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40話 大丈夫

 

 ゴブリンが3体、カタカタという音を立てながら正面から歩いてくる。


「くっ」


 どうする、川まで戻るか。

 奥に行けば、当然他の魔物もいるだろう。


 待て、カタカタ…?


 木の陰を移動しながら、ゴブリンを盗み見る。

 こちらの気配に気づいたのか、今は立ち止まって辺りを見回していた。

 そしてその手には、木の盾と鉄の剣が握られていた。

 ゴブリンならば、一人で相手にしたこともある。

 今は飛び道具はないが、一か八か。


 勢いよく飛び出して、驚くゴブリンに、集中して強化を乗せた拳をお見舞いする。


「まず一体」


 続いて剣を振おうとするもう一体の剣を持つ手を蹴り上げた。

 その勢いで、最初のゴブリンの盾でガラ空きになった胸を殴りつける。

 最後の一体が叫びながら斬りつけてくるが、一旦飛びのいて、倒したゴブリンの剣を持って再び突っ込んでいく。

 不意打ちの時間は終わったが、武器さえあれば問題ない。

 最後の一体も無事倒し、その場を走り去る。


 ゴブリンと戦っている間にオーガが攻撃してこないかが賭けだったが、どうやらその賭けには勝ったらしい。

 見失ったのか?

 そう少し油断した瞬間、背後から迫った大剣が、匡の体を薙いだ。


 匡はそのまま数メートル飛ばされ、その先で地面に転がる。

 背中と左の二の腕から、ドクドクと血が溢れ出す。


「また…背中……」


 血の味がする。口の中を切ったか、内臓なかみを壊したか。

 今度は手放さなかった剣を杖にして立ち上がる。

 左腕は、動かない。

 しかし、今使えないのは拙い。


「…ひ、…『heal… wounds』」


 二の腕が緑色の光に包まれ、癒える。

 拙い。魔力が大分少なくなっている。

 ゴブリンとの戦いで少し逃したか…。

 強化は足に集中するか…?


 次の瞬間、真上から振り下ろされる攻撃に剣を横にして耐える。

 強化は、当然両腕に回すしかなくなる。

 しかし、押し返せない。

 オーガの剣が、匡の持つ剣に食い込み始める。


「くそっ」


 魔力はこれでなくなる。

 が、このまま頭から真っ二つにされるわけにはいかないから仕方ない。

 腕を伝って魔力を剣に流す。

 全ての強化を、剣に乗せた。

 腕の力が弱まるので、たちまち押されるが、剣は崩れない。

 心を決めると、素早く膝を折ってオーガの剣の下から横へ滑り出た。

 いった。

 はやる心臓を無視して、急いでオーガの足元から転がり抜ける。

 そのまま持つれる足を持ち直してオーガの背後に駆ける。

 オーガの剣に押し負けたせいで、左手がもう使い物にならない。

 剣にありったけの魔力を注いだせいで、使える魔力ももうない。

 血を失いすぎたのか、先程から焦点は定まらない。

 全力で動かしているのに、大した速さで走れない。


 ムカつくな。

 成長しているはずなのに、辛さが変わっていない。

 長く戦っているせいか、疲労が酷い。

 グレイトウルフの時のように明確な目標が定められているわけではないので、気力を持たせるので精一杯だ。


 先程落とした武器を見つけ、念のために拾って身につけた。

 そして、また走る。


 死にたくはない。

 でも、逃げて『追い風』や他の大勢の人を危険に晒したくない。

 自分が思い上がっているだけで、オーガくらい大した脅威にはならない可能性もある。

 それでも、ここに匡がいるというのに、食い止めずに放置するのは違う。仮にもスピネル、コランダムの冒険者に一ヶ月間教えを受けた身だ。

 ローダや、他の戦いを知らない人間とは違う。

 だから、必死にここに食い止めるつもりで、不恰好に、ただ生にしがみつく。


「はあああああああっっっ」


 地面を蹴って、剣をオーガの背中に叩き込んだ。

 たしかに、隙をつけたと思った。

 実際、剣は狙ったところに当たったし、匡の思い描いたことは成功したのかもしれなかった。

 ただ、オーガの体に傷をつけることは叶わなかった。

 剣は、あっさりとその硬い皮膚に弾かれて、同時に弾かれた匡はまた尻餅をついた。

 即座に立ち上がろうとするも、膝をつくので精一杯のようだ。

 無言のままオーガを見上げる。


 そして、その脇から別の魔物が飛び出した。

 素早くナイフを投げて仕留める。

 匡の手に投擲できる武器があって、相手が小さい魔物なら匡の敵ではない。

 今入ってこられるのは大変困るのだ。

 必死に、距離を取るべく足を引きずる。


 唐突に背後から気配を感じ、振り向かずに投擲。

 血の匂いに釣られたか…。

 このまま増えられたら、オーガどころではない。

 そして今のは、仕留められなかったな。


 オーガも魔物の気配を感じ取ったのか少しの間動きを止めてはいたが、すぐに振り向いて匡に向かって歩み寄ると、遊びは終わりだとでも言うように、斜めに剣を振った。

 最後の足掻きかもしれない。

 その攻撃は、頭を後ろにそらして辛うじて避けることに成功する。

 いや、避けられたとは言えない。

 額と、右目を隠していた前髪が切られて、髪は宙を舞った。

 額から血が流れ出し、右目の視界を赤く染めていく。

 だがまあ、もともと少ない視界でなれていた右だからよしとしよう。

 その間に、右手で剣を持ち直して、オーガに向ける。

 オーガどころではない、の前に自分の方が限界らしい。

 もう立ち上がって斬りかかることも、斬りかかられたら受け止めることもできないだろう。

 それでも、このままやられるだけというのは悔しかった。

 乾いた笑いが溢れる。


 あれがあればな。


 グレイトウルフの前で、瀕死の匡を救った謎の超能力。

 今日まで結局、偶然の発動はあってもついに意識して使うことは叶わなかったトンデモ能力。


「ほん、と、都合よくは…いかない……な……」


 しかし、持ち堪えたほうだろう。

 ちょっと前まで剣を握ったこともなかったやつが、よくやった。

 よく頑張ったよ。


 そうは言うが、結局はなにができたのかはわからない。

 オーガは自分の行手を阻む人間を倒したのだから、この森を進むだろう。

『追い風』は、そっちにいた魔物を倒しただろうか。

 だとしたら、匡を探しに戻ってくるだろうか。

 ああ、ここで死んだら、『追い風』のしてくれたことは全て無駄になるだろうか。

 今までの、この世界で生きていけるようにとしてきた努力は無駄になるだろうか。


 たくさんの助けを貰って、時間をとらせて、俺はが残せるのは、無駄になった時間と、後味の悪い記憶だけ。

 ローダに関しては、せっかく生きる希望を与えられたと思ったのに、また絶望に突き落とすことになってしまう。


 違う。これは、俺の望む死に方ではない。

 こんなものは、納得のいく生ではない。


 結果的に、この時間稼ぎは功を奏したとしても、現段階で、今の足掻きに意味があったとはとても思えない。

 逃げるべきだったのだろうか。


 いや、それは無理だった。

 そうだ。いくら納得がいかなくても、不条理でも、やはり匡はここで死ぬしかなかったのだろう。

 人は、死の瞬間など選べない。


 迫ってくる剣先が、嫌にスローに感じられる。


 視覚がちゃんと機能していないから、そう感じられるだけかもしれない。

 もうできることはない。目を閉じる。


 そして、その刃が匡の皮膚に達する直前に、


「コウ!!」


 一人の影が間に飛び込んだ。


 心臓が跳ねる。

 左目を僅かに開く。


 その人影は、剣を抜き、匡に迫っていた攻撃を防いだ後、素早く切り返してオーガに距離を取らせた。

 その後、心配そうにこちらをチラリと見やる。


 ラジだ。


 なんてことだ。本当にギリギリのタイミングで、匡の思惑は叶ったらしい。

 全てが無駄になる直前で、拾われた。

 気が抜けて、体を支えていた力も抜ける。

 朧げながら、オーガに見事な動きで斬りかかるラジを視界に収めつつ、匡は倒れ込んだ。


 …


 ラジは、勝ったらしい。

 倒れていた匡に駆け寄ってきて、


「コウ!!しっかりして」


 と、焦ったように匡を助けようと荷物を探っていた。

 今頃、もっと早く来れば良かったとか、リアーナなら、とか思っているに違いない。

 そう言う人だ。

 そういえば、他の3人はどうしたのだろう。

 まさか、匡を心配して、ラジだけ先に戻って探しにきたのだろうか。

 本当に、過保護な人たちである。


 お陰で助かったので、今は感謝しかないが、流石にこれ以上迷惑をかけるわけにはいかない。

 これくらいの怪我、少し休めば自分で治せる。

 だから、伝えなければ。


「…丈夫…です」


 思ったよりも声が出なかった。

 息を吸うと痛くて、むせてしまう。

 しまった。自覚すると、全身が痛くて仕方ない。

 意識がまた遠のきそうになる。


「ちょ、喋らないで!すぐにリアーナのところに」


 ラジがそう言って匡を抱え上げて移動しようとするが、

 迷惑をかけるわけにはいかないのである。

『追い風』はきっと、彼らにしかできないことをしている。

 ただでさえ世話になりっぱなしの匡だ。

 自分で無茶しておった傷くらい、無視して歩かないでどうする。


 そうだ。迷惑をかけるよりは、気味悪がられるほうが、ずっといい。

 ここにきて、少し分かった気がした。


 だから、ラジの腕を押し退けて、“大丈夫”と見栄を張る。


 その瞬間匡から放たれた無音の波動が、ラジを少し後方に流す。

 匡の体の傷が癒えていく。しっかりと焦点の定まる、開けた視界に、光の尾を引く金色の瞳。

 痛みの消えた体で立ち上がる。


「…すみません」


「一人で、歩けます」


 泣きそうな笑みを浮かべた。



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