25話 薬師サラン
朝起きて朝食を取り、狩人ギルドで依頼整理、資料チェックをおえると、ギルド内の掃除をし、診療院へ。
その後薬師ギルドへ行き、備品チェックをして、足りないものを買いに行き、素材や薬を届けて回る。
薬師助手の依頼を受け、薬師の元で雑用。昼食もここでとる。
そしてまた狩人ギルドにもどり、資料の整理。新たな情報があればまとめ、新しい資料を作る。
最後にその日の報告をして、報酬をもらい、宿に帰り、ラジの話を聞く。
そんな日々が続いた。
◇
ある日、助手依頼を受けて薬師の家に向かうと、扉を開けたのは匡と同い年くらいの薄紫色の髪を持つ少女だった。
「あ、助手依頼できたコウです」
「…サラン」
サラン、と名乗った彼女は、二つに結った長い髪と長いワンピースが特徴的な暗い印象を受ける少女だった。
扉を押さえてくれるので、中に入る。
「よろしくお願いします」
と軽く声をかけると、少女が振り向く。
「敬語……要らない」
「お、おう」
実にジトッとした目で見られた。
「ここ……」
着いた部屋はまさに汚部屋と呼ぶに相応しい空間だった。
狩人ギルドの資料室など目ではない。
薬草、薬品、洗われていない数々の器。脱ぎ捨てられた衣服、散乱した本や紙。
足の踏み場もない。
「えっ、なにこれ」
「……文句ある」
「いや文句というか」
背中を押され、その部屋に飛び込むと同時にドアを閉められた。
「えっ」
慌てて足を上げて踏んでいた布を拾って脇に寄せる。
「サランさん?」
まさか、片付けろと…?
僅かに振り返るが、またサランが顔をだす気配はない。
ゆっくりと息を吐いて、匡は腕を捲った。
◇
「……嘘」
「あ、やっと来たな。これでいいか?」
お昼頃になってそっと扉を開けてきたサランが、部屋の前で呆然と立ち尽くした。
匡はすっかり物がどかされた椅子に座って、薬草の本をめくっていた。
きちんと整理がされて戸棚に収まった資料と本。畳まれてタンスに収まった服。道具類は全て洗って、これも戸棚の中。汚れていた服は洗って干してある。床も綺麗に掃除し、明らかゴミなものはゴミ箱の中。
つまりは、あの後匡はこの部屋を綺麗に片付けて掃除までしたのだった。
「あ、悪い、ちょっと暇だったから借りてたんだ。」
立ち上がり、持っていた本を棚にしまう。
返事がない。
「サランさん?」
「…サランでいい。この短時間でやったの……これ」
「ああ」
確かに面食らったが、物が多すぎるというわけでもなく、一つずつ片付けていけば意外とすぐに綺麗になった。
この部屋に閉じ込めたということは片付けて欲しいのかと思ったが、違っただろうか。
「……と」
「なんだ?」
「…ありがと」
顔を下に向けたまま、サランは小さな声でそう言った。
少し、頬が緩む。
「いえいえ。で、次は何をすればいいんだ」
「お昼…買ってきて」
匡は瞬きをする。
「台所はあるよな?食材は?」
「ない…」
「……」
サランから受け取った硬貨を持って、商店街に向かう。最近まではそこまで縁のなかった場所だが、運搬を始めてから一気に行く頻度が増えた。
ここでの買い物も慣れたものである。
食べ物屋を回って、適当に材料を揃えていく。
「お、塩じゃん」
地味に高いな。自分の金で買おう。
サランの家に戻ると、台所を借りてお昼を作ることにする。
並べた食材を前に、笑みを浮かべる。
なんというか、助手依頼を受け始めてから料理ができる機会に恵まれて嬉しい。
匡は料理が好きだった。
「…美味しかった」
「どうも」
見ると、また洗濯物と汚れた道具が増えている。
サッと洗ってしまって、食べ終えた食器も洗う。
食卓を拭き、手を洗っていると、座ったままのサランがじっとこちらを見つめていた。
「なにか?」
尋ねると、サランはテーブルに頬杖をついた。
「……なんだっけ、名前」
「コウだけど、」
「コウ……うちに住んで」
「へっ?」
なにを言っているんだ。
少しドキッとして動きを止めたが、続く言葉にすぐに脱力することになる。
「……一家に一台」
「嫌だよ」
俺は家電ではない。
だからちょっと落ち込まないで欲しい。
揺らぐから。
乾いた洗濯物を畳み、使い終わった道具を洗ってしまって、サランの作った薬の確認と箱詰めを手伝う。
「ん……これで全部」
「了解」
箱を抱えて、サランの家を出る。ギルドに納品する分だそうだ。
「コウ」
呼び止められ、振り返った。
「…明日も来て」
相変わらずの感情の読めないジト目の少女に。
「報酬次第だな」
少しムスッとした顔をされる。
◇
次の日。
指名:コウ
内容:薬師助手
依頼主:サラン・ガーベ
「これは」
「指名依頼ですね!気に入ってくれたんでしょう」
今朝一番に渡された依頼書である。
よく見ると、報酬も結構いい。
昨日の言葉を間に受けたのだろうか。
「どうなさいますか?」
どう考えても、断る理由はない。
「…受けます」
「かしこまりました!」
それから数日、雑用以外の時間はサランのもとに通う日々が続いた。
その時足りない薬草等を買い足して置いたり、終わってない処理をやっておいたりしたのだが、
「薬師の知識…あるの?」
と聞かれることになった。
「…なかったら来てないぞ」
この少女は薬師助手と書きながら家事代行サービスでも頼んでいるつもりだったのだろうか。
…
「…そっちの山、下処理終えたら使う順に並べて」
「了解」
「ちょっとこれ、混ぜてて」
「わかった」
「…今すぐお湯沸かして」
「もう沸いてる」
できるとわかってからは、どんどん薬作りを手伝わされることになった。
別に構わない。というか楽しい。
そして気づいたが、どうやらサランはただ大量生産する依頼ばかり受けているようだ。
よくひとりで作ってきたものだなと思う。
「……容器を作るのは好きじゃない」
市販の容器じゃ耐えられない薬品の入れ物は、薬師自ら作るか鍛冶屋に頼まなければならない。
そういう理由で、サランが容器を作っているところを眺めていると、お前がやれと渡されてしまった。
「やれって、どうすればいいんだよ」
「形作ったら、そう、それをバッてやって……それで、ボッてなったらギュッて」
ポンポンと飛び出す擬音に、釣られて雑に動きそうになる手を止める。
「……横でやってくれ」
そうして容器の作り方を教わり、匡ができるようになると、それを毎回頼まれるようになった。
これでいいのかと不安になった匡は、鍛冶屋を訪ねることにする。
この街には一軒しかない鍛冶屋。バークという中年の男性が営んでいるそうだ。
「すみません、お願いがありまして――」
薬師であることと薬品の説明をして、容器の作り方を教えてほしいと頼む。
バークはガハハと大きく笑って、ここまで教わりにくるやつは珍しいと匡の肩をバンバンと叩いた。
「もちろんいいぞ」
銀貨20枚と引き換えに容器作りを教えてもらった。
言うまでもなく、サランに教わるよりよほどわかりやすかった。
そして容器作りに邁進する匡。
容器だけではない。匡はサランに色々な薬作りを教わり、できるようになっていった。
勿論、サランの教え方では不安が残るので、毎回ラジに確認してのことだ。
そしてある時。
「……コウ、やばい」
「?なんだよ」
せっせと容器を作っていると、酷い顔色のサランが顔を出した。
「納品今日までのやつ忘れてた……」
「は!?ばっ」
死んだような顔で動かないサランを作業部屋まで押し戻して、内容を聞く。
なんてことはない。下級の傷薬だそうだ。
だが、すぐ作れるものだけにストックもない。
慌てて材料を確認し、足りない分を大量に買いに行く。
久しぶりのダッシュに足が悲鳴を上げた。
そういえば怪我人だったなと、笑いを溢す。
それから二人で必死に同じ作業を繰り返していった。
今回ばかりは別々に作っていく。
結果的に、半分ほど匡の作で納品することになった。
「…終わった」
「コウ、助かった…ありがとう」
屍と化すサランの言葉に、苦笑いで頷く。
「てか、本当に俺ので良かったのか」
「ん……確認した。品質に問題ない…」
「ならいいけど」




