38話 最後の日
それからは、とくに大きな問題もなく毎日が過ぎていった。
レアには毎日魔力を注いでいるが、特に変わった様子はない。強いて言うならば、少し大きくなっているような気がしないでもない。
「お前、ほんとに話せるようになるのか…?」
そう言って突くたびにピヨヨと言った。
すぐに街を出ていくと思っていた『追い風』は、
「なんかこれから忙しくなりそうだから、居れるだけいれることにするよ。」
と言って想像していたよりも長い期間匡と共に狩りや修行に励んでくれた。
匡はと言えば、一ヶ月以上もすればすっかりランニングも慣れて、ダルクとの組み手はまだまだ負けるとはいえ、大分動けるようにはなっていた。
投擲の方も、飛んでる鳥程度なら問題ない。
武器には自分なりの工夫をして、上手く使うようになった。
魔力の扱いにも一層長けて、身体強化はすっかりお手の物である。
こんな便利なものを使わない手はない。と常日頃使い続けた成果だろう。
もちろん魔法薬をつくるのも、もう朝飯前だ。
ラジに見てもらって調合の道具も多数揃えた。
できるようになったことはまだ微々たるものだが、最近では事あるごとに
「ミーアさんのご慧眼に間違いはなかったな、うん!」
とミーアが言うので、成長しているのは間違いないと思う。
大きな変化がなくとも、努力が身を結ぶのは嬉しいものだ。
そして、まともに依頼を受けるようになって、お金もそこそこ貯まってきた。
◇
「そっちいったよー」
「はい!」
木々の間を駆け抜け、逃げてきたイタチを捕獲する。
両手で抱え上げて、その顔をまじまじと眺める。
「…こいつ、食べるんですか?」
「いや、もう昼飯は十分だしな」
そう言うダルクの指す先には、たしかにここまで狩ってきた獲物が積み上がっていた。
しかし…
「こんだけ毎日狩っててよく尽きませんよね。獣も、魔物も」
呟くように言うと、皆が頷いた。
「獣はともかく、魔物の方は例の異常事態に関係あるだろうね」
「異常事態?」
リアーナの呟きに反応する。
「…話しとけば?この先どうなるかわからないし、どうせオレたち行かなきゃいけないんでしょ」
ラジの言葉に何か聞くことがありそうだと、イタチを抱えたまま皆の方へ歩いていく。
奥の方でまだ小さな魔物を狩っていたミーアも、なにかあると察したのか跳んで戻ってきた。
そうして集まると、ダルクが口を開く。
「まず、言っておかなきゃいけないことがある。急な話なんだが、俺たちは明日王都に帰ることになった。」
「明日」
思ったよりも急だった。
少し驚いてイタチを離してしまう。
あ、と呟く間にイタチは駆け出して、見失う前にミーアがブーメランで叩いて捕まえ直した。
「ナイス姉さん」
「ごめんねコウくん。言うのが直前になっちゃって。でも別に言ってなかったわけじゃなくて、今朝ギルド経由で呼び出しがかかったってだけだから。」
許して、とリアーナが申し訳なさそうに言った。
「いやいや、全然大丈夫ですよ」
「そうそう、やることも言うことも急なんだよ冒険者ギルドって」
ミーアは戻ってきてイタチを匡に手渡す。
「あ、ありがとうございます」
帰るというのもちろん構わない。
驚きはしたが、匡には彼らを引き止める理由も権利もない。
むしろ想定よりずっと長い間匡の面倒を見てくれて感謝しているのだ。
彼らだって本業の冒険者としてやることがたくさんあることだろう。
ただ、
「その呼び出しというのと、異常事態っていうのと関係が…?」
ダルクは頭をかきつつ頷く。
「ああ。まあ簡単に言うと魔物が普通じゃないレベルで発生するようになってる。民家に被害が及ばないように魔物を間引くのと、その原因を突き止めてどうにかするのが今の所の冒険者ギルドの活動方針だな。」
「なるほど…」
それで、魔物の数が減らないことを異常事態と関係があると言っていたのか。
もしかして、最近の魔物の被害云々の依頼は全てそうなのだろうか。
だとしたら、結構な規模でイレギュラーが発生してることになるが…。
「大丈夫なんですか、それ」
思わず、そう呟いてしまう。
「わからん」
「そうだね、こればっかりはどうにも」
「ですよねー」
まあとにかく、スピネルパーティである『追い風』の力が各地で必要とされていると言うことだろう。
短い期間とは言え、彼らに指導を受けた身としては誇らしいことである。
「じゃあ、気をつけて行ってきてください。皆さんの力を必要としている人のところに」
そう口にして4人に笑顔を向ける。
「俺はとても力になれそうにないけど、皆さんにお世話になった身として、陰ながら応援してますよ。」
「コウくん…」
「君はできた弟子だっ」
ミーアが抱きついてくる。
「ちょ、ミーアさん」
笑い声が響いた。
◇
昼。肉を食して、いつもの川辺で休んでいると、
「皆!ちょっと」
リアーナが慌てたような声を出す。
「?」
「探知に大きな魔物が引っかかって、、多分だけど、オーガだと思う。」
その言葉に、皆の表情が凍りつく。
「ええ!!オーガが?ここに?」
リアーナが頷く。
「ここに居ていいやつじゃないぞ、」
それは匡も知ってる。主要な魔物の情報は覚えてきているのだ。強さ弱さや、数の問題ではない。
今までフリーデという地域に、オーガが出現したという記録はない。
「普段出現しない魔物の出現か…」
そう呟いた。
身に覚えのあることである。安全地帯でのグレイトベアーとの遭遇。同じく、ほとんど魔物が出ないはずのナナエズ高原からナナウ山の麓でローダを襲っていたグレイトウルフ。
これは、危険だ。
先程話を聞いた時よりはっきりとそう感じる。
どうにかならないのかという思いが降ってくるが、それよりも今は目の前のことだ。
「どうする、オレらはいいけど」
ラジにチラッと横目で見られ、ハッとする。
そうだ、今の匡ではオーガ相手だと確実に足手纏いになる。
かと言って、ここで離れるというのも危険が大きく簡単には言い出せない。
すると、ミーアが静かに腰からナイフを抜きながら声を発した。
「コウくん、少し離れたところで隠れてて」
頷いて、川から離れた茂みに隠れる。
ここは大人しく四人に任せよう。
4人は、各々武器を構えて、リアーナの探知に載った個体を待った。
オーガは、通常銀帯以上の冒険者がパーティを組んで倒す魔物だ。しかし、それは一体のみの場合で、複数体を相手にする場合は銀帯下位では厳しいと言われる。
安定して勝利を収めるには、銀帯上位または金帯の実力が必要だ。
飛び抜けて強い魔物ではない。しかし、決して弱い魔物でもない。
その皮膚は硬く傷をつけにくく、パワーもスピードも低級の魔物とは一味違う。
冒険者でもない匡にとっては、未知の領域であった。
心臓がドクドクと音を立てる。
そして、4人の前に、目を血走らせたオーガが現れた。
◇◆
「崩すよ!」
リアーナの声と共に、オーガの足元の地面が凹み、オーガが踏み出した足を取られてバランスを崩す。
しかし、それも一瞬。すぐにバランスを取り直したオーガの眼前に迫るのは、ミーアの投げた3本のナイフ。
2本は防がれるも、一本はその右目に刺さり、オーガを怯ませた。
その隙に背後に回り込んだダルクが、背中を切りつけ、地面に倒す。
息を吐く暇もなく、リアーナが作り出した槍がその心臓部を貫いた。
「やったか」
そう息をついたのも束の間。
ラジが声をあげる。
「ダルク!後ろ!」
ダルクが素早くその場を飛び退く。
そこから現れたのは、新たなオーガの個体だった。
「おいおい…」
「呆れてる暇ないよ!」
「わかってる!」
ちょうどその時、彼らを心配して戦闘の起きている方向を見ていた匡の背後に、別の個体が近づいていた。




