一つもない部屋に閉じ込められていた。
「外の様子がわかんねぇ、」
急に現れて馬車を倒したかと思うと、抵抗する暇も降伏する暇も与えず、ジーダを縛り上げてその意識を奪った。
「傭兵を雇ったんだろうが、どこの商会だよくそっ」
自分のせいで家や職場に迷惑をかけるだろうことを思い、ジーダは唇を噛む。
ジーダと引き換えに、金や事業の制限などを求めているだろうか。なにもできない無力な自分がどうしようもなく悔しくなる。
魔力が使えないわけではない。むしろ使える方だとは思う。ある程度の力仕事もものともしないし、細かい作業も魔法でやってしまうことが多くあった。よく、器用だといわれたものだ。
だが、それではいけない。
戦えないと、結局こういうことになるのだ。
たまたま一人だったのも行けなかった。いつもなにも起きないのだからと、一人で行くことにそれほど抵抗を持たずに了承した。
手首を縛る紐はかなりきつく、少し動かそうとするだけで痛くて断念してしまう。
お願いだから、お願いだから俺のために会社を売ったりするなよ…!
そう祈りながら俯いた時だった。外から、うめき声のようなものがきこえたのだ。
なんだ…?
「なんだお前!死ね!ぐぁっ」
「退いてください」
耳を疑った。
それは、半年ほど前に出会って以来、良き仕事仲間であり、友達のシアルの声だ。
「話のできない方ばかりですね…事情くらい聞けるかと思ったのですが、」
そう言った声と共に、足音が近づいてくる。
呆然としたまま締められた扉を見つめていると、それが唐突に光りだし、次いで砕け散った。
光の破片が降ってくる。
そこに立っていたのは、右手を掲げ、片側に大きな翼を広げた、純白に身を包む少年だった。
「シ…アル…か……?」
呟くようにそう口が動く。
少年は、ほっとしたように表情をくずし、煌めく金色の瞳を瞬かせて駆け寄ってくる。
「ジーダ、大丈夫ですか!」
「あ、ああ…」
シアルはジーダを縛っていた縄に触れるとそれを粉にし、ついでに縛られていた部分に手を当て痕を消した。
「盗られた積荷もみつけました、もう大丈夫です。戻りましょう」
ジーダは、何が起きているのかと目を白黒させていた。
その神々しい白さに煌めく翼。
まるで、まるで天使のようではないか。
「お前、それ…」
「あ…忘れていました」
そういうと、シアルは恥ずかしそうにその翼をしまう。
翼がシアルの身体に入るように、徐々に薄くなっていくさまを、ジーダは困惑した表情で見ていた。
見ると、いつの間にか服装もいつものシアルに戻っている。
「お前は」
なんなんだ、と言い切る前に。
「行きましょう」
と声をかけられる。
それ以上聞く気力もなくて、その日は連れられるまま家に帰った。
シアルが盗賊を一網打尽にしてジーダを助けたことについては家のものにも商会のものにも大変おどろかれたが、同時に喜ばれた。
その夜、ジーダはシアルに呼ばれて庭に出た。
「他の人にはもう伝えたんですが、僕はこの街を出ようと思います」
「…は」
突然すぎる。でも心のどこかでわかっていた。
自分のために、何か想定外のことをしたことは明らかだった。
「すみません、もともと長くいるつもりはなかったのですが、」
沈黙が流れる。
「…わかった」
シアルがこちらを見る。
「元々、そんなつもりがなかっただろうことは出会いからわかってる。それでも、良い働きをしてくれて、一緒に出かけたり話したりしてくれて嬉しかった。楽しかった」
少し迷ったが、しっかりとシアルの瞳を見つめて告げる。
「お前に会えてよかったよ。
今日のことも、今までのことも、感謝してる」
黄金の瞳が、静かに揺れた。
「ありがとな」
「…はい」
シアルが立ち上がる。
「こちらこそ、本当にありがとうございました。この街を楽しむことができたのはジーダのお陰です」
そう言って何かを投げてくる。
咄嗟にキャッチして見る。
白い、石?
角度に合わせて、様々な色が浮かんで消える。
美しい。こんな石は見たことがなかった。
「なんだよ」
「故郷を出るときに同居人に貰ったんです」
見せてくれたのか…?
「良かったら貰ってください」
「は」
「いやいや、貰えるかよ」
「お礼なので」
受け取ってしまう。見れば見るほど美しく見飽きない神秘さに包まれている。
「なんか、お前みたいだな」
「それをくれた人も、そう言ってました」
シアルが後ろを向いて、歩き出す。
「なあ」
「お前のこと、誰にも言わないから気にすんなよ」
言わずもがな、あの翼を含めてである。
フッと笑った気配を感じて、振り返るとそこにはもう誰もいなかった。
あとから、白い羽が一枚降りてくる。
それを拾い上げて空を見上げた。
「…変なやつ」
◇
「なあ兄ちゃん、あの坊主魔族だったのか?」
「い、いえ」
苦笑いを浮かべる店員に、別の男が割り込んでくる。
「じゃあなんで急に消えたんだよ」
「俺ァ魔族だってバレたからって聞いたぜ!?」
「ちょっと、どういうことだい?」
シアルがいなくなった後、レルトはそんな噂であふれていた。
大方、あの日シアルに無力化された傭兵の話をきいた雇い主が、それを広めたのだろう。
面倒なやつだ。
店に来てはそう尋ねる人々に、ジーダは自分の中に徐々に怒りが湧いてくるのを感じる。
「お前らなぁ!」
カウンターを叩く。
正面で棚を整理していた後輩が驚いて商品を落とした。
構わず、ズカズカと店内に進んでいく。
「いいか!シアルは魔族ではないし、俺の大切な友人だ。あいつがまたここに立ち寄ってくれたときに困るようなことを言うんじゃねぇよ」
毅然として言い放つと、店内が静まり返る。
「大体魔族だったらなんだってんだ。魔族は敵か?悪か?違うだろ。人族と同じ、一つの種族だ。俺は生まれた姿形だけで、他人の価値を決めつけるような奴にはなりたくない。
種じゃなく、個人を見ろ。得体の知れない何かじゃなく、
今お前らの前で同じように生きている、一人を見ろ!
…こんな噂に惑わされて、今まで見てきたシアルを忘れるような馬鹿は、二度とこの店に来るんじゃねぇ」
普段は店頭に出てきても愛想良く応対するだけだったジーダのこの物言いに、店にいた人全てが呆然と立ち尽くす。
「で、言いたいことがあるやつは?」
もう、口を開く者はいなかった。
◇
それからシアルは、実に様々な世界、さまざまな場所を回った。
どうせ一つの場所にいることはできないのだ。
できるだけ多くの場所を回って、できるだけ多くのものを知り、できるだけ多くの経験をしよう。
いつか、本当に尽くしたいと思える場所に、人に出会ったとき、役に立てるように。
人と関わるうちに、幸せを知るたびに、シアルはそう思うようになっていった。